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身延街道・甲駿国境から身延 その5


 身延街道・甲駿国境から身延
 その5 身延山久遠寺





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今回走ったコース。いよいよ目的地である。




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 旧南部宿を抜けた先は、5kmぐらい、国道52号線を走る。旧街道は多分まともな形で残っていなさそうだし、ちょっと疲れてきたしで、直接久遠寺に向かってしまうことにしたのだ。




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 やがてみえてくる、身延山への案内看板。この信号を左折。




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 走ること200m程。




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 「身延山入口」の信号。ここを真っ直ぐ抜けると、




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 いきなり、目の前に大きな門があらわれる。これが、「身延山惣門」。寛文五年(1665年)建立。この先が、身延山久遠寺の境内になる。




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 道の左右に、幾つかの僧房などがある。




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 やがて、門前町があらわれる。




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 何かみえてきた。観光用の駐車場にカブを停めて、歩く。




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 すぐに、巨大な「三門」がみえた。これは、大きい。




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 「三門」とは、「空」、「無想」、「無願」の三解脱をあらわす、のだそうだ。




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 「三門」を、内側から。




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 そして前方にあらわれる石段。あれを登るのか……。




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 石畳。




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 そして、「南部實長公銅像」。現地の説明書きを転載。


 身延山開基大壇越 南部實長公銅像
 山崎朝雲 作

 日蓮聖人は文永十一年(1274)5月17日、領主南部實長(波木井)公のお招きにより、この身延のお山にお入りになられました。實長公は「今生は實長に及ばん程は見つぎ奉るべし、後生をば聖人助け給へ」とのお約束どおり、日蓮聖人ご在山の9年間一族をあげてご給仕されました。また、公は「十三里に四方の堺を立て今、日蓮聖人に寄附す」との置文をして、身延山を中心とした十三里四方を日蓮聖人に寄附され、子々孫々に亘り身延山を護ることを戒められ、永仁五年(1297)9月25日、76歳でお亡くなりになりました。





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 石段を登る。この石段は「菩提梯」といって、登りきれば涅槃に達する梯、という意味らしい。287段あるそうだ。上掲の写真の通り、登るのはかなり大変なので、高齢の方、体調の悪い方などは、無理せず「男坂」か「女坂」を迂回してください、との注意書きがあった。最近は体力にはまるきり自信のない運動不足の私ではあるが、しかしせっかくなので、挑戦してみることにした。




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 挑戦してみて、後悔した(笑) これはきつかった。




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 それでも、休み休み、息も絶え絶えに這い上がり、ようやくみえてきたのは、




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 「五重塔」。明治八年に一度焼失してしまったが、2009年に、かつての姿そのままに再建された。




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 そして、正面に「本堂」。




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 「大鐘」。寛永元年(1624)鋳造。初め、道順という修行僧が梵鐘寄進を発願、浄財勧募の諸国行脚に努めるも、志半ばにして旅の途上に逝去した。それを哀れんだ徳川家康の側室養珠院(お万の方)が自らの浄財を寄進、大鐘は鋳造され、道順の誓願は成就した由。現存の鐘楼の建立は、明治十五年である。




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 「本堂」の隣に、「祖師堂」。明治十四年に、東京から移築された建物。日蓮の霊を祀る。




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 文永十一年(1274年)、日蓮が西谷に草庵を結んだのがその始まりとされ、以後日蓮宗の発展と共に整備が進み、門前町も発達して、日蓮宗の総本山として今日に至る久遠寺。他にも奥之院だとか、その日蓮の草庵跡だとか、観たいものはたくさんあったのだが、今回は時間と体力の都合で、見学はここまでとした。車で真っ直ぐ来れば、自宅から一時間半ぐらいの距離なので、また家族もつれてゆっくり来ようかと思う。では、今回のお散歩ツーリングも、ここらで終了、としましょう。




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 だが、登ったからには下らなければならない。がくがくになった膝で下るには、あまりにも急なこの石段。下りならばダイジョウブかと思ったのだが……、「男坂」に迂回すればよかった。

 「興津筋」から始まり、「岩淵筋」、「由比筋」と走って、今回、駿河と甲斐の国境からこの身延山までを走った、身延街道めぐりツーリングであったが、これで一応、静岡県教育委員会文化課編の『身延街道』において扱われている区間は、全て走り終えたことになる。あとは、この身延から甲府までの区間が残されている訳であるが、そちらはもう、本来の守備範囲である静岡県内からかなりはずれてしまうので、身延街道に関しては、これにて終了、ということにします。

 走り終えての感想としては、全体に、かつての街道の面影がかなり失われているな、というものだ。これは、山間を縫うように走る身延街道の性格上、仕方のないことだとは思われる。

 身延街道は、今なお国道52号線として、静岡と山梨を結ぶ現役の主要幹線路として機能している。よって、かつての街道と、現在の国道との道筋が重なっている部分も少なくないのであるが、そうした区間においては、大型トラックの頻繁な通行にも耐え得るような、上下二車線の立派な舗装路に様変わりしている。

 一方において、国道がかつての道筋から大きくはずれて通っている区間も多い。特に峠越えの区間が、トンネルや富士川沿いの道路に変わっているのが目立つ。そうした部分においては、不便な山越えルートは現在においては全く利用されることがなくなり、廃道かそれに近い状態になってしまっていることがほとんどだった。

 こうしていずれの場合にも、旧街道の姿は失われてしまう、という結果に至っているようなのである。現役の街道である故に、旧態を留めることなく常に改修を受け続け、現代的な姿となって今に至っている、ということだ。

 その結果として最も古い面影を残しているのは、静岡県内の区間においては、最も早くから発展したものの、後に他の道筋の方に利用者が流れて、早くから廃れてしまった「由比筋」だった、ということになったのはなんとも皮肉なことではある。峠越えの「由比筋」は、「岩淵筋」と「興津筋」に利用者を奪われたものの、その峠付近に神社があったためか、全く利用されなくなるようなことはなく、細々と存続したが故に、古い姿のまま残った、という訳だ。

 道、とは元来、実用的なもの、という以外にはあり得ないようなものではある。よってもし「歴史的価値」故にある道を保存しようというのならば、まさに「歴史的価値」のみを理由にして、保存がなされなければならないだろう。旧街道の保全の難しさが、ここにあるように私には思われる。そこに実利的なものを求めたならば、道は新しくされるか廃止されるか、そのどちらかの方向にしか変化され得ないのである。

 といったところで、久々の史跡めぐりツーリング、終了といたします。次はどうしようか。下田街道の続きか、秋葉街道か。これからいい季節になるので、出掛けたいと思っています。それでは、また。




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