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山中城、再訪 その1


 山中城、再訪 その1





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 四月中旬。久々の史跡めぐり、やってきたのはここ、山中城址である。




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 場所はここ。三島市から国道1号線を東へ、箱根峠を目指して登っていくワインディングロードの半ばあたりである。

 山中城址には以前にも立ち寄ったことがある。旧東海道を辿りつつ箱根峠を目指した途上において、である。しかしこれは最近行った諏訪原城や蒲原城と同じく、当時はまだ街道にばかり気が向いていて、城跡にはあまり興味を惹かれていなかったため、ちょろっと寄っただけ、みたいな扱いをしかしなかった。

 しかもその際、私はカメラのバッテリーを家に忘れてくるという致命的なミスを犯したことは、そのときの記事に書いた通りである(こちら。「カブのこと 17・箱根」)。おかげでその記事は一読して私の「やる気のなさ」がまるわかりな内容となっており、壊れかけのiphomeで撮った写真共々、自分で読み返しても「これはちょっと」という酷い記事になっている。なので、ぜひとももう一度来たいと思っていたのである。

 


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 早速、現地の見取り図を。とても広い城跡である。くねくねとのした広い道は国道1号線で、左が麓、すなわち三島方面であり、右が箱根峠方面である。中央の赤丸が現在地である駐車場になる。




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 駐車場のすぐ横を、旧東海道が通っている。つまり、この城は峠越えの街道を取り込む形で築かれている訳だ。ではまずは、上掲図の左半分、「岱崎出丸」の方から観てみよう。




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 その「左半分」。広大ではあるが、これ全体が「出丸(出城)」になる。「岱崎出丸」の名前は、この辺りの地名から名付けられたようである。




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 入り口付近。この城跡は、全体に史跡公園としてほぼ完璧に整備されている。なので、よくある「山城跡」を観に行くつもりで訪れると、少々驚かされることになる。が、整備された綺麗な道だとはいえ、全体を廻ろうとすると結構な距離を歩くことになるので、やはり山城見学に相応しいような靴を履いていったほうがよさそうである。




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 この辺りが「出丸御馬場跡」。この曲輪は、堀によって南北の二段構造になっている。かなりの広さがある。




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 その、曲輪を二つにわける「出丸御馬場堀」。堀の底を分断するような盛り上がりがみえる。この「畝」のある堀を、「畝堀」といい、これはこの山中城の特徴のひとつを形作るものである。




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 この「一の堀」においては、その「畝堀」を綺麗に復元されている。「岱崎出丸」の西側、すなわち街道側全体に伸びており、迫力がある。空堀というものは、敵がその底を移動する通路に利用することもできてしまうので、それを防ぐために、この「畝」が設けられる。堀自体にかなりの深さがあるので、この仕切りの間にはまりこんだ敵兵は、城兵にとっては絶好の獲物となったことだろう。




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 ここが、「岱崎出丸」の最南端にある「すり鉢曲輪」。ごらんのとおり、真ん中のへこんだすり鉢状になっていることから、この名で呼ばれる。




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 その東側に隣接するのが、この「武者だまり」。ここは城の南の最前線にあたるので、やはり防御はきっちりと固められているようだ。




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「すり鉢曲輪」の西側にある、「すり鉢曲輪見張台」。




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 その見張台からの景色。雪をいただいた美しい山は勿論、




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 富士山である。前回はiphoneのカメラしかなかったので、「一眼レフならもっと綺麗に撮れたのに」なんて泣き言を書いた。よって今回は一眼レフで、もうちょっと大きく撮ってみる。




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 どうでしょう。私の技術ではこれが精一杯です(笑)。

 しかしこの眺望は、小田原を攻めんとする西からの敵を食い止める、という重責を担うこの山中城にとって、きわめて重要なものであったことだろう。

 山中城は、関東の雄、後北条氏が、永禄年間(1558から1570年)に築いたとされる。「桶狭間の戦い」が永禄三年(1560年)、武田・今川・北条の三国同盟が破綻して、信玄の最初の駿河侵攻により今川氏真が駿府を追われたのが永禄十一年(1568年)末であるから、北条氏としては、駿河から小田原へ抜けるには足柄峠経由よりも距離を大幅に短縮できるこの箱根峠に、堅固な山城のひとつも築いておきたくなるような時代背景であった、とはいえるだろう。

 標高580mにあって箱根峠を固め、北条の本拠たる小田原を守るこの山城が重要視されていたことは勿論であるが、実際の危機に直面し、その重要度が最高潮に達したのは、やはり天正十八年(1590年)の豊臣秀吉による「小田原攻め」の際であった。以下、またしても小和田哲男氏の『戦国静岡の城と武将と合戦と』を参考にして、この辺りの経過を簡単に辿ってみる。

 徳川家康の秀吉への臣従が天正十四年(1586年)、その翌年には秀吉は九州を平定している。天下統一事業の完成を目指す秀吉は、いよいよ、関東の北条に眼を向けることとなる。

 北条氏政・氏直親子が、最終的な落としどころをどこに見定めていたのかはわからない。ただ少なくとも、簡単に豊臣に屈することはしなかった。家康までが交渉役として引っ張りだされた後に、ようやく氏政の弟である北条氏規の上洛までは実現したが、それでも結局、北条が豊臣に臣従を誓うことはなかった。一方の秀吉にしても、直ちに北条を攻める大義名分がある訳でもなく、両者の関係は緊張したまま膠着状態に入った。

 北条は秀吉との戦を想定し、それに対する備えを整えはじめる。有名な小田原の所謂「惣構え」の構築も、どうやらこの頃のようである。そして、駿河および伊豆との国境の守りを固めるために、足柄城、山中城、そして韮山城の改修、補強をしたのだが、なかでも、その防御線の中心に位置し、なおかつ、東海道をまっすぐに東進してくるであろう秀吉軍を正面から迎え撃ち、箱根峠を守ることとなる山中城については、とくに力を入れて増強した。

 「岱崎出丸」は、その全体がこのときに造られたようである。史上稀にみるような大軍勢をもって、秀吉が攻めてくるであろうことは当然予想できたから、それに対抗するための備えも、並大抵のことでは不十分であった、ということだろう。この出丸だけでも、一般的な山城ひとつ分ぐらいの規模は十分にあり、なおかつ、大軍の攻勢に対抗できるよう、大勢の守備隊を収容できるような造りになっていることは素人目にも明らかである。

 しかしその造成は、結果的には間に合わなかった、ということのようである。




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 このあたり、発掘調査によると、どうやら曲輪が造りかけのままになっていたという。こうした場所は、他にもみられたようだ。

 決戦のときは、いよいよ間近に迫りつつあった。それでは次回、城の中核を見学しつつ、その後のことを追ってみましょう。


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