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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

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身延街道(興津ー境川) その2


 身延街道(興津ー境川) その2
 興津起点から横山城跡


 
 今一度、コース全体を地図で確認。




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 こんな感じ。では、いよいよスタート……する前に、まずはスタート地点の石碑群をみてみよう。


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 まず目立つのは、この「髭題目碑」。髭題目は、「南無妙法蓮華経」を特徴的な筆法で書いた日蓮宗独特のもので、それを石に彫ったものがこの題目碑である。高さは3mもあり、身延山への参道の入り口に相応しい偉容である。




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 「常夜灯」。




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 「道標」がふたつ。右の道標には、興津から身延までの間にある宿までの里程が刻まれている。

  「宍原江四里、萬沢江七里、南部江十里、身延江十三里」

 今回私が目指すのは万沢(萬沢)の手前であるから、七里(大体27kmぐらい)先、ということになるか。これは元禄六年に建立されたもの。




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 他にも、大きなものから小さなものまで、いろいろ。では、スタートである。




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 旧街道序盤の様子。いかにも、な感じの裏通り。




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 スタートから250mぐらいで、JR東海道線の踏切。




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 さらに進むと、




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 こんどは、東名高速道路の高架をくぐる。




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 旧街道は本来、高速道路をくぐってすぐに、右斜め方向に伸びていたはずなのだが、いまはもうその道筋は失われている。多分、高速道路の通過の際、昔の区割りはなくなってしまったのではなかろうか。仕方がないので、ちょっと先のこの脇道を右に入り、旧街道を探す。




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 曲がるとすぐ突き当たりがみえる。




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 突き当たりを左折したところ。どうやらこれが旧街道か。




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 しばらく行くと、何やらあった。この祠自体は、何なのかちょっとわからなかったが、




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 その前の、この小さいのが重要。これが、確かにこの道が「身延街道」であることを示してくれる。




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 しかしその先、真っ直ぐ道が伸びているはずの所には、住宅が……。またしても旧道が失われている。仕方ない、右方向へ迂回。




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 一度、「現」身延街道たる国道52号線に出て、左折。




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 その先の歩道橋の下を左へ曲り、また旧道をさがす。




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 写真奥、すなわち北へ続くこの道が旧道。しかし、




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 南の方をみると、何だか様子がおかしい。




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 下に水路があるのだが、その上に、道ともいえないような道筋が。地図上では、これが旧道跡と重なるようなので、ちょっと辿ってみる。




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 行き止まりだ。多分、この向こうに、先程の道標のあった丁字路があるのだろう。これを道と呼んでよいものかどうかわからないが、一応、旧道跡、ではあるようだ。




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 では、またカブの所にもどり、先へ。




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 また突き当たり。右手奥にみえる青信号は、国道52号のもの。また国道に出るしかない。




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 本来の身延街道は、ここを真正面に真っ直ぐ伸びていた。しかしみての通り道はない。仕方ないので国道を北上する。




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 200mぐらい走ると、東海道新幹線がみえてくるので、これをくぐる。




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 新幹線から150mぐらいで、脇道発見。ここを右折し、旧道を探す。




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 脇道に入ってすぐ、公園と、その向こうに神社を発見。




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 「三島神社」。神社の東側を、南北に走る道から撮影。『身延街道』付属の地図が示す旧道の位置とはずれるのだが、神社の前の道、ということで、ある時代にはこの道筋が身延街道であった可能性はあるだろう。




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 ちなみに、上の写真を撮ったところから、回れ右をして南側を撮った写真がこれ。こんなところにフットサル場。さすがサッカー王国清水(笑)




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 その神社前の道を北上。




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 やがて道は左に折れ、また国道に出た。




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 国道に出るとパチンコ屋さん。その先をすぐに左折。





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 曲がったすぐのところに並ぶ、「馬頭観音像」。




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 真ん中の二基に、馬頭のレリーフがみられ、「大日如来」の文字も読める。街道の傍らに、こうして馬頭観音がよくみられるのは、どうやら荷運びに使役された馬の供養や守護と関係があるようだ。




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 よって、馬頭観音があるということは、この道が旧街道であることを証する訳だ。山に向かって、緩やかな上り坂が続いている。




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 やがて道は山に突き当たる。この山には、横山城があった。永禄十一年(1568年)、駿河への侵攻を開始した武田勢が入城し、薩埵峠に陣取った北条勢と対峙した城である。……というところで、次回に続く。




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