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スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

旧東海道 富士川西岸から由比宿、再訪 その1


 旧東海道 富士川西岸から由比宿、再訪
 その1 旧岩渕村



  6月下旬、夏至の数日後。この日、日の出の時刻は4時32分。その時間に合わせて目的地に到着するためには、3時半には起床しなければならなかったのだが、寝坊。ただ、出発時間が予定より三十分ほど遅れたおかげで、自宅から5分ほど走ったところでこんな景色が見られた。




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 朝焼けのなかの、富士の山影。手前の川は巴川、このブログではもうおなじみですね、『ちびまる子ちゃん』に登場するあの川である。何やら工場みたいな建物ばかりで、ちょっとロケーションが悪いようだが、我々地元民としては、これが、日常のなかの富士山の姿、ではある。この、俗世の乱雑と、「神々の座」である霊山の秀麗なる姿との対照もまた、富士山の「美」というものを形作る一要素となっている、というのが私の考えだが、このあたりのことに深入りすると話が長くなるので、また今度(笑)。




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 静岡市街地から、国道1号線をひたすら東へ。目指したのは、ここ、富士川に掛かる「富士川橋」である。また、富士山ですね。




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 反対側をみれば、こんな感じ。この、「富士川橋」西岸の交差点。ここは、他ならぬ、二年前にこのスーパーカブ110を買ったばかりの私が、旧街道めぐりなどをはじめた、その最初の地、なのである。

 去年、静岡県内の宿場町を、一応全てすべてまわり終えた私であったが、この最初に走った区間に関しては、やはり、ちょっと納得いかない思いがあった。というのも、そのときはあくまでも「旧国道1号線」としての「県道396号」を走ることを目的としていたからだ。だからそのときは、下調べなど全くしておらず、その途上において、成り行き的に偶然にみつけた史跡の他は何もみずに、それどころか「旧東海道」を辿ろう、などということは意識すらせずに済ませてしまった。よって、この富士川西岸から興津宿ぐらいまでは、あまり堂々と「旧東海道めぐりをした」とはいえないような状態だったのである。

 ならばもう一度その区間を走って、きっちり旧東海道を走ってその沿線の史跡を観てまわろう、ということにしたのだ。というわけで、今回、最初の地点に立ち返り、ここをスタート地点として改めて「早朝お散歩史跡めぐり」をするのである。場所によっては、前回訪れたときの記事と重複することもあるだろうが、まあ、それはいちいち気にせずいってみよう。




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 では、出発……の前に、地図で確認。こんな感じです。では、こんどこそ、出発。




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 スタート地点の富士川橋から、50mほど上流方向へ。そこにあるのが、この「角倉了以翁の紀功碑」、および「渡船「上り場」常夜燈」。




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 「角倉了以翁の紀功碑」についての、現地の解説文を転載する。


 京都の豪商、角倉了以(一五五四〜一六一四)・素庵(一五七一〜一六三二)父子は、慶長十二年(一六〇七)同十九年(一六一四)両度にわたり、幕府から富士川の開さくを命じられました。その水路は、岩渕河岸(現在地付近)から鰍沢河岸(山梨県鰍沢町)の間約十八里(七一キロメートル)で、大変な難工事の末、完成しました。これにより、富士川水運は明治四十四年中央線が開通するまでの約三〇〇年間、甲信地方と東海道とを結ぶ交通の大動脈としての役割を果たし、岩渕河岸は「下り米、上り塩」の中継地として繁栄しました。
 (後略)


 続いて、「渡船「上り場」常夜燈」の解説文。


 慶長七年(一六〇二)六月、東海道往還の富士川渡船が開始され、同十九年に甲州三河岸(鰍沢・黒沢・青柳)との通船が行われました。
 東海道を上下する旅行者や通船関係者は、この「上り場」を通って船に乗り、また街道にでました。
 「上り場」常夜燈は、富士川渡船と甲州通船の交通安全を祈って、文政十三年(一八三〇)正月、甲州河岸・岩渕河岸商人・富士川渡船関係者らが再建したものです。



 つまりこのふたつは、この富士川西岸の地である岩渕村が、江戸時代、東海道と富士川という、日本の交通の大動脈の交差する街として繁栄したことを示す史跡、といえそうである。この岩渕からは、身延山への巡礼の道すなわち「身延街道」も分岐していた(この道は東からの参拝客に使用された道で、西からの参拝客が使用する、興津宿から北に伸びる「身延街道」とは、甲駿国境の辺りで合流する)。まさに交通の要衝、というべきであろう。




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 で、旧東海道はというと、最初の富士川橋のすぐ近くのここから、山の方へ伸びていく。




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 こんな、細い上り坂。




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 坂を登りきった丁字路を左へ。




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 旧街道らしく、くねくねと進む。




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 国登録文化財「常磐家住宅」。吉原宿と蒲原宿との間にあって栄えた岩渕村は、「間の宿」でもあった。「間の宿」とは、原則的には宿泊の許されていない休憩所みたいなところであるが、この岩渕は宿場並みの規模があったという。なかでもこの富士川の渡船名主の内の一件であった常磐家は、大名等の貴人が休憩する「小休本陣(立場本陣)を務めていた。




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 その脇に、「秋葉燈」。東海道はまた、秋葉神社への巡礼者が通う道でもあった。




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 こんなものも横目にながめつつ、先へ。




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 しばらく行くと、道は大きく右に曲がる。その曲がり角にあるのが、この「岩渕の一里塚」。岩渕村と、隣の中之郷村との境にあったこの一里塚は、江戸の日本橋から三十七里目のもの、だそうだ。




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 これは、何かの道標かとよくみたら、どうやら道祖神か何かのようだ。




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 一里塚の側近くにある、「稲葉家住宅」。十八世紀前期の建物という。前回にもここへは来た。県道から茅葺き屋根がみえたので寄ってみたのだが、その際には、一里塚には見向きもしなかった私(笑)。




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 「稲葉家住宅」から見渡す景色。貨物列車が渡る富士川に架かる鉄橋の向こうは、富士市の町並み。背後の山は愛鷹山である。





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 先へ。旧街道は、右側にみえる富士川第一小学校の先で、ぐっと左へ曲がる。




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 曲がった先に、また「秋葉燈」。




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 その向こうで、右の脇道へ。




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 またしても狭い生活道路。




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 東名高速道路をくぐり、




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 ここでくぐるのは東海道新幹線。




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 また「秋葉燈」。往時にはいったいどれくらいあったのだろう。




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 道はまた上り坂に。




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 東名高速道路の脇に出るので、先にみえる跨道橋を渡る。




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 その橋の上から。ちょっとみにくいが富士山の山影が。この区間の東名高速を走るときは、真正面に富士山を眺めることができる。冬場は特におすすめだが、みての通りカーブする高速道路である、脇見運転にご注意。




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 住宅街を。旧東海道は一気に下っていく。




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 下りきったところの丁字路を右へ。県道396号線と平行して伸びる道に出たところで、次回に続く。




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