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駿府城址、天守台発掘現場見学 その1


 駿府城址、天守台発掘現場見学
 その1 現地見学



 先日の日曜日、またしても、妻の行きつけの美容室にふたりの子供を連れて行くということで、その送り迎えの車の運転手という名誉ある役割に大抜擢された私。だがその美容室に着いてみると、いつになくお客がたくさん来ていて、小さなお店の駐車場に、私の車が停められない。なので妻が、終わるまでどこかでブラブラしていて、というので、これは好機とばかりに、私は行きたくてたまらなかった場所に車を走らせた。

 現在、静岡市中心部にある、駿府城跡であるところの駿府公園において、天守台の発掘調査をしている。そしてその現場を一般公開してくれているので、今年の正月、北街道という、中世以前の古い東海道であった道をカブで走ったときに寄ってみたのだが、正月なので公開していなかった、なんてつまらなくも間の抜けた記事を書いた。

 それ以来、ずっと行きたいと思っていたのであるが、先日、テレビのローカルニュースにおいて、その発掘現場から、金箔のほどこされた瓦の破片がみつかり、それを現場で展示していることを知るに及び、いよいよ、いてもたってもいられなくなった矢先のこととて、全く、よい機会を捉え得たものだとホクホクしながら、近所のコインパーキングに車を停め、彼氏の待つ約束の場所に急ぐ初恋の乙女かとも思われるような、むさくるしい中年男にはお世辞にも似つかわしいとは言い難いような軽やかな足取りで現地におもむいた、という次第である。




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 駿府城外堀、そして中堀を眺めながら。その日も暑かったが、やはり、水辺や木陰は涼しげで心地よい。




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 ここが、発掘現場入り口。




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 城跡全体のなかの位置でいうと、このあたり。本丸の北西の角、になる。




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 現場の様子。天守台の西側の石垣全体が露出している形。




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 南西の角から、




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 北西の角まで、だいたい60mぐらいらしい。




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 積み方は「打ち込み接ぎ」。流石に、大きく立派な石材を使っている。駿府城の石垣は、全体にだいたい「打ち込み接ぎ」で積まれた。その築城時期を考えれば当然そうなのだが、この城は築城後にたびたび自然災害によって破損しており、その際に崩れた石垣は、より新しい技術である「切り込み接ぎ」で修復された。よって現在見られる姿としては、ふたつの積み方が混在しているような具合になっているようである。

 明治になり、廃城となった駿府城の跡地に、旧陸軍の歩兵連隊が置かれたことにより、とくに内堀の内側の本丸が埋め立て、整地されてしまった。天守台もその際に破壊された。発掘された石垣が、半壊状態なのはそのためであるが、破壊された分の石材は、きっとよそへ運び出すのは労力のムダとされたのだろう、そのまま埋め立てられてしまった。今回の発掘で、その破壊された石垣の残骸もまた、地中から掘り出された訳であるが、




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 それはこの通り、今は山にされている。これでは無論、復元は不可能だろう。

 ここでは、発掘現場がみられる、というだけではなく、出土品の展示や、発掘状況の情報提供などもしている。




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 こんな感じ。今回、私が見たいと思っていた金箔瓦のかけらも、ここで見られた。




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 これである。左は、過去の出土品。右が、今回出てきたものである。




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 拡大写真の写真。




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 こちらは、本丸からの出土品。江戸時代前期のもの、とある。




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 こちらは、天守台からの出土品。

 駿府城の歴史というものは、大きく三つにわけられるだろう。すなわち、最初の徳川家康の五カ国領有時代、次に豊臣時代、そして江戸幕府樹立以後の家康の大御所時代である。そのあたりのことと、出土品との関係などを、次回に。



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