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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

賤機山城 その1


 賤機山城 その1

 8月も最後の週末、妻は子供等を連れてママ友たちとお昼を食べにいくとかで、午前10時半ごろから、家にひとり残された私。このチャンスを生かそうと、城跡に出掛けることにした。しかし、もう時間が時間なので、そんなに遠くへは行かれない。そこで、静岡市内の城跡である賤機山城址を選んだ。ただ、ついでにちょっと買い物もしたかったので、カブ君は今回はお休み。車で出発、である。




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 で、やってきたのはここ、「静岡浅間神社」。この神社の境内が、登り口になるのである。地図で確認。




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 北の山地から、真南に真っ直ぐ伸びた山の連なりの先端、すなわち、駿府城跡である、駿府公園の北西に位置する。静岡市内で神社といえば、まずはここ、というくらいに、有名で、大きな神社である。私たち家族の話になるが、結婚式も、子供の初参りや七五三参りもここだったし、毎年の初詣もここである。実になじみの深い神社なのだ。そして賤機山城は、ここから山を尾根沿いに北上した所にある。




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 「静岡浅間神社」とは、神部神社、浅間神社、大歳御祖神社の三社の総称であり、さらに少彦名神社、麓山神社、八千戈神社、玉鉾神社が境内社としてあるので、境内では見事な社殿が幾つもみられる。創建はというと、神社の公式ホームページによれば、神部神社は約2100年前の第十代崇神天皇の御代、浅間神社は延喜元年(901年)、大歳緒祖神社は応神天皇四年(273年)、だそうだ。……うむ、つまりがもう日本の神話時代からある神社だということであろう。




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 なにはともあれ、まず観るべきはこの大拝殿、である。この大きさは神社の拝殿としてはなかなか観られるものではないだろう。




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 こちらは八千戈神社。にも観るべき建物、お参りすべき拝殿はたくさんあるが、今回は「せんげんさん」にお参りに来たのではなく、あくまでも城跡を観に来たのだ。よって、




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 まずはこの石段を登ることになる。




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 こんな感じ。ゆっくり歩いて登れば、それほどきつい階段ではない。まあ、真夏ならば汗だくにはなりますが(笑)。




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 さらに石段。




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 こちらが、山上にある「麓山神社」の拝殿と、




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 本殿。その脇に道が続いている。それが、賤機山城址へと続くハイキングコースになっている、という訳だ。事前に仕入れた情報では、この神社から大体40分ぐらいの道のり、だそう。では、しゅっぱーつ。




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 しばらくはこんな感じ。登り坂だが、尾根道なので全体に坂はそれほど急ではない。




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 ところどころから、尾根の東側の静岡市の町並みを見渡すことができる。うん、なんてことない地方都市、だね(笑)。




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 なにか見えてきた。




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 「四代目一本松」。古墳、のようだが、今回は煩雑を避けるため、スルーしておきましょう。




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 さらに進み、




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 別れ道。他にも幾つか別れ道があったが、どれも結局は同じ所に出るようだ。尾根道なので、まあ、迷うこともない。




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 ところどころに休憩所や、トイレも。地元ではメジャーなハイキングコースなので、設備もそれなりに。この日も幾人かのハイカーの方たちがいたし、なんと、ランニングのコースにしているひともいた。




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 また、景色が開けた所に。先程より、ちょっと標高が上がったか。




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 また何かみえてきた。




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 「静岡市戦渦犠牲者慰霊塔」。第二次大戦当時には、静岡からも無論、たくさんの人たちが出征していき、そしてそのなかのたくさんの人たちが、二度と戻らなかった。私の祖父もその内のひとりである。そしてさらに、静岡もまた、米軍の本土爆撃の標的となり、多くの人々が命を落とした。




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 しかし、亡くなったのはなにも日本人ばかりではない。多くのアメリカの若者たちもまた、戦闘に参加し、そして命を落としたのである。




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 そしてそのひとりひとりには、それぞれ名前があり、それぞれの人生があった。

 先制攻撃をした日本の戦争責任だとか、非戦闘員への無差別爆撃をした米軍の作戦の是非だとかも、無論、将来のためによく考えるべきこと ではあるけれども、こうした慰霊の場には、持ち込むべき事柄とはいえないだろう。だから、こうして二つの慰霊碑が並んで建っていることは、よいことだと私は思う。




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 この先は、ご覧のとおりの山道になる。




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 また、景色を。かなり遠くまで見渡せるようになってきた。




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 麓に、寺院が。これは「臨済寺」である。

 元々ここには、駿河今川氏第七代氏親の母である北川殿(北条早雲の妹、もしくは姉といわれる人)の屋敷があり、後に、氏親の四男栴岳承芳(すなわち後の今川義元)が善得院というお寺を建てた。そして八代目の今川氏輝がここに葬られたのを機に、臨済寺、と改称された。

 義元は、自身の師であり軍師ともいえる太原雪斎をこの寺に招いているが、この雪斎というひとは、人質時代の幼少の徳川家康の教育係でもあった、ということで、家康ともゆかりの深いお寺である。今川滅亡後の戦火で、一度は消失してしまった臨済寺であったが、家康は駿河平定後にこの寺を再建している。一度、観に行きたいお寺である。




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 こちらは、西側の景色。大きな川は安倍川である。そのむこうの山の連なりのどこかに、ちょっと前に行った安倍城跡がある、はず。




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 と、いうことで、続きは次回。



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