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身延街道(興津ー境川) その6

 
 身延街道(興津ー境川) その6
 長峰三里



 

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 旧宍原宿を通った旧身延街道が、また国道52号線に出る、その合流点に、左への脇道がある。




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 そこが、旧道の入り口になる。そしてここからの峠道を、「長峰三里」という。 この名で呼ばれる、宍原宿から次の万沢宿までの三里の道のりは、人家もない険しい山道で、「水無し山」とも呼ばれた。身延街道は全体に山中の険しい街道で、海沿いを行く平坦な東海道と比して、荷役にも二から三倍の人馬を必要としたらしいが、そのなかでも難所扱いされていた、というから、その困難は推して知るべしである。だが、そちらが旧道である以上、私はそちらへ行かねばならないのである。




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 うむ、いかにもヤバそうな道だ。身延街道は、実は海岸線から甲斐へと抜けるには、距離的には最も近い道である。興津から国境まで、直線距離なら20kmぐらいしかない。それは言い換えるならば、海のない甲斐国のなかで、最も海に近い場所だ、ということである。しかし甲斐から海へと辿り着くためには、この難所を越えなければならなかった、という訳だ。




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 途中、打ち捨てられた古い車の哀れな姿が不安をあおる。しかし、懐かしい型のアルトだね(笑)




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 道は続く。みかん畑があるということは、農家の人が車で作業に来るのだから、車の通れる道が通じているってことだよな、なんて思っていたら、




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 みかん畑はなくなり、いきなりの別れ道。地図をみたところ、どちらに行っても同じ所にでるようなので、坂のゆるやかな左の道を選ぶ。




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 やがて現れた、旧身延街道の道筋を示す看板。しかしその矢印が示していたのは、




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 ここ。ただの薮みたいですが、一応、山道があるのです。ただ無論、カブは通れないので、路端に停め、身支度をして徒歩で薮のなかに踏み込む。




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 けっこうな坂道。




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 また道しるべが。ただのクサムラにしか見えないんですけど(笑)




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 あれ、なんだか開けたところに出た。




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 舗装はしていないが、車の轍がある。どこからか、ここに車で来ることはできるようだが、手持ちの地図では、ちょっとわからなかった。仕方ない、歩く。




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 それにしても、また車が捨ててあるな(笑)




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 また道しるべ。矢印は、またしてもこの広い林道を離れて薮の中へ進むよう指示している。




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 これが道か。




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 これでも道。急斜面を横切るように、獣道みたいな、頼りない道が続く。一応、ロープが張ってあったが(写真左端)。




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 これでも、道? いよいよやばいか。




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 その先で、ほぼ完全に道を見失った。もしかしたら、目の前の薮を抜ければまた道があったのかもしれないが、斜面も急で崩れやすく、手持ちの地図ではもうこんな山道は載っていなかったので、無理はせず引き返すことにした。いずれにせよ、この長峰三里の旧道は、ほとんど廃道寸前である、というのが私の印象である。今回私が歩いたわずかな距離でさえ、草深い夏場などに来たならば、多分歩くこともままならなかっただろう。もう少し整備されたなら嬉しいんだが。




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 国道52号にもどり、北を目差す。




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 途中、脇道があった。もしかしたら、ここからさっきの青い軽トラックが捨ててあった所へ行けるのかもしれない。




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 やがて見えてきたのは、静岡市と富士宮市との市境。




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 その市境で、進行方向に富士山が見えた。宍原の手前でみたときよりも、だいぶ近くなった。




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 そこから道は一気に下っていく。





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 そして、「甲駿橋北」交差点。ここが、静岡県と山梨県との県境であり、手前のちいさな橋が、両県をわける境川に架かる橋である。そして、右手からの道は、東海道の富士川西岸の岩渕から発し、富士川沿いに伸びてくるもう一本の身延街道(その1参照)である。さて、県境にはこれで辿り着いた訳だが、もうちょっとだけ、進む。




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 「甲駿橋北」交差点から、200mほど進んだ、この辺りにカブを停め、左手をみおろすと、




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 境川の流れ。そして大きな石の上に、何やら見える。




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 石碑だ。この「題目碑」は、このあたり(境川左岸)にあった「甲州屋」という旅籠が建立した、といわれている。ここに石碑がある、ということは、つまり往時の街道はこのあたりで境川を渡っていた、ということであろう。つまり、




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 あのまま「長峰三里」を歩き続けたならば、この大岩の裏手の竹林あたりに出て来れる、ということになろうが、ご覧の通り、道らしきものは見当たらない。やはり、旧道は廃道化してしまっているのだろうか。




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 その近辺には、さらにこんな石碑も。大きいのは「題目碑」であり、向かって一番右のものは「馬頭観音」であろうが、それぞれ刻名はほとんど判読不可能な状態。いずれにせよ、ここは駿甲の国境であるから、こうしたものも多く建てられたのであろう。

 ということで、現在の国道の「県境」ではなく、かつての街道の「国境」に到着したので、今回の街道巡りはこれで終了、である。走り終えての印象としては、やはり東海道と比較したならば、ローカルな脇街道ということで、鄙びたよい雰囲気が残っている分、かつての道筋がかなり失われつつあるな、ということである。

 元来が険しい山越えの街道であるから、新しい通りやすい道ができたならば旧道を通る者など全くいなくなってしまい、やがて廃道となるのも無理のない話ではあるのだが、やはり寂しいものである。現在、中部横断道路が建設中である。静岡と山梨とを結ぶ、待望の高速道路であるが、これが開通したならば、現身延街道たる国道52号線だとてどうなるかわからない。

 道の変化、とくに新道の開通は、周囲に想像以上の影響をあたえるものである。それはひとつの街の「表」と「裏」とをまるっきりひっくり返してしまい、街の性質そのものを根底から変えてしまうことすらある。そうした姿を、私は職業柄あちこちで目撃している。道の変化が農地を工業団地に、古い集落を商業施設に変えるならば、人や車の流れはさらに劇的に変化し、その変化はまたさらなる変化を呼ぶだろう。

 それが街や地域の発展、というものであり、新しい利便のために古い不便を捨てることだとみるならば無論歓迎すべきことなのではあるけれど、一方においてまた間違いなくいえることは、一度失ったものは二度と取り戻せない、ということである。最近になって旧街道や旧跡巡りを始めたばかりの私が言ってもあまり説得力はないが、人間というもの、新しいものばかりでは何だか不安になるのか、古いもので心を慰めることもたまには必要なようである。残せるものはできるかぎり残しておいた方が、もしかしたら、後々になって意外な価値が見出されることもあるかもしれない。

 今回は興津を起点としたコースを走った。富士川沿いの岩渕起点のコースもまた走ってみたいし、由比起点のコースが現在どうなっているのか、みに行ってみたいとも思う。またこの国境の先、つまり身延山まで、あるいはさらに先の終点甲府までの街道も、行けない距離ではない。また機会をみつけて、走ってみるつもりである。それでは。



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