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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

持舟城(用宗城)


 持舟城(用宗城)

 
静岡市の海岸線を走る国道150号線。これを西、すなわち焼津市方面に向かうと、用宗(もちむね)という港町がある。そこにJR東海道線の、用宗駅があるのであるが、そのそば近くに、持舟城址はある。




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 地図で確認。




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 城跡のある小山の麓にある、「浅間神社」。この神社の脇が、登り口になる。




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 こんな感じの農道をのぼっていくこと150mぐらい、かな。




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 すると、こんな駐車場が用意されているので、車やバイクはこちらへ。この先ももう少し車等で城跡に近づくこともできるが、この上にはもう駐車エリアはない。道路も駐車禁止ではないけれども、この道路はあくまでも農道である。路上駐車はするべきではないだろう。




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 駐車場から50mぐらい登ったところにある階段。ここからは山道。




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 こんな感じ。この山道も50mぐらいか。




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 途中、みかん畑など。なんという品種だろう。きよみ、とか、はるみ、とかいう、こんな感じの新品種がたくさんあるので、私には見分けがつかない。でも、おいしそう。




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 そして、山頂。ここが、「本曲輪」になる。




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 「本曲輪」からの景色。この日の日の出は6時半ごろ。駿河湾と、手前の入江は用宗港である。




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 恒例の、現地の見取り図。ご参考までに。

 「用宗」の地名は、港を意味する「持舟」の転化ではないか、といわれているようである。天然の入江を利用した古くからの良港だったようだが、そればかりではなく、日本坂峠を経由した東西の交通の要衝としても、重要な位置を占める場所であった。以前、焼津の「花沢の里」というところに行ったことを記事にしたが(こちら「カブのこと 8・安倍川から大井川 その1」)、あそこから東へ峠を越えると、この用宗に辿り着く、という訳である。

 よって、ここに城が築かれたことには充分な理由があった訳だが、正確な築城時期、となると、またしても不明なようである。ただ今川氏が、ここを水軍の拠点として、あるいは日本坂峠のおさえとして使用していた、というのは確かなようだ。やはり今川氏が駿河の守護となった後の築城、と考えるのが自然だろう。

 
 

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「本曲輪」北側の「腰曲輪」。薮が繁茂して写真ではちょっとわかりにくいが、実際に見るとかなりはっきりとした形が残っているのがわかる。




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 「本曲輪」の西のはじ、この灯籠の脇あたりに小道がある。




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 その小道を降りたところ。単なる通路か、堀切か。




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 その先、なにやらひしゃげたフェンス……。地形が険しく今回は行かなかったが、このさらに先のあたりに大きな「堀切」があり、その向こうが「二の曲輪」だと思われる。しかし、なんでこんなことになっているのか。周囲にバラバラにされた木がたくさんあるところみると、もしかしたら、木が倒れてこのフェンスに直撃したのかもしれない。ちいさなお堂もご覧の通り、後ろ半分が失われている。




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 そのお堂脇の穴。なんだが思いのほか大きく深かった。これまた謎である。

 


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 また「本曲輪」にもどり、今度はそこから静岡市の中心市街地方面をのぞむ。
手前の高架道路は東名高速道路。その下を、ちょっと写真が暗くてわかりにくいが、東海道新幹線が通る。

 富士の旧吉原宿のちかくに、「左富士」と呼ばれる場所があることを以前ご紹介した(こちら「カブのこと 15・旧東海道 富士川東岸、吉原宿」)。そこは、東海道が大きく湾曲しているために、江戸から西国へ向かう旅人の右側(山側)に見えていたはずの富士山が左側にみえる、というので有名になった景勝地であった。

 それと同じようなことが、このあたりを通過する新幹線においても起こるようだ。つまり、海側の車窓から富士山が見える、というものであるが、こちらについては、大阪方面から東京へ向かうときに「右側」にみえる、ということで、「右富士」などと呼ばれているようである。数百年を経ても、東海道を東西に通う旅人にとっては、富士を眺めることは同じように楽しみであり続けているのだろう。ちなみに、新幹線はそのままこの城跡のある小山に穿たれたトンネルを通過している。日本全国に城跡は数あれど、新幹線がその下を通過している山城跡、というのは希有の存在……か、どうかは知らないが、たぶん、珍しいんじゃないかと思う。

 この城をめぐっては、例によって今川、徳川、武田の三氏の間で、激しい攻防戦が三度ほど起こり、多くの死者を出しているようである。現在でも、静岡市から、西どなりの焼津市、あるいは藤枝市に行こうと思えば、ルートは非常に限られている。内陸から続く山の連なりがそのまま海にまで達し、それが市境となっているために、嫌でも山を越えなければならないからであるが、現在のようにトンネルがある訳ではなかった戦国時代には、東西の交通は実質、東海道の宇津ノ谷峠と、海岸線近くの日本坂峠に限られていた。そのたった二本の道の一方を押さえていたのがこの持舟城である。それほど規模の大きな城でないが、その重要度はとても高かった、ということだろう。

 では、今回はこれまで、しかし、この帰り道にちょっと寄り道をしたので、そちらのことを、次回に。




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