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スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

『人間の土地』

人間の土地 (新潮文庫)人間の土地 (新潮文庫)
(1955/04)
サン=テグジュペリ

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思い出話

 この本、私の愛読書、といっていいのだが、今回はこれを読んだ訳ではない。実は、このところ少々疲れ気味で(夏バテです)、子供を寝かしつけているつもりが自分まで寝てしまい、子供に邪魔されずに読書ができる貴重な時間がすっかり睡眠にあてられてしまう、という日々が続いてしまったため、本が読めていないのだ。そこで苦しまぎれの思い出話などで、ごまかすことにしてしまった。

 サン=テグジュペリの作品を、私は、『星の王子さま』以外は数年前までは読んでいなかった。特に理由はない。まあ、私は文学に身も心も捧げ尽くして死んでしまうような偏執狂的な作家が好きなので、飛行機パイロットと二足の草鞋の作家、というだけで、無意識的に敬遠してしまっていたのかもしれない。そのサン=テグジュペリの小説を初めて買ったのは、2005年の夏、北海道の稚内でのことだった。

 その年、長く勤めていた会社を辞めた私だったが、当時はまだ独身で、貯金も少しはあったので、すぐに次の仕事を始めるのも何だかつまらない、ということで、バイクに荷物を満載して長期北海道ツーリングに出掛けてしまった。日程は未定、お金がなくなるか、帰りたくなるか、1987年製という年代物の愛車が壊れるかしたら、帰ってこようという、実に自由気ままな旅だった。

 結局ひと月以上、私は北海道にいたのだが、その途上、私は、利尻島および礼文島に渡るために、稚内を訪れた。稚内港から、フェリーが出るのだ。どちらかの島で一泊して、また北海道に戻ってこよう、というつもりだったのだが、どちらの島も、バイクで回ったならば、あっという間に一周してしまうような小さな島だということはわかっていた。しかし、島でのんびり、も悪くなかろうということで、本を買っていくことにしたのだった。

 稚内市内のガソリンスタンドで、店員のお兄ちゃんに、どこかに本屋はないかときいてみた。読書とは縁のなさそうな、やんちゃそうなお兄ちゃんが、首をひねって考え込んた末に、思い出したように教えてくれたその店は、ブックオフのような大きな古本屋だった。

 バイクでの旅だ。荷物は極力小さく軽くしたい訳で、本、といっても文庫本以外には考えられなかった。しかしその店の文庫本の品揃えはじつに寂しいもので、ようやくみつけためぼしい三冊が、新潮文庫の、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』、ツルゲーネフの『初恋』、そして、サン=テグジュペリの『夜間飛行』だったのだ。ちなみに値段は、どれも一冊105円だった。

 『ウェルテル』と『初恋』は、ごく若い頃に読んだことがあったのだが、こうした青春文学の代名詞的な作品を、旅先でセンチメントに浸りながら読み返すのも悪くなかろう、ということで選んだ。しかし、読んだことのあるものばかりというのもつまらなかったので、『夜間飛行』も一緒に買ったのだった。

 予想通り、島では時間を持て余してしまった。おまけにフェリーに乗っている時間もあったりで、稚内港から島へ渡り、キャンプ場に一泊してまた稚内に帰ってくる間に、『ウェルテル』と『初恋』を読み終えてしまった。なので、再び広大な北海道の路を旅しながら、『夜間飛行』を読むこととなった訳だ。

 『夜間飛行』、及び、併録された『南方郵便機』。この二編について、私には書きたいことが山ほどあるのだが、ここではそれには触れないことにしよう。ただ、これは類稀な傑作だと思うし、それを初めて読む機会が、バイクでの旅の日々の内に訪れた、という幸運に、私は感謝しなければならないだろう。

 あの詩情にあふれた、しかし厳格な哲学に裏打ちされた力強い物語に、旅の途上という、嫌でも感性が敏感に、そして豊かになるときに出会えたのだ。実際私は、見事にこのふたつの物語、特に『南方郵便機』に魅了されてしまったのだった。当時私は三十四歳、年甲斐もなく、といってしまっていいぐらいの感動の仕方だった。

 だが、幸運はそれだけにとどまらなかったのだ。それから幾日かが過ぎ、お盆休みも終り、8月も二十日を過ぎようという頃、道東のオホーツク海岸沿いで、私は雨雲の動きを読み違え(10日間ほどバイクで旅をしていると、なんとなく雲が読めるようになります、本当です)、酷い雨に降り込められた。この旅はオール野宿で(つまりキャンプで)、と決めていたのだが、そろそろ旅の疲れも出てきたこともあり、あっさりとそんな決心は翻し、どこか屋根のあるところに一泊して、雨をやり過ごすことにした。

 どこか屋根のあるところ。北海道には、ライダーハウスという、多くは格安、500円とか1000円、あるいは無料で泊まることができる宿泊施設があちこちにあり、それが、北海道を「長期貧乏旅行」が可能な、たぶん日本では最後の土地にしている一因となってくれているのだが、その内のひとつに、私は向かうことにした。

 網走市から、オホーツク海に沿って稚内市まで伸びる国道238号線。その途中に、北海道で最大の湖であるサロマ湖があるのだが、その湖畔に計呂地というちいさな街がある。その街の「ツーリングトレイン」という名の、確か町営のライダーハウスを、私は知っていた。1993年に、初めて北海道に来たときに、そこで一泊したことがあったのだ。

 ずっと昔、サロマ湖の南岸沿いに、鉄道が走っていた、らしい。詳しくは知らないが、その廃線となった鉄道の駅のひとつが、公園として残されている。そこには、蒸気機関車にレトロな客車が二両つながって、プラットホームに停車した形で並んで展示されているのだが、その客車の内の一両を、内部を板敷きに改装して、何と宿泊施設にしてしまっているのだ。

 12年振りに訪れたその公園は、機関車に雨よけの屋根が設置されていたりなど、少しばかりは変わっていたが、客車の内部の様子も、かつて駅舎だったところで、300円の宿泊料を係の年配のおじさんに支払って受付をするところも、ほとんどかわっていなかった。

 午後も早い時間に、さっさと「避難」を決めこんでしまったヘタレライダーである私が、その日最初の宿泊者だったのだが、その日は本当にすごい雨で、私の後からも四人の旅するライダーたちが続けてやってきた。本当に、客車から座席を取り払って、そこに板敷きの座敷を造ってしまっただけの「雑魚寝宿」に、男五人。なにせオートバイという共通の趣味をもった者同士のことだ、すぐにうちとけ合い、楽しい夜を過ごすことができた。

 そして翌朝、ツーリング中は、普段のだらしのない生活からは想像もできないような「早寝早起きの良い子」になる私は、夜明けとともに眼をさました。他の四人はまだ寝ている。相変わらずの雨。車窓から雨に煙るサロマ湖の湖面を眺めながら、私は何となく『南方郵便機』を取りあげ、読み始めた。

 少し寒かった。お盆を過ぎて雨など降ると、北海道ではぐっと気温が下がり、日中でも15度ぐらいまでしか気温が上がらないことも珍しいことではない。だがその肌寒さが、かえって私を本に集中させてくれた。私はもともと暑いのが苦手で、夏よりも冬のほうが好き、というようなたちの人間なのだ。何となく始めた読書に夢中になっていると、いつの間にか眼を覚ました、隣に寝ていた気の良さそうな大学生が声を掛けてきた。

 「サン=テグジュペリですか。」

 私は手にした本の表紙をみせながら、この作家のものはこれが初めてだが、とても面白いねと、率直な感想をいった。すると彼は、自分の荷物から一冊の文庫本を取り出し、私に差し出した。

 「これも面白いですよ。よかったらどうぞ、家にもう一冊ありますから。」

 私はその本を受け取った。本当にもらってよいのかと聞くと、かまわないと答える。そこで私は、自分の『ウェルテル』を取り出し、読んだことがあるかと聞くと、ない、とのことだったので、ならばとお礼に『ウェルテル』を彼にあげた。そして彼がくれた本をみると、それが、サン=テグジュペリの『人間の土地』だった、という訳だ。

 その日、雨は降りやまなかった。特に帰る日も行く先も決まっていない私と、ごく若い二人組のお兄ちゃんたちは、そのままそこに連泊することにしてしまったのだが、例の大学生ともうひとりは、先を急ぐということで、冷たい雨の中を出発していった。

 その日一日、私は、宿泊施設に改装されていない、もう一両の、かつて線路を走っていたそのままの姿の客車の、固いボックス座席に座り、もらったばかりの『人間の土地』を読んで過ごした。その文庫本のカバーには、ブックオフの100円の値札がついたままだった。きっとあの大学生もまた、旅の途上に古本屋に寄り、好きな本をみつけて買ったのだろうと想像し、少し可笑しくなった。

 これが、私の『人間の土地』との出会いだった。私にこの素晴らしい本を読む機会をくれたあの大学生には、深く感謝している。勿論、彼がくれなければ、いずれ私はこの本を自分で本屋で買うことになったのだろうが、しかし、あんな印象的な形での出会いでなかったならば、きっと、私のこの本への愛着も、幾らかは違ったものになっていたことだろう。

 あれから、もう6年だ。あの大学生は、今、どこでどうしているだろうか。社会人となり、もしかしたら、もう結婚しているかもしれない。そして『ウェルテル』はどうなっただろうか。若者にこそ相応しいあの本を、彼は気に入ってくれたのだろうか。

 今の私は、再就職し、結婚をし、子供も生まれ、残念ながらバイクは手放してしまった。もうあんな旅をすることもないだろう。しかし私の本棚には、『夜間飛行』も、『人間の土地』も、しっかりと並んでおり、手に取られ、ページを開かれることもしばしばだ。『人間の土地』の100円の値札も、まだそのまま貼られている。どれもが、私にあのツーリングを思い出させてくれる宝物だ。

 そして、二冊仲良く並ぶこととなったツルゲーネフの『初恋』もまた、私には大切な思い出なのであった。

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コメント


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はじめまして

静磨さん

旅の途中で本を交換したなんて、感慨深いものがありますね。
なんか、素敵な話だったので、ついコメントしてしまいました。
ちなみに、私は今、旅人が本を交換するのではなく、本が旅をする「ブッククロッシング」に興味があります。

そか02 | URL | 2011-10-24(Mon)15:49 [編集]


Re: そか02さん

そか02さん、はじめまして。

「ブッククロッシング」というのは、初めて聞きました。
調べてみたら、何だか面白そうな試みですね。
私の書棚にも、私の所よりは、「相応しい読者」のもとにあるべきであるような本があります。
そういう本を生かすためには、なるほど、よい手段だなと思いました。
よき読み手があっての、名著ですから。

コメントありがとうございました。
またおこしください。

静磨 | URL | 2011-10-25(Tue)08:37 [編集]


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