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少将井神社、千手の前の像


 少将井神社、千手の前の像


 先日、宇津ノ谷峠を歩いて越えたときに、『平家物語』の、平重衡の東下りの辺りのことを少し、紹介させて頂いた。その際、手越というところの出身の、千手の前(せんじゅのまえ)という女が、後々、重衡と浅からぬ関係を持つことになるのだが、詳しくは『平家物語』を読んでください、みたいなことを書いた。しかし最近、その千手の前の像が、手越のとある神社にあるのだということを知り、早速出掛けてみた。

 手越(てごし)とは、静岡市内、旧東海道でいうところの府中宿と丸子宿の中間、安倍川を渡ってすぐの辺りに、今もある地名である。そして少将井神社は、その旧東海道から、自動車一台がやっと通れるぐらいの幅しかなく、しかも、曲がりくねって迷路のような裏路地に入り込んだところにある、小さな神社である。




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 創建は建久四年(1193年)、というから、神社としては古い方だとはいえないかもしれないが、決して歴史が浅いともいえないだろう。祭神は須佐之男命。




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 拝殿と、本殿。しかし目立つのは、手前の巨木である。樹齢がどのくらいかわからないが、あるいは、神社の創建よりも前から聳えていたのかも知れない。

 手越は、中世東海道の、安倍川(及び藁科川)西岸の宿場であった。宿場の代表的な機能として、旅行者への宿泊施設の提供というものがあるが、旅先で宿泊、となると、当然のようにそこに現れるのは、遊女、というものだろう。かつてこの手越の遊女達を取り仕切っていた長者の屋敷が、この少将井神社のある場所にあったらしく、そして、千手の前はその手越の長者の娘、といわれているのだ。




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 これが、千手の前の像、である。いつからここにあるのかちょっとわからないが、古いものにはみえない。しかしこうして我が地元に像が立っているのは嬉しい事なので、今回は『平家物語』の、彼女に関わるあたりを読んでみようと思う。

 「一の谷の戦い」で、源氏方に捕らえられた平重衡。彼が都から頼朝のいる鎌倉へと下向させられることとなった次第については、上述のように宇津ノ谷峠を歩いたときの記事の中で、簡単に触れた。重衡と千手の前とのなれ初めは、その後のことになる。鎌倉入りした重衡は、源頼朝と対面する。重衡といえば、南都焼討の際の平家軍の大将であり、頼朝はまずそれについて彼を責め、問いただすと、重衡それに答えて、


 「南都炎上の事、入道(平清盛)の成敗にもあらず、重衡が発起にもあらず。衆徒の悪行をしづめんがためにまかり向かうて候ひしほどに、不慮に伽藍滅亡におよび候ひしこと、力およばす。」
(新潮日本古典集成『平家物語・下巻』巻第十、第九十四句「重衡東下り」)


 つまり、東大寺や興福寺などが焼けてしまったのは、不慮の事故であったのだ、といっているのだが、しかし重衡はだからといって命乞いをするのかといえば、そうではなかった。


 (重衡、)「弓矢取る身の、敵(かたき)の手に捕はれて滅ぼさるること、昔よりみなあることなり。重衡一人にかぎらねば恥ぢつべきにあらねども、前世の宿業こそ口惜しう候へ。ただ芳恩には、とくとく首を刎ねらるべく候」とのたまいて、そののちは物をも言ひ給はず。梶原これを承り、「あはれ、大将軍や」と、涙をぞながしける。その座にゐたりける侍ども、みな袖をぞ濡らしける。
 (同上。( )内は引用者補足)

 
 『平家物語』には、そのときの頼朝の反応は直接的には書かれていないけれども、やはり頼朝も重衡の人柄に感服したのであろうことは、その後の重衡の扱いによって察することができるだろう。重衡は、狩野介宗茂という「なさけある男」に預けられることとなるのだが、その狩野介という男、


 さまざまにいたはりなぐさめたてまつる。湯殿をこしらえ、御湯ひかせたてまつりなんどしけり。
 (同上)


 と、ある如く、わざわざ湯殿まで作って、重衡をなぐさめようと気を使っている。狩野介の情け深さもあろうが、無論、全ては頼朝の意向の元に行われていると考えるべきだろう。

 元来この重衡という男、その容姿は牡丹の花に例えられ、周囲への気遣いもでき、しかも武将としても有能と、都でも皆に好かれる好人物であったようで、源氏方がその器量に感服するのも無理はなかった、ということのようだ。そしてかかる人物たればこそ、その後のロマンスも生まれたのだ、というべきなのだろう。全く、イロオトコは得である。


 あるとき、(重衡が)湯殿におり給ひけるところに、よはひ二十ばかりなる女房の、色白くきよげなるが、目結の帷子に、染付の湯巻着て、湯殿の戸をひらき参らむとす。三位の中将(重衡)、「いかなる人ぞ」と問ひ給へば、「兵衛佐殿(頼朝)より、御湯殿のために参らせられてさぶらう」とて、十四五ばかりなる女童の、半插盥に櫛入れて参りたり。
 (中略)
三位の中将、守護の武士に向かひ、「さても、この傾城はいたいけしたる者かな。名をば何というやらん」とのたまへば、狩野介かしこまつて申しけるは、「あれは手越の長者が娘にて候ふが、心ざまの優にやさしく候ふとて、兵衛佐殿、この三四年召し使はれ候ふが、名をば『千手の前』と申し候」。

 (同上)


 重衡が千手の前のことを、「いたいけしたる者」、つまり「可憐な女だ」といった、ということを伝え聞いた頼朝は、千手の前を「はなやかに仕立たせて」、重衡の元へ遣わせる。その晩、「雨降り、世の中うちしずまりて、物すさまじかりけるをりふし」、千手は琵琶、琴を持参して重衡を訪れ、狩野介も家の者などを集めて、酒の席を設ける。はじめ「興もなげに」いた重衡であったが、千手の詩の朗詠から次第に気分が乗ったか、彼女の詩や今様に、気のきいた、しかし自らの現在の境遇になぞらえた自嘲的な受け答えなどを始める。


 三位の中将心をすまし給ひて、「や、御前。あまりにおもしろきに、何事にてもいま一度」とのたまいければ、千手心をすましつつ、

  一樹のかげにやどり
  一河の流れをくむも
  これ先祖の宿縁なり

 という白拍子を、返す返す、歌ひすましければ、三位の中将、世にもおもしろげにぞのたまいける。

 (同上)


 翌日、頼朝の元に参じた千手に、頼朝は、「頼朝は千手におもしろきなかだち(粋な恋の仲立ち)をしたるものかな」と言う。重衡と千手との、雅趣に富んだやり取りに感服しての言葉である。

 
 (頼朝)「日ごろは平家の人々は、弓矢の勝負のほかは他事あらじとこそ思ひつるに、この三位の中将は琵琶の撥音、口ずさみの様、夜もすがら立ち聞きしたるに、これほど優なる人にておはしけるいとほしさよ」とぞのたまひける。


 つまり頼朝は、昨夜の重衡と千手の様子を立ち聞きしていたのである。そして、そのひととなりに惚れ込んでしまったという訳だ。頼朝としては、もう重衡の首を刎ねようなどという気はなかっただろうと思われる。しかし、この第九十四句の最後の数行が、この物語が他ならぬ『平家物語』であることを、思い出させる。


 それよりしてこそ千手の前は、いとど思ひも深うはなりにけれ。されば、「中将、南都へわたされて、斬られぬ」と聞こえしかば、様を変え、信濃の国善光寺に、行ひすまして、かの後世菩提をとぶらひ、わが身も往生の素懐をとげにけり。
 (同上)


 「断絶平家」の物語の渦中にあって、重衡といえどもその宿命からは逃れられなかった。南都衆の重衡に対する怒りは凄まじく、頼朝も彼らに重衡の身柄を引き渡す他はなかった、というところだろう。

 『平家物語』には、多くの印象的な女性達が登場する。白拍子の祇王や仏御前、女武者巴御前や、静御前など、挙げればきりがないが、『平家物語』が単なる軍記ものに留まらない一大叙事詩たり得ているのは、彼女等の存在に負うところが大きいだろう。そして千手の前もまた、そのなかの小さからざる一人、である。こうしてその縁の地に来てみると、梶原景時のときと同じく、あの物語世界が生き生きと肌に感じられる気がする。

 学校で歴史を、あるいは古典文学を学ぶ際に、こうした感覚を知っていたならば、あるいは私の学業成績も幾らかはマシなものになっていたかも知れぬ、などと、そんな馬鹿なことを思いつつ、千手の前に別れを告げた私であった。さて、久しぶりに『平家物語』を最初から通して読んでみようかな。




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