FC2ブログ

乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

日々の出来事 34


 Air、壊れる





air_convert_20161030083343.jpg

 思えばこのブログを始めたきっかけは、MacBookAirを衝動買いしたことであった。第一回目、2011年1月9日の記事にそのことは書かれてあるが、当時の状況をもう少し詳しく書くと、二人目の子供が産まれると同時に、私が勤めていた小さな会社の業績が急激に悪化、倒産寸前の大ピンチに陥り、私の収入が劇的に減少するという、休みなくドタバタが続く我が家の歴史上にあっても一、二を争う絶体絶命の危機に直面していた正にそのときに、ふと立ち寄った電気屋さんで何を思ったかMacBookAirを買ってしまった私が、体裁を取り繕うために苦し紛れにブログを始めた、というものであった。

 上記の犯罪的行為について言い訳させていただくならば、その倒産寸前の会社の社長が、大のMacファン、かつ大の反マイクロソフト主義者であった、という悲しい事情があったのである。

それまでは主に現場仕事をし、日々の簡単な事務的作業は、取引先との関係で社長が渋々導入したWindows機で平和にこなしていた私であったのに、その担当していた仕事が全くなくなってしまい、それまでとは全然違う部署で、まるっきりの事務仕事をしなければならなくなった。そのときに与えられた私の席に、どんっと鎮座ましましていたのがiMacだった。つまり、新たに私が担当することになった仕事をするためのシステムが、全て社長の手によってMacのなかに構築されていたのである。

 こうなるともう、文句をいっても始まらない。文句をいってなんとかなるような、余裕のある会社ではなかったのである。私は文字通り一から、それまでは触ったこともなかったMacを、なんとか扱えるようになるべく、お勉強を始めなければならなかった。そこで、家にもMacがあればいいなあ、なんて思っていた矢先に、電気屋さんで発売したての新型MacBookAirをみて、一目惚れしてしまった、という次第であった。

 そしてさらに言い訳、というか自己弁護させていただくならば、私が買ったのは、当時の新型、つまり初めてSSDを搭載しためちゃめちゃ薄くてカッコいいモデルではなく、旧型のちょっと分厚いHDDモデルであった。オシャレなAppleの売り場の片隅で、箱のまま現物がワゴンに山積みにされ、安売りの値札が貼付けらている、という文字通りの「ワゴンセール」をされていた旧モデルを買ったのである。大いに妥協したのである。しかし妻を納得させるにはそれだけでは足りなかった。

 仕事のため、勉強のために買ったMacを、ちゃんと一生懸命使ってますよ、無駄遣いじゃなくてこれはあくまでも自己投資なんですよ、ということを実際に証明しなければならなかった。要は、しっかり使っているアピールをしなければならなかったのである。ただエロサイトなんか眺めているだけではだめなのである。そこで、妻にはHTMLがーとか、会社のネットショップがーとかいい加減なことをいいながら、苦し紛れのブログなど始めたのであった。

 で、結果的には、その倒産寸前の会社の業績が回復することはなく、収入が激減してそろそろ生活が立ち行かなくなりそうだったので辞めてしまい、晴れて大型トラックのドライバーとしてMacなんか何の関係もない仕事に従事することとなって、あとにはMacBookAirと、この過疎ブログだけが残ったと、そういう訳である。

 MacBookAir購入と、ほぼ同時期に産まれた息子も先日6歳になった。来年春にはもう小学校入学である。6年間、なんだかんだで慣れ親しんだMacBookAir。途中一年の休止期間がありながらも、なんとか細々と続けてきたこのブログを書く作業を、ずっとこなしてきた、そのMacが、壊れた。

 今年に入って、なんだかいろいろなものが壊れた。iPhone5はバッテリーが膨張して液晶を本体から引き剥がし始めたのでしかたなく6sに買い替えた。私が独身時代から使っていた洗濯機も動かなくなり、買い替えた。仕事で乗っている大型トラックは、ターボチャージャーとリアのエアサスが壊れて二度も修理工場に入れた。そして、Macである。

 ある日突然、スリープから復帰しなくなった。おや、と思ううちに、なんだか頻繁にフリーズするようになった。おやおや、と思っていたら、こんどは電源が入らなくなった。これはいかんと、近くのパソコン修理屋さんに持ち込むと、「ロジックボード」の故障、という診断。曰く、メーカーのサポートも切れているし、「修理不能」とのこと。これは、まいった。

 自分のパソコンというものは、自分の部屋みたいなものである。不満はあれど、どこに何があってどう使うのか、少なくとも自分が使用する範囲においては、その操作を指先が憶えていて、とくに意識せずともさっさとやりたいことができる、まさに勝手知ったる我が領域である。私などはほぼブログを書くことぐらいにしか使わないのだが、逆にそれだからこそ、同じような作業をずっと繰り返してきた訳で、もう愛着という言葉ですらたりないような親和を覚えつつあった。そのMacが壊れたのである。なんだか、長年暮らしてきた部屋を追い出されたような気分であった。

 しかし、ブログは続けたい。仕方ないので、Mac以前に使っていた、私の最初のパソコンである富士通FMVを引っ張りだし、それで下書きを書くことにした。ただそのパソコンは、OSはXPだしウイルス対策ソフトはとっくに期限切れだしということでネットに繋ぐのは怖いので、ブログ記事のアップロードは妻のダイナブックを借りることにした……のだが、やはりいろいろと不都合があった。

 FMVが低スペックすぎて何をするにも遅く(もう買ってから10年以上も全く壊れないのはさすがだと思うが)、特に画像を扱うにはダメダメすぎたこともあるし、妻が使っていないときに遠慮がちにダイナブックを借りていたのではちっとも埒があかない、ということもあった。しかし何よりも、やはりwindowsを扱わなくなって久しい、ということが一番であった。Macとの微妙な操作の違いが、どうにもストレスになって仕方がないのである。

 いや、いっぱしの「マカー」を気取っているわけではない。むしろ、上述のように、単純な作業の繰り返ししかしない私のような超ライトユーザーこそ、融通がきかず、「いつもとちがう」ことに強く違和感を覚えるのではなかろうか。いずれにせよ、win機を使えば使うほど、Macへの思慕が募る、というような恋する乙女みたいな状況に陥ってしまった。

 こうなるともう、Macを新調する以外に解決方法はない。しかし、現在私はひどい金欠病なのである。洗濯機も高かったし、歯医者に半年も通ったせいで少ないお小遣いはみんな治療費に失われた。だが、Macは高い。そこで、安い中古に手を出した。しかも、分割払いで(笑)




siro_convert_20161030083359.jpg

 Macbook。2010年のモデルである。さっそく娘になにやらシールを貼られていますが(笑)。壊れたAirと年式(?)はほぼ同じだ。しかし、やっぱり使い慣れた環境が一番である。むろん壊れたAirと全く同じ、という訳にはいかないが、かぎりなくそれに近づけることができる。本当に、自分の部屋に戻ってきた気がした。

 と、いう訳で、これからはこの白いMacから、これまで通りの駄文を綴っていきたいと思います。今後も、どうかよろしくお願いいたします。

にほんブログ村 バイクブログ カブ系へ
にほんブログ村
スポンサーサイト



PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する