FC2ブログ

乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

一八五七年、パリ  #2

一八五七年、パリ  #2


 そして彼は試みた。試み続け、そしてようやく形を得た。ひとつの詩集が生まれた。それは、誰のためというよりも、まず彼自身のために生み出されたものだった。自分はある特別な「役割」を担って生まれついたのだということを、自らに証しするために生まれた詩集だった。そのことを確信した上でなければ、どうして生きられただろうか、この苦しむことを宿命づけられた人生を。

 パリは彼を苦しめた。だが自分が自分であるということ、それ以上の苦しみはなかった。その詩集のなかでも、最も美しいといえるひとつの詩において、彼は彼方への憧れを歌った(*1)。はるか旅路のはてにある、「ここではない場所」へのやみ難い憧れを歌った。だがそれは、かのミニヨンの歌(*2)とは、何と違ったものだっただろうか。あの「憧れの象徴」と呼ばれるミニヨンにとっては、彼方こそは故郷であり、彼方こそは、求めるべき自分本来の姿のままに生きられる国だった。しかし彼にとっての彼方とは、単に「ここ」、すなわちパリではない場所であるという以上に、「パリに生きる自分のいない場所」であることを意味した。彼が憧れたのは、彼方の国における、全く違う人生、つまり、彼ではない「他の誰か」としての人生だった。彼を最も苦しめるもの、それは彼がピエール・デュファイスであり、ピエール・デュファイス以外ではあり得ない、という現実だったのだから。
(*1)『悪の華』収録、『旅へのさそひ』のこと
(*2)ゲーテ、『ウィルヘルム・マイスターの修業時代』第3巻、第一章冒頭の詩のこと


 それでもなお、彼は彼として生きる他はないのならば、その理由が、その意味がほしかった。この苦しみに、本当に何の理由も意味もないとしたなら、それはたまらないことだった。だから彼は、自分が詩人であるということ、ただそれだけに希みをかけた。詩人であること、そのことだけが、理由となり、意味となり得る何かだった。彼は詩をかき続けた。自分が詩人であるということ、ただそれを自身に証明し続けるためだけに。かき続け、そして生まれたのが、あの詩集だった。勿論それは簡単な仕事ではなかった。元来移り気でこらえ性のない彼に、パリはただ騒々しさとめまぐるしい変化とばかりを与え、「詩作の時」に相応しい静けさや落ち着きを与えようとはしなかったのだから。若くしてその詩才を、少なくともごく身近な者達には認められていた彼だったが、処女詩集の出版はこんなにも遅くなってしまった。

 しかしそれだけに、その詩集の出来には満足できた。一語一句まで考え抜かれ、厳格なまでに研ぎ澄まされた詩群が、必然的、有機的なつながりをもって配置されていた。それは、彼が詩人であることを、しかも第一級の詩人であることを、自身に、そして気難しいパリの文壇にさえも、証明するに充分な出来であると確信をもって世に送り出すことのできる詩集だった。彼はここに、証しを手に入れたと直観した。この一冊のささやかな詩集のために、パリは最早、彼を詩人と呼ぶことをためらわないだろう。そして何よりも、この詩集が、彼の人生に理由を、意味を与えてくれることだろう。そうかたく信じて、彼は上梓した。六月下旬、それは売り出された。発行部数千百部、パリは彼の詩を受け取った。

 パリは感謝すべきだった。彼が見出したのは、旧き善き時代のパリでもなければ、やがてそうなる日が来ることが望まれるようなパリの理想像でもなく、まして、夢見がちな頭にあらわれるような空想されたパリでもなく、今、あるがままのパリが、その喧騒と雑踏の内に隠しもつ、生のままの「美」に他ならなかったのだから。パリは感謝すべきだった。古典的でもなく、ロマン的でもない、まさに現代の詩として、そのパリの「現代性」を、形に留めた彼に対して。彼のような「認識者」がいなければ、パリは、単に名前であるにすぎないものとなってしまうのではないか、この、絶え間なく移ろいさまようことを宿命づけられた、美しき娼婦たる街は。ただ「そこにある」というばかりで、次から次へと様変わりを続けるならば、それは最早どうにも捉えどころのない、抽象的な何かでしかなくなってしまうのではないか。移ろいのなかに永遠性を捉え、それに韻律という形を与えることを知る、彼のような詩人がいなかったならば。

 だが、あろうことか、パリは彼を断罪したのだった。彼は裁判所に出頭を命じられた。「その詩集には、良俗を紊乱する内容が含まれる可能性がある」、それがその理由だった。彼が裁かれたのは軽罪裁判所だった。与太者や素性の知れない山師、娼婦やその客引きなど、パリのならず者達を専門に裁くこの裁判所は、彼の詩を、その「レアリスム」ゆえに有罪と判じた。三百フランの罰金、これも確かに、常に金銭的困窮の内にあった彼には厳しいものだった。しかし、かけがえのない数篇の詩の削除命令、これ程我慢のならないことはなかった。彼の詩集を形づくる百篇の詩、そのどれもは、定められた順序で、一文字の狂いもなくそこになくてはならず、気まぐれに削ってしまってよいものなどは、どこを探してもあるはずはなかった。それなのに、無神経このうえない裁判官の不器用な手で、彼の詩集は切り刻まれてしまった。新聞に書評を寄せる下らない連中は、これに賛同し、手をたたいて喜んだ。彼の詩集を受け取ったパリの、これが彼に対する返答だった。

 これがパリだった。これこそが、彼が離れられずにいる、パリという街だった。この俗悪、この愚劣、この不感症こそが。長椅子の上で、彼は身を捩り、短く「うむ」と唸った。思うだに腹立たしいこの出来事の記憶のために、何度、彼はこうしてひとり唸ったことだろうか。幾人かの、彼が敬意と反発の入り混じった奇妙な親しみを覚える詩人や作家達のなかには、彼の詩集の価値を認め、支持してくれる者達もあり、それは彼にとってはささやかな慰めとはなったのだが、それもこの記憶を薄れさせてはくれなかった。しかし「背後の眼」は、こんなときにもはっきりと醒めたままだった。何かの慰み事で気を紛らわせることを許さず、全ての苦しみを苦しみぬくことを彼に強いた。そしてさらに悲劇的なことは、背後の「眼」が、さらなる創作を彼に求め続けたことだ。

 彼は、詩というものに、ある「限界」を感じていた。勿論それは、詩そのもののもつ力の限界、という意味ではなかった。詩は、ホメロスの昔と同じく、現代においてもなお怖しい程に力強く窮めがたいものとしてあった。だが、その詩を「感受」する力が、人々から失われていることは紛うかたなき事実だった。現代の大都会にも、古代のアルカディアと同じく、詩の素材はあった。古代には古代の、現代には現代のポエジーがあるのだから。だが現代人は、あまりにも「散文的」だった。その生活習慣も、ものの視方も考え方も、あまりにも散文的であり、詩というものとはあまりにも縁遠く生きていた。結果、詩というものを感じること、理解することができなくなってしまったのではないかと、以前から彼は思ってはいた。そしてあの裁判によって、彼はそれを確信した。詩は、その力は保ちながらも、その役目を終えて「我々」から去りつつあるのだと。

 彼の詩は、そのレアリスムゆえに断罪された。あまりにも表現が露骨すぎる、と。勿論彼はあるがままの現実を歌ったのだから、そこにレアリスムが見出せるのは当然だった。しかし詩とは、単なる現実の描写ではなかった。全ては「象徴」として歌われるのだ。彼の詩に登場するパリの現実、それはいわば「詩の肉体」だった。形を得ては消えてゆく、移ろいゆくパリのそのままの姿だった。しかしそこに詩情が、永遠、恒常性に属するものがなかったならば、彼もパリなどを素材に択ぶことはなかった。それこそはいわば「詩の精神」とでも呼ぶべきもの、詩の存在意義そのものだったのだから。この散文的なパリの現実から、詩情を掬い出したこと、それこそは、まさに彼の詩集のもつ独創性だった。だがパリはそれを理解できなかったのだ。ただ形だけに生きるパリは、ただ彼の詩の形だけを視て、断罪した。その詩集を、巷に溢れる「際物趣味」の悪書のひとつとして切り捨ててしまった。それが、つまりは現代的感性というものだった。

(次回に続く)


スポンサーサイト



PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

めりくり

('v`★)Merry。..☆。.*Å*:.。☆..。X'mas♪(★'v`)
初めまして。
いつも楽しく、そして興味深く、
コンテンツを拝見させて頂いています。
時にはコメント欄で真っ向から、
討論してみたいなと思うこともあります。
実際、静磨さんの引用される文献も
それなりには所蔵してます。
ただ如何せんそれを調べてコメントうつには
時間がかかり過ぎると断念しています。
そういう理由で自らの心の中と対話しながら
コンテンツを毎回楽しんでいます。
今日はお子様と素敵なクリスマスを
過ごされているのでしょうね。
どうも失礼しました。

パンとぶどう酒 | URL | 2011-12-25(Sun)15:25 [編集]


Re: パンとぶどう酒さん

パンとぶどう酒さん、はじめまして。
そして、メリークリスマス!

いつもご訪問いただき、ありがとうございます。
私のなんだかごちゃついた文章で、お楽しみいただけているなら嬉しいです。

すてきなクリスマス、のはずが、2歳の娘と1歳の息子、二人同時に風邪をひいたようで、なんだかいつも通りのドタバタの一日で終わってしまいそうです。

コメントありがとうございました。
それでは。

静磨 | URL | 2011-12-25(Sun)22:16 [編集]


確かに「詩の精神」ほど、日常から遠いものはないのかもしれませんね。

まさに詩人の翼はその大きさゆえに邪魔になってしまうのです。

赤裸の心は大好きです。パリに打ちのめされて、夕方になると壊れた心で通りでわめく男。。。。まさにリルケが言うように、生きるためにではなく、死ぬためにここへやってきた人々。

静麻呂さん、好調のようですね。いい年末年始を!

HAMLET寅 | URL | 2011-12-29(Thu)07:58 [編集]


Re: HAMLET寅 さん

HAMLET寅 さん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

好調、だといいんですが、子供に風邪をうつされまして、身体的にはあまり好調とはいえなかったりします(笑)

『赤裸の心』、いいですね。でも、最近読んでないなあ。
これに限らず、今年は結局、ボードレールをろくに読まずに終わってしまいました。
来年こそは、ちょっと気合をいれて、この詩人と向き合っていきたいと思っています。
そして、リルケも。『ドゥイノ』を読み直したいです。

あいがとうございました。よいお年を。

静磨 | URL | 2011-12-29(Thu)17:57 [編集]