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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

塩の道・掛川から春野町 その4


 塩の道(秋葉街道・表口) 掛川から春野
 その4 三倉川から権現森





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 県道58号線は、太田川の支流、三倉川を越えて、そのまま川沿いを山間へと向かっていく。




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 このあたり、きれいで広い道路で実に快適なのだが、かつての「塩の道」は、三倉川を四十八回も渡らなければならなかったそうで、そのためにこの三倉川は「四十八川」だとか、イロハ四十八文字になぞらえて「いろは川」だとか呼ばれていたそうだ(小林達著『東海道と脇街道』参照)。




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 「秋葉燈」を横目に、春風のなかを爽快に走る。




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 こちらは石の「秋葉燈」。その足下に、




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 つつじに埋もれた、「黒田の五里標識」。

 


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 このカーブした橋を渡ってすぐに、




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 脇道があるのでここを左折。ここで快適な県道とはお別れ。




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 またしても。こんな旧街道らしい道を進むと、




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 見えてくるのは、この「栄泉寺」。




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 この先、「塩の道」は徒歩でしか進めない山道になってしまう。だからカブで行くならば迂回しなければならないのだが、ちょっと歩いてみようと、お寺の駐車場にカブを置いてその山道に踏み込んでみた、しかし、道はお墓のなかに入り込んで、その先がわからなくなってしまった。仕方がないので、カブでまた県道に戻る。ただ、江戸時代以降の秋葉街道は、今の県道と大体同じあたりを通っていたようではある。




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 ここで、こんどこそ県道58号とはお別れ、左折して県道63号線に入る。




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 途中、この脇道に入り、




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 木漏れ日のなかの林道の先の、「白髭神社」に寄り道。




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 また63号に戻り、ここで左折。




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 ようやく、あの小さな道しるべをみつけた。これで古道としての「塩の道」に戻れた。




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 早速、脇道へ。




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 うう、大丈夫かな……。




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 お、また県道に出た。




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 と、思ったら、またカブでは走れなさそうな山道。




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 ちょっと歩いてみる。




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 気持ちのいい茶畑にでた。いやー、空が綺麗だ。




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 でも、その先でまた県道に出ちゃった。県道を歩いてカブまで戻り、先へ進む。




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 またこんな細道へ。このあたりの地名は、大久保という。




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 その途上。 『「権現森」と「霧吹谷」』の解説文。要約すると、天正三年(1574年)、武田配下の天野氏の城である犬居城(春野町)を攻めようとした徳川家康だったが、大雨で撤退を余儀なくされた。しかし、天野氏の激しい追撃にあい、家康の身辺にまで危険が及ぶに至った。そのとき、幸治沢から濃い霧がたちのぼり、家康軍はその霧にまぎれて森に逃げ込んで、天野氏の追撃をかわすことができたという。この出来事のために、後にこの辺りの森は「権現森」と、幸治沢は「霧吹谷」と呼ばれるようになった、とのこと。

 さて、いよいよ山深くなってきたところで、次回に続く。 



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コメント


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こんにちは

実は、私、故郷は静岡です。
ずいぶんと懐かしい地名が出てきて思わず読んでしまいました。
もう、何十年も帰っていませんので、
様子が随分と変わったのに驚いています。

しかし、駿河の生まれなので遠州には疎いです(*_*;

petitte marie | URL | 2017-06-04(Sun)17:55 [編集]


Re:petitte marie さん

petitte marie さん、こんにちは、はじめまして。静磨ともうします。

わたしも、生まれ、育ちともに静岡市でして、県西部については文字通りの手探り状態です(笑)。

こんなちいさな地方都市など、かわり映えもなく旧態依然としているようでいて、やはり、ずっと静岡に暮らしているものの眼にさえも、変化というものは明らかです。そうした不断の変化にさらされながらもなお、古くから残されているものを探そうか、という思いつきから、最近の私の史跡探訪がはじまった、という部分もあるのです。そしてその過程において、今までは見向きもしなかった、ふるさとの魅力というものを見出しつつある、といったところです。
そこから生まれたわたしのささやかな記事が、petitte marie さんのように静岡から長く離れていらっしゃる方々に、わずかなりとも懐かしい風景などをお届けできていたとしたならば、それは望外の喜びというものです。

コメント、ありがとうございました。またお気軽にどうぞ。

静磨 | URL | 2017-06-05(Mon)23:02 [編集]