FC2ブログ

乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

『風の歌を聴け』

風の歌を聴け (講談社文庫)風の歌を聴け (講談社文庫)
(2004/09/15)
村上 春樹

商品詳細を見る


村上春樹的世界

 私にとっては三作目の村上春樹。初期のものを、と考えていたところに、『羊をめぐる冒険』をすすめていただいたりもしたのだが、その『羊を・・・』が、三部作の最後の一作にあたるものだ、と知って、ならば、とその三部作を最初から読むことにした訳だ。私にはどうも、順番のあるものは最初から順番に読まなければ気が済まない、という、変に潔癖性じみたところがあるのだ。

 それに、この『風の歌を聞け』が、村上春樹のデビュー作だ、というのも、私をしてこれを選ばせる大きな理由となった。今私は、簡単にいうと「むらかみはるきはどんな作家なのか」ということを知ろう、という作業をしている訳で、それならば、その出発点は確実におさえておくべきだろう。この作家は、どうやら初期のものと最近のものとでは大きな違いがあるらしいので、何が、どこからどう変わったのか、それを知るためには、当然、「最初の形」を知っておかなければならない訳だからだ。

 と、いうことで、読んでみた。結論からいうならば、この作家を知る、という意味においては、なかなか実りのある読書だったと私自身としては思っている、といったところだ。

 読み始めて、おや、と思った。『海辺のカフカ』と、『ノルウェイの森』の二作しか読んだことのない私ではあるのだが、その私にも、デビュー作にしてすでに、はっきりと「村上春樹らしさ」をもっていることに気付くことができたのだ。それはつまり「作風」が、あるいは「文体」が、かなりの完成度で確立されている、ということだ。

 さらに、読み進め、読み終えていえることは、これは全く「村上春樹の小説」であって、それ以外ではあり得ない、ということだった。三作品しか読んでいない私が、エラそうにいえることでもないのかもしれないが、しかしそれをいい始めると何もいえなくなってしまうので、今、私が感じていること、つまり現段階における私の「村上春樹観」を、思い切って、エラそうに語ってしまうことにしよう。

 この作品は、1979年発表のものだ。私が読んだ他の二作品、即ち『ノルウェイ』は1987年、『カフカ』は2002年だ。私は図らずも、新しい方から読みはじめ、今回処女作を読んだ訳だが、三作を比較して感想を述べるとすると、『ノルウェイ』は『カフカ』より良く、『風の歌を聴け』は『ノルウェイ』よりも良い、と感じた、といえる。これは一体どういうことだろうか。

 上で私は、デビュー作にしてすでに「春樹らしさ」をもっていると書いた。それはつまり、以前『ノルウェイ』を読んだ感想を記事にさせていただいたときにも書いた、作中にはっきりとした「世界観」を構築し得ている、ということであり、さらにいうならば、その「世界観」というものが、見事に「村上春樹の世界観」だ、ということだ。

 その、「世界観」なるもの。それを具体的に、ただし、あくまでも私の印象でいってしまうならば、第20節の最後の言葉、「あなたって確かに少し変っているわ。」に象徴される、「変わり者」たることを自任する、あるいは、「変わり者」たらんと欲する者たちの小世界であり、アメリカのミュージシャンの固有名詞等によってイメージさせられる舞台において、アメリカ文学的、もしくはアメリカ映画的な「気のきいた会話」がかわされ、そしてその会話は、最終的には「そういうことさ」だとか、「そんなものさ」だとか、「いつものことさ」というような冷笑的、自嘲的な言葉でしめくくられる、と、つまりはそんな具合のものだ。

 そうした全てが、あるいは物語の舞台である1970年当時の「若者文化」というものがもつ雰囲気、というものだったのかもしれない。そして作者がこの作品において描いたのは、結局その「雰囲気」、それだけであった。様々な、あるいは「小説的」というべきであるような出会いによって、幾人かの男女がある時間を共有することになるのだが、結局、なにも起こらずに終わる。この作品には、極論してしまうならば物語というものがない。

 だが、それだからこそ、この作品は成功しているのだと、私は思う。何かが起こりそうな気配は、いつでも周囲に満ちているように感じる。しかし結局、何も起こらず、だらだら、まったりとした日々が過ぎていく。それは、実は大概の人間の「青春時代」というものの本当の姿ではないだろうか。何も起こらず、起こりそうなことすら起こらず、ただ、「思惑」だけが交差し、そして若者たちは時間を、そして自身の持つあらゆる力を浪費する。

 そう、この若さというものを「浪費」されるものとして描ききったところに、私はこの作品の魅力を感じたのだ。「固有名詞」の多用は、時代を限定してしまう、という点で、その作品から普遍性を奪うことに繋がりやすいが、しかし、この「浪費される若さ」という、世代を超えた普遍性を捉えていることによって、この作品は、「(当時としては)新しいスタイルの小説」でありながら、一個の文学として、というのはつまり日本文学というものの大きな潮流から脱落することなく、完成することができたのだと思う。

 では、なぜ私は、この『風の歌』よりも『ノルウェイ』を、『ノルウェイ』よりも『カフカ』を評価しないのか。それは、その「物語」というもの、「出来事」というものの扱い方、つまりはそこに尽きる。

 先に述べたように、「世界観の構築」という点では、三作とも成功している、と思う。しかし、『ノルウェイ』においては、そこに「物語」が加わってくる。私の印象では、そのことによって、「世界観」に力強さを付与するところの「リアリティ」というものが減ぜられているのだ。全体に弱々しくなってしまっている。「物語」に、「世界観」が引き回されているのだ。

 特に主人公が力を失う。何も起こらなければ、『ノルウェイ』の主人公は、『風の歌』の主人公のように、無気力ではあっても少なくとも一個の自己完結した「人物」たり得ていただろう。なぜなら、両者に本質的な違いはないからだ。だが『ノルウェイ』においては、「出来事」が、「物語」が彼を翻弄し、彼は単なる傍観者然としてしまっている。なぜなら、彼は本来「行動」する人物ではないからだ。あるべき場所にない人物は力を失う。極寒の南極大陸では、ライオンだとてペンギンより強い動物ではいられないだろう。

 そして『カフカ』においては、それはさらなる破綻を起こす。作品の主軸がさらに「物語」の方に傾くからだ。さらに加えて、相変わらず「1970年の若者」然とした主人公は、最早作者の思い出から生まれた、「世界観」にとって都合のよい人工物でしかない。そしてそれは、登場人物たち全てについていえるだろう。その「物語」そのものにつては、好き嫌いもあろうからここでは触れない。(詳しくは、『海辺のカフカ』についての過去の記事を読んでいただければ、と思う)。

 と、いうところが、私が村上春樹の三作を読んだところの感想だ。そして結論的なことを述べさせていただくなら、もしかしたらこの作家は、短編のほうが面白く、完成度の高いものを書くのではないか、ということだ。何度もいうが、この作家の、「物語世界」の構築の手腕はすごいものだと思う。そしてそれは、読みはじめてすぐに、読者を取り込んでしまう力を持っているのだ。だとしたならば、短編でこそ、その力量はいかされるのでは、と私は思うのだが、どうだろうか。

 そしてそれは逆に、「長編物語」にどうやら傾いているようにみえるこの作家の指向が、さて正しいことなのかどうなのか、疑わしくなってくることをも意味する。最近話題になった、『1Q84』などを読んでみたならば、あるいはそこらあたりのことがみえてくるのかもしれない。

 しかしまあ、とりあえず、この「三部作」から読んでみよう、とは思っている。そして長編ではあるが、『羊をめぐる冒険』を読むことを、とても楽しみにしているのだ。でも、次は『1973年のピンボール』か。ま、順番に、いこう。

関連記事
『海辺のカフカ』「初ハルキ」
『ノルウェイの森』「賛否両論」


スポンサーサイト



PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

村上春樹の作品は読んだことがありませんが、
静磨さんの
『この若さというものを「浪費」されるものとして』という表現から、なぜかはわかりませんが、

バタイユの『呪われた部分 有用性の限界』が、
頭からはなれず、ついつい読み始めてしまいました。

kappamama | URL | 2012-01-27(Fri)07:36 [編集]


村上春樹

こんにちは。

静磨さんの村上春樹論は深いですね。なるほどそういうとらえ方があるのかと感心しながら読んでいました。

これまで純文学をほとんど読んでいなかった僕が、昨年一念発起して村上春樹を読み始めました。
『村上春樹全作品1979~1989』全8巻と『村上春樹全作品1990~2000』全7巻を読んだのです。(ここには『海辺のカフカ』はふくまれていません)
その最初の作品が『風の歌を聞け』でした。僕にとっては2作目となる長編でした(1作目は『1Q84』)。なにやらとらえどころのない小説で、よくわからないなという感想をもちましたが、静磨さんのレビューを読んで、得心するところがありました。

次の「1973年のピンボ-ル」そして「羊をめぐる冒険」のレビューを楽しみにしています。

よんちゃん | URL | 2012-01-27(Fri)10:04 [編集]


Re:kappamama さん

kappamama さん、こんにちは。

バタイユは、『眼球譚』と、短編をひとつ、ふたつぐらいしか読んだことがなく、あまりよくわかりません。
正直なところ、ちょっと苦手でして(笑)

あまりに露骨な性描写、というのが、どうも、肌に合わないんですね。
なんとなく「匂わす」感じが、エロくて好きです(笑)
その思想的なものは、ちょっと面白そうだなあとは思いつつも・・・
いずれ、読んでみるつもりではいます。

コメント、ありがとうございました。

静磨 | URL | 2012-01-27(Fri)22:30 [編集]


Re: よんちゃんさん

よんちゃんさん、こんにちは。
いつもご訪問ありがとうございます。

実は、私も今回は、この本を二回読んでいます。
一回では、よくわかりませんでした。やはりとらえどころがなくて。
しかし、その「とらえどころのなさ」が、どうやら、この作品の持ち味なのかなと、二回目に思ったと、そういう次第でして・・・あんまり深くなかったりします(笑)

村上春樹は、なんだかんだいっても現代の日本を代表する作家ですので、私もつい最近になって読みはじめてみた、というところで、まだあんまり良く知らないくせに、見当をつけてテキトーに書いている感じですが、これからも少しずつ、読んでいこうと思っています。
よかったら、のんびりお付き合いください。

コメントありがとうございました。
それでは。

静磨 | URL | 2012-01-27(Fri)22:40 [編集]


「物語」に、「世界観」が引き回されている・・・静麿さま、これ名言です!
まさに。ここに私が村上春樹離れを起こした一番の理由がある、と思います。

「風の歌を聴け」<「1973年のピンボール」<「羊たちの冒険」とだんだん面白くなっていく・・・はずです(笑)
「物語」と「世界観」のバランスが最も取れているのが、たぶん「羊たちの冒険」だと・・・個人的意見ですが。

おっしゃる通り、村上春樹は短編の方が良いかもしれませんね。「ノルウェイの森」も元になった短編があります。
奇妙な結末のない話ですが(『螢・納屋を焼く・その他の短編』に収録の『螢』)。

ノルウェイつながりで、そこから入ってみても面白いかもしれませんね。お勧め・・・というと押しつけがましいので。
いちおう私の好きな短編集を挙げますと。
「カンガルー日和」「中国生きのスロウ・ボート」「回転木馬のデッド・ヒート」となります。よろしければ、ご参考に(笑)

彩月氷香 | URL | 2012-01-31(Tue)20:48 [編集]


Re: 彩月氷香さん

彩月氷香さん、こんにちは。

確かに、少なくとも『風の歌を聴け』が好きで村上春樹の読者になった、というひとが、『海辺のカフカ』をも、同じ「村上春樹の作品」として好きになれるのか、といわれたら、大いに疑問だと私でも思いますね。

そして、種明かししてしまうと、もう『1973年のピンボール』は読了しており、ただ今、他ならぬ「物語と世界観のバランス」という視点から、記事を練っている途中だったりします。
さらにいってしまいますと、彩月さんのいわれるとおり、どうやらこれまで読んだなかでは一番良かった、と感じました。
ただ、床屋の待ち時間に一気に半分くらい読んでしまったので(酷く混んでまして)、序盤の印象が薄く、もしかしたらもう一回読み直すかもしれません。ま、近々公開、ということで(笑)

『羊をめぐる冒険』に、短編・・・と、実は、今更ながら村上春樹を読んでいくことに楽しみを感じはじめている私だったりします。

コメントありがとうございました。
では。

静磨 | URL | 2012-01-31(Tue)21:52 [編集]