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姫街道 その2・市野宿


 姫街道 その2・市野宿



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 今回のコース。
 



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 姫街道、「安間一里塚」起点。ここから、交通ルールに則ってバイクのエンジンを切って押し歩く(こうすれば歩行者扱いになる、はず、確か、多分……)こと十数m、




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 信号をひとつ越え、再びバイクにまたがって前方をみれば国道1号線。




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 この複雑な立体交差を直進。




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 すると県道65号線、東名高速浜松インターの取り付け道路に合流する……んだけど……




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 今度は右折禁止の標識。右折したいのに……。仕方ないので一度左折した上で、次の交差点Uターンする。こんなときはカブの機動性に助けられるね。




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 北に向いて、最初の信号を左折。




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 その脇道は最初の数百mは県道314号だが、「下石田北」という交差点からは、県道261号線となる。姫街道は、しばらくは主にこの261号線として、西へ伸びていくことになる。




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 道がぐっと曲がって西を向いたところで、この川を渡り、




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 その先でまた道はぐっと曲がる。このあたりから、最初の宿場、市野宿に入るはずなので、もしかしたら、このあたりの道のくねくねは、宿場の入り口の枡形の名残なのかもしれない。




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 その先、「市野町」の信号を越えたところで道はまたしてもぐっと左にまがって、ほとんど真南を向いてしまうが、この右側の脇道を右へ。




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 細い脇道はすぐにまた県道に出てしまうので、これを右折。ふたたび、261号で西へ向かう。はっきりわからないけれど、多分、このあたりで宿場は終わりなんじゃないかな。

 江戸時代に入って、この市野が宿場と定められた初期の頃には、本陣や問屋もあり、なかなかの賑わいがあったようであるが、明和元年(1764年)、前回に書いた通り姫街道(公式名称はあくまでも「本坂道」だが)が道中奉行の管轄となった後には、浜松宿からのルートが正式なものとされた関係で、こちらのルートは通行が激減し、かなり寂れてしまったらしい。

 


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 右手に「熊野神社」。




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 何となく良さそうな神社だったので、ふらっと立ち寄ったら。




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 ありました、観光案内。ここではこの市野宿周辺の姫街道関連の史跡について、貴重な情報収集ができた。このあたり、正直にいって、旧街道のルートもあんまり良くわかっていなかったので、ホントに助かりました。姫街道は、道標など、全体的に旧街道をめぐってみようという観光客にとっては、旧東海道よりも(少なくとも静岡県内に限っては)わかりやすく、案内がしっかりしている印象である。積極的に観光客を誘致しようという姿勢のあらわれであるが、有り難いかぎりである。

 


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 さあ、先へ進もう。真っ直ぐに県道を西へ。




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 と、思ったらまた左へ曲り、北を向いてしまう。このクネクネ具合、いかにも旧道らしい。




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 そのあたり、「長福寺」というお寺の向かいに、「小池一里塚」跡。




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 そこにあった解説文によると、

 
 「一里塚は、織田信長が一里を36町と定め街道の一里ごとに塚を築き、その上にえのき(榎)または、松を植えて目じるしとしたのにはじまり云々」



 とあったが、一里塚に榎を植えたのは、年とって耳が遠くなった大久保彦左衛門が、家康の言葉を聞き間違えた結果、みたいな話を読んだことがある。どっちが本当なのだろう。ま、これも諸説ある、ということなんだろう。ちなみに、ここまでで江戸の日本橋より六十五里、約260kmだそう。




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 その後、道はまたしても左に曲がって西を向き、少しづつ北へ逸れつつ伸びていって、この「自動車学校前駅」の脇の踏切で、遠州鉄道の線路を渡る。




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 こんなものが。古い道標である。ここが姫街道と秋葉街道の交差点であることを示している。姫街道は西、秋葉街道は北である。




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 ちなみに、こちらがその秋葉街道のとされる道。秋葉街道といえば、春野町の秋葉神社への巡礼の道で、東西南北から神社へ向かって伸びていく道が有名であり、そのうちの「表口」、すなわち掛川宿から神社を目差す所謂「塩の道」を、以前走った(こちら「塩の道 相良から掛川」「塩の道(秋葉街道・表口) 掛川から春野町」)。だがこれら以外にも、小さな秋葉道がたくさんあったらしく、きっと、この道もそれら小さな細道の内のひとつなのだろう。




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 このあたりに点在する、「半僧坊里程石」。先程の熊野神社の観光案内板によると、


 明治14年奥山方広寺の大火事、半僧坊本殿が消失を免れたことから信仰を集め、以後、参詣者のためにかくちに設置されました。


 方広寺は浜松市北区引佐町にあるお寺なので、こちら方面から参拝に行こうと思うのならば、この姫街道を利用することになる訳だ。




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 「馬乗り場」跡。詳細不明。




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 国道152号線と交差した後、さらに直進してここで馬込川を渡る。




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 その先、県道は一度左に曲り、ここでまた右に曲がるが、そのカーブの手前の、右の脇道へ。




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 狭い坂道。旧道らしいね。




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 ここも直進……だが、また一方通行で進入禁止。さ、エンジン切って押し歩きしよ。軽いバイクでよかった。




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 「最古の道標」。浜松市内に残る姫街道の道標では、最も古く、天保三年(1832年)のもの。

 この時点で、時間は6時20分。スタートから大体1時間ぐらい。というところで、次回に続く。



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