FC2ブログ

乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

旧東海道 浜松市から湖西市 その3

 旧東海道 浜松市から湖西市
 その3・浜松宿から舞阪宿





IMG_1066_convert_20160824153819.jpg

 午前八時、「五社神社・諏訪神社」。日の出から気温はどんどん上がり、かなり暑くなってきた。




IMG_1067_convert_20160824153843.jpg

 手水舎。「徳川三代将軍家光公寛永十一年七月当社に参詣あり。時の浜松城主高力忠房を普請奉行として、社殿を修造せしむ。完成の後本手水鉢を寄進す。」との説明書きあり。




IMG_1068_convert_20160824153907.jpg

 拝殿。現社殿は昭和五十七年竣工と新しいが、両神社共その歴史自体は古く、五社神社のほうは、引間城城主であった久野越中守が城内に創建したのがその始めというから浜松城築城以前、諏訪神社に至っては「坂上田村麻呂東征の砌」、延暦十(791)年の創建だという。両社共戦災にあい、国宝に指定されていたほどの社殿はすべて焼失した。残念なことである。

 暑さに疲れを覚え、駐車場でしばし休憩。いつもならば、そろそろ帰路に着かねばならない我がお散歩ツーリングだが、この日は特別、まだあと4時間は続行できる。しかしちょっと体力的に心配になってきた。天気予報では、日中はさらに気温が上がり、摂氏35度ぐらいにはなるらしかった。うう、ダイジョウブかなあ、俺。




IMG_1070_convert_20160824153928.jpg

 「木下惠介記念館」。木下惠介は映画監督、この建物自体は、1930年に「浜松銀行教会集会所」として建てられたもの。浜松市指定有形文化財。




IMG_1073_convert_20160824153949.jpg

 では、ここらで浜松宿とはお別れ、また旧東海道すなわち国道257号線を西へ、次の舞阪宿をめざす。




IMG_1074_convert_20160824154015.jpg

 と、いいつつ、寄り道。浜松宿から数km、257号の北側を並行して伸びているJR東海道本線を陸橋で渡ったところにある、「伊場遺跡公園」。




IMG_1075_convert_20160824154041.jpg

IMG_1076_convert_20160824154107.jpg

IMG_1077_convert_20160824154129.jpg
 
 「伊場遺跡」は、縄文時代から室町時代に至る複合遺跡。様々な時代の、様々な遺跡が出土しているようだが、特に注目すべきは、古代遠江国敷智郡の郡衙のものと考えられる、木簡や墨書土器等が大量にみつかっていることだ、という。復元されているのは、奈良から平安時代にかけての、役所関係のものと思われる建物。




IMG_1085_convert_20160824154245.jpg

 県道257号線をさらに西へ。




IMG_1080_convert_20160824154155.jpg

IMG_1084_convert_20160824154218.jpg

IMG_1086_convert_20160824154310.jpg

 途中、神社などに旧街道の面影をおぼえつつ。




IMG_1087_convert_20160824154336.jpg

 JR高塚駅近く、この交差点で、257号線とはお別れ。右へ分岐して県道316号線へ。こちらが旧東海道。 




IMG_1088_convert_20160824154400.jpg

 道はますます旧街道の面影を強め、


 

IMG_1089_convert_20160824154431.jpg

IMG_1090_convert_20160824154505.jpg

 その痕跡もあらわれる。上は「立場跡」。浜松宿の東にもあった、街道の休憩所。下は、「一里塚跡」。ここまでで、日本橋から六十七里。ちなみに、当時の街道を行く人々は、一日に十里、約40kmぐらい歩くのが普通だったとのこと。けっこうな距離だ。




IMG_1091_convert_20160824154537.jpg

IMG_1092_convert_20160824154605.jpg

 常夜灯。やはり遠江、秋葉信仰の本場ということで、こうした常夜灯が他にも幾つかみられた。




IMG_1098_convert_20160824154635.jpg

 やがて松並木があらわれた。いよいよ旧街道らしくなる。この辺りから道の名称は県道49号線になる。




IMG_1099_convert_20160824154709.jpg

 国道一号線との交差点。県道はここで終わり。しかし旧街道は国道を斜めに横切ってさらに真直ぐ続く。




IMG_1100_convert_20160824154742.jpg

 しばらく走るとあらわれるのが、これ。「見付石垣」。ここから先が、旧東海道30番目の宿場町、舞阪宿のあったところ、となる。




IMG_1101_convert_20160824154814.jpg

 石垣の先の道の様子。旧宿場らしい雰囲気。




IMG_1103_convert_20160824154849.jpg

 常夜灯と、一里塚。日本橋からこの一里塚までで六十八里、約267km、だそう。




IMG_1105_convert_20160824160505.jpg

 「宝珠院」というお寺と、またしても常夜灯。文化六(1809)年、舞阪宿の大半を焼く大火があり、それ以来ここでも秋葉信仰が盛んになった、とのこと。宝珠院では、明治六(1873)年に舞阪で最初の小学校が開かれた。




IMG_1106_convert_20160824154932.jpg

 街道から、脇道を南側へ少し入ったところにある、「岐佐神社」。その社名が延喜式神名帳(927年編纂)にみられる、延喜式内社。




IMG_1109_convert_20160824155008.jpg

 図書館と併設された、「舞阪郷土資料館」。ここで、地元のみどころパンフレット等、情報を収集。時間はもう9時半を回っており、入館できた。ここから、また街道沿いにもどる。




IMG_1111_convert_20160824155036.jpg

 脇本陣跡。舞阪宿は小規模な宿場で、本陣は二軒、脇本陣は一軒であったが、その唯一の脇本陣がこれである。元々は主屋、繋ぎ棟、書院棟からなっていたが、現存するのは解体ののちに復元された書院棟のみであり、他は再建されたものである。本陣ではなく脇本陣の遺構がこうして残っているのは、旧東海道ではここが唯一であるという。




IMG_1112_convert_20160824155103.jpg

 しかし、脇本陣の向いにあったという本陣跡は、このとおり。何の痕跡もない。骨組みだけのビルみたいのは、津波から避難するための施設。




imageh1_convert_20160824153613.jpg

imageh3_convert_20160824153630.jpg

imageh4_convert_20160824153645.jpg

 ここも中を見学できた。やはり開館時間内に来られたのは嬉しいことである。係のオバさんの案内もあったし。




imageh6_convert_20160824153715.jpg

imageh7_convert_20160824153731.jpg

 トイレ。畳敷き、漆塗りのトイレとは、ゼイタクである。




imageh5_convert_20160824153700.jpg

 お風呂も漆塗り。しかしここを利用できるのは、本陣が混んでいて泊まれずにこちらに宿泊した大名や役人等、身分の高い人たちのみ。




imageh8_convert_20160824153754.jpg

 大名などが宿泊していない普段のときは、普通の旅籠屋として使用されていたというが、その場合に、庶民が使用するお風呂はこちら。これが階級社会というものか。




IMG_1116_convert_20160824155134.jpg

 脇本陣のすぐ先は、もう浜名湖である。ここから次の新居宿までは、浜名湖を舟で渡る「今切の渡し」であり、道はここで途切れる。ここは、「本雁木跡」。「雁木(がんぎ)」とは、階段状の船着き場のことをいうが、舞阪では「がんげ」と読むという。舞阪にはその「雁木」が三ヶ所あり、こちらの本雁木は一般旅客用。この南側に荷役用の「渡荷場」、そして北側には、




IMG_1117_convert_20160824155207.jpg

IMG_1118_convert_20160824155238.jpg

 この大名や役人が利用した「北雁木」があった。ここでも階級社会、である(笑)。

 さて、ようやく浜名湖東岸にまでやってきた。時間は十時になんなんとし、御覧の通りの快晴の空のもと、気温はさらにあがり予報どおりの猛暑日となりつつあって、暑さに弱い私としてはここらで今回は引き返そうか、とも思った。しかしこんなところまで来られる機会など滅多にあるものではないので、さらなる西進を心に決め、新居宿を目指すことにした。ということで、またしても次回に続きます。




IMG_1119_convert_20160824155304.jpg


関連記事
カブのこと 1・県道396号線 その1・富士、蒲原
カブのこと 4・鎌倉街道(徒歩0分)その1・梶原一族最期
カブのこと 6・旧東海道、静岡市内
カブのこと 8・旧東海道 安倍川から大井川
カブのこと 10・旧東海道 大井川から掛川宿
カブのこと 15・旧東海道 富士川東岸、吉原宿
カブのこと 16・旧東海道、原宿、沼津宿、三島宿、三嶋大社
カブのこと 17・旧東海道、箱根
カブのこと 19・清水港湾地区
カブのこと 26・田沼街道
カブで史跡めぐり 1・高天神城
カブで史跡めぐり 4・旧東海道 掛川市、袋井市
カブで史跡めぐり 8・興国寺城 
カブで史跡めぐり 10・宇津ノ谷峠
カブで史跡めぐり 13・旧東海道 磐田市
カブで史跡めぐり 17・二俣城とその周辺
カブで史跡めぐり 22・天方城
カブで史跡めぐり 23・少将井神社、千手の前の像
カブで史跡めぐり 24・奥藁科 その1、栃沢、摺墨のこと


にほんブログ村 バイクブログ カブ系へ
にほんブログ村

スポンサーサイト



PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する