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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

安倍城 その1


 安倍城 その1



 四月下旬。今回は、史跡めぐり、というよりは、ただのハイキングみたいなことになってしまいましたが、ま、気にせずいってみましょう(笑)。

 国道1号線の、JR静岡駅のすぐ西にある「常盤町二丁目」交差点を起点とする、国道362号線は、かつての秋葉神社への巡礼の道である「秋葉街道」の内の一本の、後身というべき道である。この国道を、その交差点から車で二十分ほどの距離に、「洞慶院」というお寺がある。




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 地図で確認すると、ここ。私の自宅からスーパーカブ110で走っても、30分とかからなかった。地名でいうと、静岡市葵区羽鳥、というところである。

 


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 ここが、その「洞慶院」の駐車場。カブの背後の木々は梅である。花の時期ならばさぞかし綺麗だろうと思うが(あ、咲いているピンクの花は梅じゃないですよ)、今回はお花見に来た訳ではないので、カブはここに停め、歩いて目的地へ向かう。時間は、朝5時過ぎ。大体日の出の時刻である。では、出発。




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 駐車場近くにある、お寺の案内看板。これで、本堂の側の「鐘楼堂」を探し、そこへ向かう。




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 これがその「鐘楼堂」。このすぐ側にあるのが、




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 「安倍城跡登り口」である。そう、今回はここから山道を歩いて、「安倍城址」を目指すのである。




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 そのハイキングコースの略図。ホントに簡単な図だ(笑)。片道一時間から一時間半ぐらいの距離、という情報は得ているが、さて、私の頼りない足腰でどのくらいかかるのか、あるいは、踏破することはできるのか。いや、私これでも、3000m級の山を二度も登った実績があるのだ。富士山と、南アルプスの荒川岳である。富士山は小学一年生、荒川岳は中学一年生のときだけど……。まあ、なにはともあれ、出発である。




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 上掲図に、「33番石仏」とある。何のことかというと、




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 これである。これは第1番の石仏。道沿いに33個並んでいる、という訳である。なんだか写真ではただの石の板みたいにも見えますが、うっすらと彫り物がしてあり、そして通し番号が振ってある。




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 で、これは二番。石仏から石仏の間隔は、大体、一、二分ほど歩いたぐらい。道のりの序盤、これをひとつひとつ辿っていくと、なんだかウォークラリーのチェックポイントを通過していくようでちょっと楽しい(笑)。全部撮影してきたので、どうぞ。(足場が悪い上になぜかレンズのスタビライザーがOFFになっていたり、足腰がぐだぐだになっていたりのせいで、幾つか手ブレのあまりに酷い写真もありますが、どうか、ご寛恕ください。)




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 三、四、五、六番。




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 道は杉林のなかを登っていく。なかなかの斜度がある。




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 七、八、九、十番。なんだか、同じような写真でつまらないので、ここで「安倍城」についての情報などを確認しながら行きましょう。「安倍城」は、その築城時期は正確にはわかっていないようだが、築城者は「建武の新政」下において武者所結番を務めた狩野貞永とされ、安倍川と藁科川との合流部に、両河川に挟まれた形の山塊の、上掲図のとおり標高435mの山上に築かれた山城である。すなわち南北朝時代の城ということになるが、その争乱の最中にあって、駿河における南朝勢力の拠点として重要な位置を占めたようである。




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 十一、十二、十三番。元弘三年(1333年)の鎌倉幕府の滅亡を機に始められた、後醍醐天皇の「建武の新政」だったが、「中先代の乱」などを経て、足利尊氏の武士勢力と対立して破綻する。両者の激しい攻防の末、建武三年(1336年)、尊氏は京において光明天皇を即位させるが、後醍醐天皇もまた、吉野において自身が皇位にあることを主張、こうして南北朝時代が始まった。




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 十四、十五、十六番。この十六番の先に、




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 鉄塔がある。




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 その先に、十七番。




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 この辺りから、道は尾根道になる。




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 十八、十九、二十番。今年のNHK大河ドラマに描かれる井伊家は、この南北朝時代には遠江における南朝勢力の中心的役割を担っていたようで、後醍醐天皇の皇子、宗良親王が身を寄せていたほどだったが、北朝勢力である今川氏、高氏等の攻勢に耐えられず、宗良親王は遠江を脱出、親王は信濃等を点々とした後に、康永三年(1344年)にこの安倍城に入城、二年ほど滞在している。




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 二十一、二十二、二十三番。南朝勢力の駿河における拠点であったこの安倍城をめぐる、両勢力の攻防は、それ以前、暦応元年(1338年)にはすでに始まっていた。当時の駿河守護、すなわち駿河今川氏の初代今川範国が、かなり大規模な攻勢をかけているようだが、城主狩野氏はこれを籠城によって耐えているようである。




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 二十四、二十五、二十六番。尾根道ではあるが、それなりのアップダウンはある。全体にはさらに登っている感じ。 




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 二十七、二十八、二十九番。




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 三十、三十一、三十二番。




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 そして、ようやく三十三番に辿り着きました。駐車場からここまで、私の足で大体30分ちょっとぐらい。なかなかの達成感、なかなかの疲労感だが、この第三十三番石仏で、まだ全行程の半分くらいである。ちょっと一息いれつつ、水分補給だけして、また歩き出す、というところで、次回に続く。



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