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旧東海道 磐田市・その3


 旧東海道 磐田市・その3 見附宿から天竜川東岸


 姫街道との分岐の交差点から南下、しばらくすると左手にみえてくるのが、





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 「府八幡宮」。この楼門は、寛永十二年(1635年)建立の静岡県指定文化財。




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 中門。これも寛永十二年建立。磐田市指定文化財。




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 そして拝殿、および本殿。祭神は、足仲彦命(仲哀天皇)、気長足姫命(神功皇后)、誉田別命(応神天皇)の、所謂八幡神。天武天皇の曾孫桜井王が、遠江の国の国司として着任した天平年間(729〜748年)に、国府の庁内に勧請されたのがこの神社の始めである、とのこと。

 そう、国府の、である。ここ見附は、古代には遠江の国府が置かれていたのだ。城下町でもないのに、この宿場が例外的に栄えていたのはそれが理由である。そして、国府であったということは、




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 国分寺があった、ということである。府八幡宮のすぐ近く、磐田市役所の北にあるのが、「遠江国分寺跡」、である。




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 往時には、こんな壮大な景色が広がっていたらしいが、




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 現在は、こんなひろい公園が広がっているだけである。ただ、その広さはかなりのもの、ではある。




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 ところどころに、こんな具合に表示看板が立つ。しかし、勿論当時の痕跡がそのまま残っている訳ではない。

 小和田哲男著、『戦国静岡の城と武将と合戦と』によると、桶狭間の戦いの後、武田氏とともに、弱体化した今川氏を挟撃、最終的にこれを掛川城において滅ぼした徳川家康は、三河、遠江を領有する大名となった訳だが、新領地の支配を安定させるため、その本拠地を岡崎から遠江に移すことにした。家康は最初、この見附に城を築き始めたという。当時すでに、大きな賑わいがここにあったからである。しかしその築城は中断される。今川攻めにあたっては目的を同じくした武田信玄と、どうやら遠からず戦うことになりそうだったからである。

 もし信玄が攻めてきたならば、見附では天竜川を背負う形になってしまい、それは退路を失った「背水の陣」であることを意味する。またその天竜川の水量によっては、いざという時の信長からの後詰(援軍)を受けるのも困難になる可能性がある。そこで家康は、天竜川の西、元々は今川氏の支城であった引馬城に拠点を移した。そして手狭な引馬城を拡張する形で城を築き、名前も、「馬を引く(退却する)」では縁起が悪いということで、浜松城とした。

 こうして、戦国時代のある時期の力関係が、遠州の中心地を見附から浜松に移動させ、それが、現在まで続いている、という訳である。浜松は現在、人口約80万の政令指定都市であり、これは静岡県の県庁所在地である静岡市よりも10万人も多い数字である。見附、即ち現在の磐田市にとっては、不運なことであったというべきだろうか。

 国分寺跡から、JR磐田駅はすぐである。




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 その磐田駅の北側にあるのが、かつてここにあった善導寺というお寺の境内にあったという、「善導寺の大クス」。樹齢700年を越えるクスノキで、その容姿は圧巻、である。




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 で、磐田駅の南にあるのが、「御殿・二之宮遺跡」であり、このあたりが、国府の所在地であったとされているらしい。8世紀前半の建物跡等が、かなりの規模で発掘されている。「御殿」は、家康の別荘があったためにうまれた地名。




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 旧東海道は、磐田駅の北側で西へ方向をかえる。しばらくは、例によってこんな裏道だが、




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 ここで県道261号線に出る。




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 そこにあるのが、この「くろん坊様」。いつ頃のものかは定かでないが、インド人の旅僧が殺されて金品を奪われてしまったのを、土地の人々が手厚く葬った、その祠だという。ひどい名前だとも思うが、その志には無論差別意識などない。歴史的事象を、後世の価値基準で軽々しくはかるべきではない、これはそんな一例であろう。




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 「一之宮一色秋葉山常夜燈」。




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 また県道から左斜めに逸れた先で、道は丁字路にぶつかるので、ここを右折し、県道262号線を北上する。正面の建物の向こうは、もう天竜川である。




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 やがて県道261号を横切り、そしてすぐに、この県道413号にぶつかる。青くみえるのは、天竜川に架かる国道1号線の橋である。413号は国1と合流してこの橋に続いていくのだが、旧東海道はここも横切り、さらに国1、そして国道1号バイパスもくぐって北に、天竜川沿いに伸びていく。




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 天竜川の土手の上にでる。みえるのは国道1号線バイパスの橋。さらに北へ。




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 ここが、渡船場跡。池田の渡し場のあった場所である。

 さて、ここからさらに浜松を目指したいところだけれど、時計をみればもう7時半。そろそろ帰路につかねばならぬ。今回の旧東海道めぐりはここまで、だが、帰り道にもう一カ所寄り道を、というところで、もう一回だけ、次回に続きます。


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