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日々の出来事 37


 蓬萊橋

 先日、普段使っている中古のMacbook君に放り込んである写真などを、何となくヒマにまかせて眺めていた。すると、去年の十月ごろに、大井川に架かる「蓬萊橋」という橋に、家族で遊びにいったときの写真があった。それを娘と一緒に「覚えてる?」なんていいながら見ていて、ふと、思い出した。あれ、このときのこと、ブログ記事にするつもりでいたのに、結局、なんにもせずにおわっちゃったな、と。そんな訳で、約一年遅れではありますが、「蓬萊橋」、ご紹介いたします。

 徳川幕府治下、「徒渡し」と定められて、架橋どころか船で渡ることさえ許されなかった、駿河と遠江の国境をなす大井川であったが、明治に入ると、「越すに越されぬ大井川」にも橋が架けられ、東海道における難所のひとつが姿を消した。




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 蓬萊橋もまた、その明治期に架けられた橋のひとつである。明治十二年(1879年)に竣工して以来、増水等による度々の被害にあいながらも、今なお、木造橋としての姿を保ち、大井川をまたいで駿河と遠江を繋いでいる。あ、写真の女の子はウチの娘です(笑)。




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 その全長、897.422m。「世界一長い木造歩道橋」として、かのギネス社に認定されている。

 ちなみに、蓬萊橋が架かるのは河口から12.4km付近で、下流には国道150号線と東名高速道路とJR東海道新幹線、上流にはJR東海道本線と国道1号線と新東名高速道路が通っている。この他にも橋はたくさん架かっているのであるが、こうして改めて数えてみると、大井川に架かる橋の、日本の陸上輸送における重要度というものを思い知らされる。この川に橋がなかった時代があるなんて、本当に信じ難いことである。




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 まずは、橋脚など。木造の建造物としてみるならば、やはりかなり頑丈そうな造りであるような印象を受けるが、しかし、現代の鉄とコンクリートの橋を見慣れた眼には、なんだか頼り無さげにもみえる。




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 では、娘を先頭に、渡橋開始。あ、この橋は「有料道路」となっております。大人100円、子供10円、そして自転車もOKで、100円、通行料をお支払いの後に、お渡りください。




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 この日は、降雨の直後であり、空も曇ったまま、ということで、大井川の流れも濁っていてあんまりいい景色とはいえなかった。残念。現在は上流部に幾つものダムがあり、大井川の水量はコントロールされているが、往事には雨が降ればすぐに増水し、「川留め」となって旅人たちは長逗留を余儀なくされた。




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 しかし、遠方には富士山がみられた。この辺りからだと、ご覧の通りかなり小さいですが。




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 橋は、場所による変化はなく、ずっとこんな調子。欄干はかなり低く「一応ついてます」程度のもので、この日のように風が強い日には、高い所が苦手な方などは、ちょっと怖いと感じるかもしれない。




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 「ど真ん中」。「公式」の表示なのか、誰かが書いちゃったものなのかは、ちょっとわかりかねる。




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 みあげれば、渡り鳥の編隊。




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 対岸がみえてきました。こちら側には、ちょっとしたハイキングコースなどがあるようである。橋だけでも往復すれば約1.8kmなので、子供をつれての散歩がわりにはなる距離はある。もう少し天気の良い日がおすすめです(笑)


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