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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

旧東海道 薩埵峠から興津宿、再訪その4


旧東海道 薩埵峠から興津宿、再訪
 その4 由比駅周辺、興津宿

 




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 薩埵峠からの急な下り坂を下りきったところに、「一里塚跡」。ここからは、山と海とに挟まれた、細く長く伸びる由比の街の平坦な道を、JR由比駅を目指して歩いていく。このあたりの地名は、倉沢地区、という。




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 懐かしい雰囲気のある町並みが続く。




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 「柏屋」さん。現地の解説文を転載。


  明治天皇ご小休 柏屋

 江戸時代から間の宿にあって、柏屋と称して茶屋を営んできた。
 明治元年及び十一年、明治天皇御東幸のみぎりは、ご小休所にあてられた。
 明治十五、六年頃、静岡県令大迫清が療養のために逗留された際、倉沢の気候風土が郷里の九州ににていることから、田中びわの種子をとりよせ栽培をすすめ、当地に田中びわが普及することとなった。
            
                    平成四年三月 由比町教育委員会



 なんだかいろいろと歴史的な、すごいお宅のようである。




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 海岸線ぎりぎりにまで山が迫る、急峻な土地に築かれた町並み。裏路地もこの急坂っぷりである。




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 古い民家の間を抜けていく。




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 この旧西倉沢村のあたりは、峠の登り口の「間の宿」だったようで、こちらはその本陣だったお宅。




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 こちらは海岸線にむかって降りていく路地。こちらもかなりの急坂。




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 お寺の立地も、このダイナミックさ。



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 花に、蝶。




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 さらに進む。




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 以前に来たときには、下から見上げるだけだった神社。今回は登ってみよう。




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 前回登らなかった理由が、この階段。これは、かなりのもんです。




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 上から見下ろす。これは、下りの方が怖いね。




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 神社自体は、そんなに大きくはない。ま、大きな社殿は立地的に建てられそうもないが。




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 さらに道は続く。




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 こんなお店もあります。由比名産、しらすと桜えびの直売所。




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 「東海道あかりの博物館」。ここは、江戸から大正期の照明具を展示しているところ。寄ってみたいが、朝早すぎて開いていません。




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 そして、「小池邸」。小池家は、江戸時代には代々、旧寺尾村の名主を務めていた。国登録文化財。




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 こんなものがあった。時計と、掲示板がいっしょになったもの。




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 「昭和五年十二月」とある。こういう公共物は、ずっと残して頂きたいものだ。




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 さらに先へ。




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 ちょっと開けたところから、海が見えた。かなり、海面が近づいてきた。




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 この交差点を右折すれば、「旧国道1号線」である県道396号線に出られるが、旧街道はさらに直進。




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 道がいきなり右に直角に曲がる。




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 曲がった先で、県道に出る。しかし旧街道は県道を横断して続いているので、




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 歩道橋へ。




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 歩道橋の上から、西側を眺める。




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 歩道橋をわたったら、写真右方向へ伸びていく道へ進む。




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 そして見えてくるのが、JR由比駅。ようやく着きました。時間は、7時15分ごろ。峠から約一時間、全行程では、休憩時間や寄り道も含めて二時間半、といったところか。まあ、大体予定通りであった。あー、つかれた。さて、切符を買って、興津駅にもどろうか。



 
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 由比駅から東へ、ものの五分。興津駅に帰ってきました。たった一駅、徒歩での峠越えでは二時間半もかかったのに、あっけないものである。




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 さて、今度はカブに乗って、西へ向かう。道は国道1号線、これが旧東海道である。以前に来たときも書いたが、興津は私の生まれ故郷である。一歳半までしか、ここには暮らしてはいなかったけれど。そしてまた、その私の生家も、最早なくなってしまっているけれど。




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 「水口屋」は、江戸時代には脇本陣を務め、明治元年には、明治天皇の御東幸の際の休息所にもなった。それ以降にも、岩倉具視や伊藤博文なども宿泊したという。昭和60年に廃業。




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 ここには、かつては「ヤオハン」があった。「ヤオハン」は、静岡発祥のスーパーマーケットチェーンで、世界展開するにまで成長するに至ったが、倒産してしまった。「マックスバリュ」は、イオン傘下のヤオハンの後身である。




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 そして、こちらが「清見寺」。ここにはかつて、「清見が関」という関所があった。



  『枕草子』第百六段

 関は、
  逢坂、
   須磨の関。
  鈴鹿の関、
   くきたの関。
  白河の関、
   衣の関。
  直越えの関は、憚りの関に、たとしへなくこそおぼゆれ。
  横走りの関、
   清見が関、
    見る目の関。
  よしよしの関こそ、「いかに思ひかへしたるならむ」と、いと知らまほしけ
れ。
  それを、勿来の関といふにやあらむ。逢坂などを、さて思ひかへしたらむは、わびしかりなむ。

 (新潮に日本古典集成『枕草子・上巻』)




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 関を設けたのは大和朝廷であった。その関所の守護を願って天武天皇の時代に仏堂が建てられたのが、清見寺の発祥だといわれる。室町時代以降、次第に荒廃してしまったようだが、それを再興したのが、今川義元の軍師、太源雪斎であった。雪斎はまた、人質時代の徳川家康が師事した人物としてもまた有名であり、その関係で、この寺は家康ゆかりの寺、でもある。この日は例によって朝早すぎて境内に入れなかったが、ぜひ、ゆっくり見学させて頂きたいお寺である。




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 その清見寺の門前からほどちかくにある、「坐漁荘跡」。これは、かの西園寺公望の別荘のあった場所である。その建物自体は、現在愛知県犬山市に移築されているようで、今ここでみられるのは復元された建物である。かつては「清見潟」という景勝地であったこのあたりの海岸線であるが、現在は埋め立てによってみる影もなくなってしまい、とてもではないが大物政治家の静養地に相応しいような場所ではなくなってしまった。相応しいのは、巨大なコンテナ船とクレーン、あとはトレーラーぐらいなものである。

 ということで、今回の史跡めぐりはこのあたりで終了としましょう。今回は薩埵峠を歩いた。以前宇津ノ谷峠を歩いたときにも思ったが、やはり、旧街道は、歩いて見学するのが一番なのかもしれない。かつての旅人たちと、同じ視点に立てる訳であるから。まだ何カ所か、歩きたい待場所がある。秋になって少し涼しくなってから、出掛けてみようかな。それでは、また。




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