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旧東海道 富士川西岸から由比宿、再訪 その2


 旧東海道 富士川西岸から由比宿、再訪
 その2 蒲原宿






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 前回の最後の丁字路の先に。「北条新三郎の墓」。




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 カブを停めて、歩いて坂道を上っていく。




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 途中、あじさいなどを楽しみつつ、数十メートル。次第に薮が深くなる先、




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 竹薮なかに、古い墓石。北条新三郎氏信は、北条早雲の孫にあたるひとである。永禄十一年(1568年)十二月の、武田信玄の駿河侵攻の際、北条は今川の支援に動き、駿府を落とした武田の背後をついて薩埵峠まで進出、同時に北条は蒲原城に入城した。その詳細については、以前蒲原城に行ったときの記事を参照して頂きたいが(こちら「蒲原城、再訪」)、駿河支配のためには実に重要な位置を占める、この蒲原城の城主として配されたのが、氏信であった。

 翌年の武田の駿河再侵攻の際、蒲原城はその攻撃目標となり、結果的には蒲原城は落とされてしまった。氏信は城から落ちて、この近辺にあったといわれる常楽寺というお寺まで逃げたが、そこで、寺に火をつけた上で自害、そしてここに葬られた、ということのようだ。




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 「北条新三郎の墓」からほどなくして、この「諏訪神社」。そしてその入り口あたりに、




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 「東木戸」跡。すなわち、ここから先が、蒲原宿、ということになる。

 蒲原は、徳川幕府による五街道整備によって宿場とされるずっと以前、律令制の時代から「駅」であり、中世にもまた「宿」として栄えた古い街である。ただ、元々はもっと海に近い場所にあったらしいのだが、元禄十二年(1699年)の大風雨および津波によって被害を受け、現在みられる位置に移動した。それに伴って、富士川から西の東海道も、その道筋を元々の富士川沿いから変更された、ということのようである。ここまでの道のりが、平坦な海岸線ではなく、わざわざアップダウンのある山中を辿っていたのはそのためか。




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 こんな感じで、舗装の色がかわっているのでわかりやすい。道がゆるやかに蛇行しているのは、「枡形」の名残であるようだ。残されている常夜灯は、文政三年(1831年)頃のものらしい。




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 橋を渡る。これは川に架かる橋ではなく、




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 この日本軽金属の発電所へと続く鉄管路に架かる橋である。間近にみると迫力がある。




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 旧宿場らしい雰囲気。




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 こちらは、「渡邊家土蔵(三階文庫)」。




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 どうやら、外観は旧態を維持しているとはいえない様子だが、建物自体は、棟札に「天保九年(1838年)二月二十一日」とあるそうで、市内最古の土蔵、ということになるようだ。「渡邊家」は、江戸時代には問屋職を務めた旧家、だそう。市指定有形文化財。




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 「なまこ壁と「塗り家造り」の家」。建物は古いが、塗り替えられていて、白と黒とのコントラストが鮮やか。




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 現地解説文より抜粋。


 「塗り家造り」は「土蔵造り」に比べて壁の厚みは少ないが、防火効果が大きく、昔から贅沢普請ともいわれています。もともとは城郭などに用いられた技術であり、一般には江戸時代末期以降に広まったといわれています。





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 その筋向かいにももう一軒、「塗り家造り」の建物。こちらは元々和菓子屋さんだったそう。




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 「問屋場跡」。問屋場は、宿場というシステムの中心的役割を果たした重要な施設。




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 「問屋場跡」の脇の小さな川に沿って、ちょっと山の方へ入ったところにある神社。なんだか朱色が印象的だった。




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 その川を、今度は海のほうに辿っていったところにある、「蒲原夜之雪」記念碑。




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 「夜の雪」は広重の有名な浮世絵。

 このあたりが、大体、宿場の真ん中になる。というところで、続きは次回に。




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