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沼津御用邸記念公園見学 後編


 沼津御用邸記念公園見学 後編

 
 前回、「西附属邸」の全体を観てきたが、いよいよ、その中枢部ともいうべき場所をみてみましょう。



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 まずは。「御座所」。リビングルームである。




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 別角度から。




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 こちらは「御食堂」。




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 背もたれの菊の御紋がはっきりと、ここに座るべきお方がいかなるお方であるのか、そして他者は決して座ることを許されないのだ、ということを物語っている。




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 そして、「謁見所」。この部屋の厳かさは圧巻である。ここは皇室のご静養のための施設であり、よってこの部屋も正式な御公務の場ではないのだけれど、それでも立ち入り難い雰囲気に満ちている。




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 その雰囲気を醸成するのは、何よりも、この玉座であろう。別の場所にあったこの椅子についての解説文によると、


 馬蹄形の背もたれで、肘かけと挽物を使った直脚がついている完全な洋風のクラシック(ヴィクトリアン)様式であるのに対して、造りは全くの和風の伝統技法を用いている。


 のだそうで、木部はケヤキ材に梨子地漆仕上げをし、「金の高蒔絵で菊紋80個あまりを散らし、背枠の上中央と両端には御紋章を埋め込んでいる」という。座面や背もたれに張られているのは「濃紫色の西陣織」。制作されたのは明治十一年ごろで、今なお、「歌会始などの主な行事のときには、天皇皇后両陛下がお使いになっています」とのこと。すなわち、現役の玉座なのである。

 以前、『椅子のフォークロア』という本について記事にした(こちら。「椅子のフォークロア」」。その本に、椅子というものは、「座る」という生活上の利便ではなく、そこに座る者の地位や役割などを示す象徴的なものとしてまず生まれたのだ、とあった。そうした意味では、この椅子は椅子というものの最も原初的な姿というか、本来あるべき機能を最も端的にあらわしている、といえよう。

 明治二十六年七月の、当時の皇太子殿下(後の大正天皇)の最初の行啓を端緒に、沼津御用邸には多くの皇室の方々が滞在した。ことに昭和天皇は幼少の砌より長期滞在が多く、歴代の陛下のなかではもっともそのご利用日数が多い。地元の同年輩の子供と相撲を取ったりなどということもあったようだ。

 しかし第二次世界大戦下の昭和二十年七月、沼津大空襲によって本邸は消失する。戦後になっても本邸が再建されることはなく、西附属邸が本邸の役割を引き継いだ。そして昭和四十四年十二月六日に沼津御用邸は廃止、翌年に「沼津御用邸記念公園」となり、現在に至る。

 さて、沼津御用邸公園の見学は、このあたりでおしまいとしましょう。ではまた。

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