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日々の出来事 27


 旧マッケンジー邸見学(前編)




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 静岡市駿河区、駿河湾沿いをはしる国道150号線から少し入ったところに、「旧マッケンジー邸」はある。




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 これがその外観。W.M.ヴォーリスというアメリカ人建築家の設計による、スパニッシュスタイルのこの建物は、お茶の貿易商であったダンカン・M・マッケンジー夫妻の住宅として、昭和十五年に竣工、昭和四十七年に、そのときすでに未亡人であったエミリー・M・マッケンジー夫人が帰米するまで使用された後、静岡市の所有するところとなり、そして平成九年に国指定有形文化財となった。

 


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 マッケンジー夫妻の写真。

 大正七年(1918年)、夫ダンカンのアウイン・ハリソン・クロスフィールド社の日本支社勤務のため来日したマッケンジー夫妻は、静岡茶の輸出事業に従事するにあたり、最初、茶市場の近辺(現在の静岡市葵区茶町近郊)に住んだらしいが、ぜんそく持ちのダンカンの体調を考慮して、海辺の高松の町にこの邸宅を建て、昭和十五年に移り住んだとのこと。




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 アウイン・ハリソン・クロスフィールド社の社名看板。




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 そして、日本茶輸出用のパッケージ。

 昭和十六年の日米開戦のため、十八年には一時帰国を余儀なくされるも、終戦後には再び来日、日本茶輸出事業の先駆けとして尽力したダンカン。しかし二十六年、持病の悪化により他界した。




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 屋敷の外観を特徴づける塔屋。ダンカンはここからの天体観測が趣味であった。




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 別角度からの外観と、窓等、細部。

 妻エミリーは、夫の死後もこの屋敷に留まり、社会福祉の向上のために尽くした。その功績により、昭和三十四年、静岡市の名誉市民第一号となった。四十七年、高齢のため帰米する際、エミリーは屋敷の敷地の半分を静岡市に寄贈、エミリーの希望に沿い、市はそこに静岡市乳児院を建設した。そして屋敷と残り半分の敷地は静岡市が買い取り、現在、こうして一般に公開されている、というわけである。

 以上、現地でもらってきたパンフレットの文言を簡単にまとめてみました。しかしまあ、こういうものは、能書き蘊蓄よりも、実際を観て楽しむべきものだろう。では、わが娘とともに、玄関からなかへ……というところで、次回に続きます。




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