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旧東海道 磐田市・その2


 旧東海道 磐田市・その2 見附宿


 渡辺和敏著、『東海道の宿場と交通』(静岡新聞社)に、


 天保十四年(一八四三)の宿内の街並は一一町四〇間、家数は一〇二九軒、人口三九三五人(女五二%)。馬場町に本陣が二軒、東坂町に脇本陣が一軒あり、旅籠屋は五十六軒であった。本陣はそれぞれ南・北本陣と呼ばれた。(中略)東海道中では、城下町を除けば有数の繁華な宿場町であった。


 と、ある。その見附宿の東の入り口にあるのが、




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 この「愛宕神社」である。写真の坂道が、いま走ってきた道。前回の記事の最後の写真にあった「木戸跡」は、この写真のすぐ左側にある。




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 石段のうえに、神社はある。こういう雰囲気は嫌いじゃないが、ちょっと寂しいかな。しかし、このすぐ近所に、もっと大きな神社がある。




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 こちら。「矢奈比売天神社」、あるいは「見付天神社」とも呼ばれる神社。




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 拝殿。祭神は、矢奈比売命(やなひめのみこと)、菅原道真公。創建は不明なれど、延喜式内社、すなわち延喜年間(十世紀前半)に著された延喜式神名帳に記されている神社であり、また、国史現在社、すなわち六国史(日本書紀・続日本紀・日本後紀・続日本後紀・文徳実録・三代実録)に記載のある神社でもあり、その歴史はきわめて古い、とのこと。




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 旧街道の様子。旧宿場はここでも商店街。袋井と同じく、ここも旧宿場の史跡を観光スポットとしておおいにアピールしている。




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 「脇本陣跡」。これが、上記『東海道の…』に「東坂町に脇本陣が一軒」と記されているところのもの、だろう。ここには、この看板があるのみ。




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 「旧見付学校」。なんと明治八年(1875年)落成の、現存する最古の洋風木造小学校校舎。中の見学も可能だが、朝は9時からなのでまだ開いていなかった。




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 こんな校舎で学べた子供達は幸いである。古いから、ではない。この建物には明確な「様式」が、すなわち美意識があるから、である。




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 「本陣跡」。確か北本陣、だったと思うが、もしかしたら南本陣かも。忘れてしまいました。




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 「脇本陣大三河屋門」。先ほどの脇本陣跡から、門だけこちらに移設されたもの。




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 その先、この交差点で、旧東海道は左に折れ、南へ向う。ちなみに、この交差点を直進すれば、




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 姫街道の東側起点、である。姫街道は、ここから海岸線へ向かう東海道と分かれ、浜名湖の北側を通って三河の御油宿まで伸び、そこでまた東海道と合流する、脇街道(あるいは脇往還)である。また、ここから天竜川までの姫街道は、「池田近道」とも呼ばれる。東海道が、南へ大きく蛇行してから、天竜川の渡船場である池田へと繋がるのに対し、こちらはほぼ真直ぐに池田へと向う。

 この「池田近道」は、お上から通行を禁止されていたが、多くの旅人達がこちらを通っていたらしい。まあ、次の浜松宿までは、途中に天竜川はあるし距離も四里七町もあるしで、近道もしたくなろうというものだ、ということで、お上もある程度は黙認していたのだろう。

 で、私はというと、そのどちらへも行かず、交差点を右折、北上する。




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 するとみえてくるのが、「旧赤松家、門・塀・土蔵」。明治二十年代の建物。



 
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 赤松則良は、勝海舟と共にアメリカに渡った幕臣で、近代造船技術の先駆者。




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 その近所、住宅地のなかにあるのが、「一の谷遺跡公園」。一の谷遺跡は、1984年から発掘調査された塚墓、土坑墓等、鎌倉時代から江戸時代初期までの共同墓地跡で、その規模は2haの広さに900 基の墓跡が並ぶ、全国最大級のものであった。しかし調査終了後の遺跡は、研究者等の強い要望にもかかわらず保存はなされず、住宅地になってしまった。80年代という時代背景もある気がする。あの頃、宅地は何にもまさる「資産」であったから。で、残されたのは、申し訳程度にコンクリートで型を取り、復元された模型が野ざらしに展示される、この小さな公園だけである。

 大規模な共同墓地があったということは、つまり、この見附宿が、中世にはすでに大きな街であった、ということである。ではなぜ、この見附がこんなにも古くから栄えていたのか、それを知り得る史跡に向おう。来た道を、姫街道との分岐の交差点までもどり、そのまま、旧東海道を南下する。……というところで、また次回へ続く。
 


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