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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

カブのこと 29


 田沼街道 その4・相良城


 小山城への寄り道から、また旧田沼街道に戻る。しばらくは国道150号線を行き、





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 ここで右の脇道へ斜めに。しばらくはこの裏道を150号と並行して進んでいく。




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 こんな道。30km/h制限がかかるくらいの、細道。




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 勝間田川を渡河して、




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 「鹿島神社」前を過ぎ、またしばらく走り、




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 ちょっと山の方へ入ったところにあるのが、「大鐘家住宅」、の門。またまた、朝早すぎて入れない。しかたないので駐車場にあった説明書きで我慢しよう。曰く、


 主屋は十八世紀前半、長屋門は十八世紀後半の建築であると考えられます。
 主屋は明治以前まで草葺きで静岡県最古の古四間取形式といわれ、構造・手法は江戸初期の豪農の屋敷構えをよく残しています。
 大鐘家は、慶長二年(一五九七)越前の国(福井県)の柴田勝豊の家臣大鐘藤八郎貞綱が、当地大磯村に移り住んだと伝えられ、十七世紀後半からは代々大庄屋をつとめていました。



 とのこと。しかし私が見たいのはこの屋敷そのものよりも(マケオシミでなく)、これであった。




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 この、石垣。そしてその前に続く小道である。石垣は、元々は相良城のもの。そして小道は、かつての田沼街道そのものである。

 意次は幕府の財政を建て直すことに成功するが、意次の先進的、あるいは急進的な改革は、松平定信ら幕内の保守派ともいうべき人々の反発を買う。そんな折、意次の重商主義のために農民が都市部に出てしまい、疲弊していた農村部を、「天明の飢餓」と呼ばれる大飢饉が襲う。その対策に失敗した意次は、しだいにその権勢を弱め始める。

 そして天明六年(1786年)の将軍家治の死去を機に、意次は失脚する。後を受けた松平定信による粛正は容赦がなかった。老中を辞任させられたのは勿論、加増分の二万石も没収、そして私財や屋敷等も没収された上、相良城は徹底的に打ち壊された。蟄居を命じられた意次は、失意の中、天明八年(1788年)、七十歳で死去する。

 その相良城打ち壊しの際に、大鐘家がその石垣の一部を購入。それが、現在もこうしてここに残っている、という訳である。その前をわずか数十メートルほど伸びる田沼街道と共に、ここが一番、相良藩主田沼意次の事績を今に残している場所だ、といえるのかも知れない。そう思うと感慨深いものがある。




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 先へ。この辺りまでくると、海はもうすぐそこだ。




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 また国道に出て、




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 ここでまたまた裏道へ。しかし、ここまでくれば、もうゴールは眼の前である。




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 最後の道程を行く。




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 萩間川に突き当たるので、川沿いを上流方向へ。




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 「湊橋」という橋を渡ると、




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 すぐに、「大和神社」という小さな神社がある。その角にあるのが、




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 これである。旧田沼街道相良側起点。ついに、ゴールである。やっとついた。それでは、相良城趾を見に行こう。




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 相良城趾は、現在、牧之原市役所相良支所や、小学校、高校などに利用されているようである。城の面影はなく、こんな石碑が立つばかり。……ん? 石碑の後ろに何かある。いってみると、




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 また、田沼街道の起点があった(笑) どっちが本物なんだろう? まあ、自然に考えて、城の中に街道の起点があるというのはおかしいので、湊橋のたもとの方が本物ではなかろうか。ここはきっと、古い橋の親柱だけ移築したと、そういう場所なんだと勝手に理解しておく。




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 本丸跡は、史料館。無論、まだ時間が早すぎて入れない。




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 しかし、何か城の痕跡がありそうなものだと、付近をうろうろ。現在の城、ともいうべき(地方行政の中心という意味で)役場の建物等をながめつつ。




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 小学校の入り口で、やっとみつけた。「相良城二の丸のマツ」。数少ない相良城の痕跡として、牧之原市の天然記念物に指定されている由。

 さて、ではそろそろ、今回のお散歩ツーリングはおしまいとしよう。役場の前の道を真直ぐ海の方へ向かう。




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 駿河湾の景色。この辺りは綺麗な砂浜で、海水浴やサーフィンを楽しむ人が多い。意次も、この海を眺めたのだろうか。しかし、彼がここでのんびり海を眺められるような機会は、それほど多くはなかったようである。

 城から東海道藤枝宿を連絡する街道を通した田沼意次であったが、彼自身は、一度しかこの街道を通らなかったという。他の大名と違って、定府大名である意次は、参勤交代どころか、将軍の許しなく江戸を離れることすらできなかったらしい。それでも、二度だけ「お国入り」をしている。

 宝暦八年(1758年)、相良を領地として与えられたそのときに、初めて相良にやってきた。しかしこの時はまだ田沼街道はなかった訳で、往路復路共に、意次は東海道を通り、ちゃんと島田・金谷間の渡し場で大井川を渡った。

 しかし相良城が完成した安永九年(1780年)に再び相良にやってきた時は違った。往路は、前回と同じく東海道で大井川を渡河した意次だったが、帰り道に、近道を通ったのである。藩領巡見を名目としていたらしいが、その時の彼の通り道が、そのまま田沼街道となったらしい。

 意次はこの街道整備の他にも、藩主としてその手腕を発揮した。相良の街に大火が続いたことから、延焼を防ぐ為に道の幅を広げ、茅葺き屋根を瓦葺きに変えることを奨励しているし、それまでは渡し船に頼っていた萩間川への最初の架橋も意次の仕事である。また養蚕や塩の生産などの振興にも努めて産業の発達も促した。その藩政は、どうやら領民にも好評だったようである。

 そして、この相良の地に築城を許されたということ。これは実に重大なことだと思われる。「入り鉄砲と出女」については、箱根峠のときに少し書いたが、箱根関では主に「出女」を改め、「入り鉄砲」については、浜名湖のほとりの新居関で主に取り調べられた。なぜかというに、新居関より東の東海道沿線には、もう親藩や譜代大名の領地、そうでなければ幕府の直轄地しかなかったからである。すなわち、新居より以東には、幕府に信頼された大名しかいないので、鉄砲を箱根で改める必要があまりなかった、ということだ。

 意次は、まさにその「新居関以東」に、天守閣付きの築城を許されたのである。「家柄」がものをいうあの時代に、譜代大名どころか外様大名ですらなく、ただの旗本出身にすぎない「成り上り者」への待遇としては、まさに破格というべきものである。将軍家がどれほど彼を信頼していたのか、ここからも理解できるのではないだろうか。

 そしてこうしたことから、彼の「悪徳政治家」としての悪評は、どうやら彼の政治的敵対者達による流言ではないか、という疑いも強まるというものである。ねえ、定信君(笑) まあ、一方において、「その1」でも書いたように、意次が「時代にそぐわなかった」のも事実だとは思うのだが。

 意次失脚後、相良領は幕府の直轄となっていたが、文政六年(1823年)、意次の四男である意正が藩主として戻り、相良藩一万石の再興は成った。その後は、明治になるまで相良藩は存続した。

 といったところで、今回は終わり。また近いうちに、どこかを走ろうと思います。




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