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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

身延街道・甲駿国境から身延 その1


 身延街道・甲駿国境から身延
 その1  白鳥山砦



 久しぶりに、「スーパーカブで行く早朝お散歩史跡めぐりツーリング」に出掛けてきました。昨年の11月末に、旧身延街道の岩淵筋、及び由比筋を走って以来、実に八ヶ月半ぶりである。最近はなんだか木工DIYにばかり夢中になってしまっていたが、カブの自賠責の更新があり、その際にオイル交換と、さらには前後のタイヤの交換までしてしまったので、なんだがカブで出掛けたくなってしまったのだ。




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 で、やってきたのはここ。身延街道の、静岡県と山梨県の県境、つまり、駿河と甲斐の国境付近である。前回岩淵筋を走ったときのゴール地点がここであり、その前に興津筋を走ったときのゴールもここだった。すなわちここは、三筋ある駿河国内の身延街道がひとつにまとまり、国境を越えて甲斐国に入る、その場所なのである。




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 地図でみると、こんな感じ。




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 で、今回はこんな感じで走る。国境から、旧身延街道を辿り、身延山を目指す。このブログでは初めて、甲州を走ることになる訳だ。




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 あ、今回もこの静岡県教育委員会文化課編集の『身延街道』、及びのその付録の地図を参考に走りました。身延街道の成り立ちの等、詳細は過去記事をご参照ください(こちら。「身延街道(興津ー境川)」。「身延街道・岩淵筋」。「身延街道・由比筋」。)。




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 そのスタート地点のそば近くを流れる境川。江戸幕府のもと正式な脇往還として管理されていた興津筋を、南から甲州に向けて歩いてきた旅人は、宍原宿の先で「長峯三里」と呼ばれる難所に入る。険しい山越えのその途中、この場所で境川を越えて甲斐に入る訳である。




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 では、出発。時間は、朝の5時すぎ。しかし、旧街道は山の中を通っている。その旧道は多分、廃道か、それに近い状態にあると思われ、カブで走るのは不可能である。なので出だしから、国道52号線(つまり現身延街道)を迂回することになる。




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 スタートから数百m走ると、




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 トンネルがみえてくるが、ここで早速ちょっと寄り道。トンネル右側の脇道へと斜めに入っていく。




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 しばらくは綺麗な道が続き、




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 ゴルフ場の脇を通って、




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 その先で少し道が悪くなるがメゲずに進むこと2、3km。




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 やがてみえてきた公園兼駐車場にカブを乗り入れる。ここは、「白鳥山森林公園」という。




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 景色は悪くない。靄がかかって見通しは悪かったが、それもまたちょっと幻想的でキレイなものである。




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 ここから、カブをおいて山道を歩く。「車両進入禁止」の看板のある方の道へ。


 

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 けっこう険しい。早速息切れする私。




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 しかし距離は大したことはない。五分ぐらい歩けば、山頂がみえてくる。




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 山頂に、案内看板。「狼煙台跡」。その説明書きを転載。


 狼煙台跡

 甲斐国志(一八一四)によれば「白鳥の砦」の條に「永禄十二年(一五六九)信玄駿州攻撃ノ時此ノ山ニ物見ヲ架ス」とあって、山中には陣場・鞍掛・馬ノ背・太鼓打場・千駄窪等の地名がある。又、天保十二年(一八四一)にできた「駿国雑誌」にも白鳥山城として、「庵原郡内房村ニアリ、今廃セリ(中略)今猶城跡有リ」と記されている。
 狼煙台は、戦国時代武田流戦術の一つとして駿河の情勢を白鳥山を基点として。府中(甲府)つつじケ崎の居城まで狼煙で連絡する場所として設置された。
 周囲を土塁でめぐらせ戦後しばらくまであった。
                             富沢町



 永禄十二年に開始された武田信玄による駿河侵攻については、このブログにおいても過去に幾度か触れてきたが、信玄は身延街道を通って越境し、今川氏真のいる駿府を目指した。その際にこの山頂に狼煙台をつくった、ということだが、山国である甲斐においては、狼煙というものは連絡手段としては実に理にかなった方法であったことだろう。これから本格的に駿河を手中に収めようという信玄が、まずここに狼煙台を作った、というのは、彼の決意のほどが知れるようで興味深い。




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 こんなものもあった。「恋人の聖地」の石碑と、鐘。伊豆の恋人岬みたいなものをここに作ろうとしたようだが、なんというか、なぜこんなものが成功すると思えるのか、私としては実に理解し難い。




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 こんなものも。こちらは、面白い。ここからみえる山々の名前を記してある。方向的には、南アルプス連山の3000m級の山々がみられるはずなのだが、




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 残念、夜明けとともに靄がひろがり、視界は最悪であった。しかたがない、街道に戻ろう。というところで、次回に続く。


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