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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

塩の道・掛川から春野町 その5


 塩の道(秋葉街道・表口) 掛川から春野
 その5 八幡神社から春野



 

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 「権現森」の看板から、ちょっと走った所で、




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 また、「塩の道」はカブでも走れない山道に。しかし、まあすぐにまた車道と合流するだろうと、迂回。




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 案の定、この「八幡神社」辺りで、合流。その神社の隣には、




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 「大久保小跡」。こんな山間にあった小学校、現存すればさぞかし魅力的であったことだろうが、まあ、これも時代の流れである。




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 少子化の時代に、こんな山間部に小学校が維持できるほどに、たくさん子供はいないのだ。寂しい話ではあるが。




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 「八幡神社」から少し行ったところ。なにやら立て札に書いてある。曰く、室町時代の終わり頃には、このあたりの人の行き来はとても煩瑣で、為にここに山田家という店ができた。土地の産物や塩などを扱っていたらしいが、後に湧き水を利用して「若杉」なるお酒を造り、これが有名になった。幕末から明治に掛けてかなり繁盛したが、明治三十年頃、街道の衰退とともに、ここをはなれた、という。




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 道はまた細い脇道へ。




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 いよいよ、未舗装路になってきた。不安で一杯になりつつも、ゆっくり進む。




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 またしても、何やらかいてある。この辺りは今も昔も木材の産地であるが、かつては無論、切り出した丸太も、丸太を加工した「商品」である角材だの板だのも、人力で運ぶ他はなかった。その角材や板の運搬係というのが女たちの仕事だったようで、その板を背負って運ぶ女たちの姿から、いつからともなくこの辺りを「板妻の里」と呼ぶようになった、という。




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 うわあ、すげえ道だな……。気をつけて走らなければ。スーパーカブは丈夫なバイクだが、オフロードバイクではないので。




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 やっとまた舗装路にでて、ほっとする。あ、また何かあった。




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 道標。「秋葉道七里」とある。




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 またしてもガタガタ道。杉の枝や葉が大量に路面に積もっていて、とても走りにくい。写真ではわかりにくいけれども、これ、結構な下り勾配なのだ。




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 舗装路に合流。こんな道でも、今の私には立派な幹線路に見えます(笑)




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 この辺り、田能小沢の宿、と呼ばれていたようだ。森の町と、秋葉神社との中間に位置したことから、旅人たちの休息や宿泊の場所として利用された、とのこと。




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 しばらくは良好な道。




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 分かりにくい分岐点では、




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 道標が旅人を助けてくれる。私も大いに助けられた。




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 さらに先へ。こんな山間部でも、人々の生活というものは息づいている。




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 「秋葉燈」発見。このY字路は右へ。




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 だが、すぐこんな道に。うわあ、これ、どこまでいけるんだろう。春野町まで抜けているのかなあ。




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 こんな林道を走ること4、5kmか、




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 分岐点にでた。ちょっと迷ったが、ここも右が正解。



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 しばらく行くとまた分岐点。ここも右。




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 その傍らに「大日如来像」。道中の安全を嫌でもお祈りしたくなる状況。なぜなら、




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 実はこの時点で、燃料メーターがこんなことになっていたのでした(笑) こんな山の中でガス欠はシャレにもならない。何とか、春野町まで保ってくれたら、と、カブの燃費性能と大日如来にお願いをしたのだが、何と、この先数十mで、、カブで走するのは不可能な山道になってしまったのである。私の頼りにしている『塩の道ウォーキング』という本の地図は、あくまでも「塩の道」を歩くための地図なので、これは十分にあり得ることなのだ。春野町まで、もうそんなに距離はないはずなのだが、ここは、ガソリン切れ間近のカブで迂回する他はない。

 しかたなく、どこかへ抜けることを信じて、大日如来の分岐点を左に進んでみたが、こちらもすぐに行き止まりだった。もう引き返すしかない。もうひとつ前の分岐点にもどり、そこを左に行ってみる。




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 こんな道を走り、




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 行き着いたのが、ここ。『堀之内の城山』。これは、春野町の『犬居城』を攻めるためのに、徳川家康が築いた「付城」跡である。ここら辺りにこれがあることは知っていたが、どうしても正確な位置がわからなかったので、訪れることをあきらめていたのだが、偶然、みつけてしまった。

 しかし、城跡がどこにどうあるのか、草ぼうぼうで全くわからない。以前見たある方のブログでは、きちんと整備されているみたいだったのになあ。こんなことなら、ちゃんと調べてくればよかった。その場で調べられれば良かったのだが、スマホの電波状況が悪く、しかも実はスマホのバッテリーも残り数%という有様で、それもかなわなかったのです(笑) 

 城跡はみつけたが、肝心の道は途絶えていた。また、戻るしかない。しかたなく、




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 この「秋葉燈」の分岐点まで戻った。もう、ここを西へ進む他はない。春野町へは遠回りになるが、他に手段はないのである。燃料計はいよいよ下がってきているのに、ああ、だいじょうぶかなあ。ガソリンちょびっと、不安はたっぷりで走り始める。私はあまり燃費計算などはしないのだが、過去に浜松から白須賀宿まで旧東海道を走ったときには、このカブはリッターあたり58.2kmも走った。このあたりのことに一縷の望みを繋ぎつつ、また林間の道路を走ること数km、




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 お、広い道。




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 国道の標識だ! やった、とりあえず山から抜けることはできた。後は、ガソリンスタンドを探すだけだ。……しかし、ここからが大変だったのである。

 もうとにかく、いつ止まるかわからない状況のカブで、私は「塩の道」なんかそっちのけで、ガソリンスタンド探しを始めた。

 上の国道に出られた地点から、春野町の市街地までは4、5kmの距離があった。いつ止まるか、いつ止まるかとドキドキしながらカブを走らせ、春野町の市街地に到着、これまたバッテリー残量不足でいつダウンするかわからないスマホでガソリンスタンドを検索、すると三件がヒットした。

 しかし一件目、二件目共に、休業日なのか営業をやめてしまったのか、開いていなかった。小さな町だとはいえ、この二件を廻っただけでも1、2kmは走ってしまった。これ以上のムダ走りはしたくなかった私は、頼みの三件目のお店に、念のため確認の電話を掛けた。

 私 「そちら○○スタンドさんですか?」
 相手 「昔はね。もうやめちゃったんだよねえぇ。」
 私「あーそうなんですか。失礼しましたぁ。」

 なんということでしょう(笑)。まさか、春野町では給油できないのか。もしかしたら、ネットに出てこないスタンドがあるかもしれないと、道ばたで洗車をしていた奥さんに尋ねてみた。「この辺りに、ガソリンスタンドはないですか?」。答えて曰く、

 「んんー、ないねえ。」

 絶望的状況だった。もう、どうにもならぬ。さらに範囲を広げて検索。やはり、最も近い所でも、国道362号線を20km近くも走った先にある、二俣町まで行かないとスタンドはなかった。そのときにはすでに燃料計の針は、上の写真よりもさらに、E線の赤いラインにも達しないまでに下がっていた。あまりにも、ムダに走りすぎた。私は二俣町に向けて、絶望的な走行を開始した。走れる所まで走り、ガソリンがなくなって止まってしまったら、そこからはカブを押して歩く覚悟だった。その結果……

 何と、カブは二俣町まで走りきったのである。そして二俣の町に入ってすぐに、国道沿いにスタンドがあり、無事、給油することができたのだった。給油量は4.1L。カブ110のガソリンタンク容量は、カタログ上は4.3Lであるから、まさに、ぎりぎりのところであった。安堵しながら再び私は春野町に戻った。その途中のコンビニで、自分の空きっ腹にも食べ物を詰め込みつつ。




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 そしてようやく辿り着いたのが、今回のゴールと定めていた、この「春野ふれあい公園」前の、「塩の道」モニュメントであった。なんだかんだで、時刻はすでに13時、掛川ほを5時半に出発してから、実に7時間半も過ぎてしまった。ただ、その甲斐あってこれで「秋葉街道・表口」は走破、このモニュメントから「秋葉神社」の下社までは、ほんの数百mしかない。

 しかし私は、秋葉神社へは向かわないのである。実は、秋葉神社の下社から、約700m登ったところにある上社までの表参道、大体二時間ぐらい掛かるというこの道のりを、歩くつもりでいるのである。よって、秋葉神社参りはまた後日。そのかわり、といっては何だが、この近所のもうひとつの史跡、「犬居城跡」へ立ち寄ろうと思うのである。




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