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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

カブのこと 20



 清水港湾地区・その2 三保半島


 三保半島は、安倍川から流出した土砂が堆積して形成された砂嘴である。三保半島に折戸という地名があり、そこの特産品である「折戸茄子」というナスが、他ならぬ、初夢にみると縁起がいいとされる「一富士二鷹三茄子」のサンナスビだ、といわれる。みっつとも、徳川家康が好んだことがその元ネタだという。

 旧江尻宿からスーパーカブで、早朝の道が空いている時間ならば5分ほどで、三保に着く。国道150号を走ってくるのが一番わかりやすい。駒越東町という交差点で、150号線はそのまま焼津方面に伸びていってしまうが、そこを左へ逸れれば、その道が、三保街道という三保半島の真ん中を貫いて先端あたりまで続く道である。




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 これが三保街道。真正面に富士山が見える! 真冬の空気が澄んだ時期に、この辺りから望む雪化粧の富士山は、本当に綺麗である。現在、富士山がもっと美しく見られるように、電線を地中に埋める工事をしているという。世界遺産に相応しい景観を、という訳だ。

 そう、「世界遺産」である。次なる目的地は、今年世界文化遺産に登録されたばかりの、「三保の松原」なのだ。富士山の世界文化遺産登録に、この三保の松原までもが含まれると聞いたときには驚いたが、まあ、地元民としては嬉しいことである。ただ、以前のように気軽に遊びに行くことはできなくなった。混雑するからである。しかしこうして、早朝にくれば問題は無い。遠方からの観光客はまだいないし、夜明け直後の富士山の姿は見られるしで、良いことずくめである。




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 まずは、「御穂神社」。この神社もまた、世界文化遺産たる富士山の構成資産「三保の松原」に含まれる。祭神は「大己貴命(大国主神)」、「三穂津姫命」。創建は不詳。駿河国三宮。




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 慎ましい拝殿。慶長年間には徳川幕府によって壮麗なる社殿が造営されるも、寛文8年(1668年)の落雷によって焼失、今の社殿はその後に仮宮として建てられたもの、だそうだ。残念ではあるが、それでも、現存の建物だとて市の指定有形文化財である。




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 神社の前から、海岸に向って真っすぐ伸びていくのが、「神の道」。勿論人間も通ることはできるが、当然これは歩道なので、車両は脇の車道を走っていく。




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 すると見えてくるのが、「三保の松原」入り口である。典型的な田舎の寂れた観光地にしか見えないが、それも無理もない話で、今年の6月に世界遺産に登録されるまでは、まさしく典型的な田舎の寂れた観光地だったのである。以前には、仕事の途中に2t車をこの駐車場に停めて、コンビニ弁当を食べたり海岸で遊んだりして昼休みを過ごしたこともある。本当にそんな、あまり人気の無い、平日には外回りの営業マンの絶好のサボりスポットみたいな場所だったので、正直なところ、世界遺産に登録されたと聞いて驚かなかった地元民は少なかっただろうと思う。だが、おかげでこの場所の文化的価値について、地元民もまた見直し、考え直す機会を得た訳で、やはりこれはよいことだったと私は思う。




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 松原の様子。




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 これが、「羽衣の松」。天女が舞い降りたという有名な伝説において、天女が脱いだ羽衣をかけたのが、この松の枝だという。なんだか羽衣を引っかけやすそうな枝がちゃんとあるところが面白い。まああの伝説自体、元々はきっと中国から伝わったものだろう……なんて無粋なことはいわずにおこう。




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 松林を抜けると、




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 一気に視界が開け、駿河湾のひろがりと朝日が眼に飛び込んでくる。そして左に視線を向ければ、




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 富士山である。もう言葉はいらない。ただ、見入るばかりである。海岸にはすでに、何人かの人たちがいたが、広い浜にバラバラに広がりつつも皆、富士山の方をむいて立ち尽くしていた。私もまた、その姿を楽しもう。




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 富士山の世界遺産登録には、ご存知の通り、まず自然遺産として申請するも、ゴミの問題等で登録ならず、文化遺産として申請しなおしてようやく登録された、という経緯がある。汚いから申請却下、とは恥ずかしい話だが、結果として、私は文化遺産として登録されてよかったと思う。

 我々の「富士山を愛でる思い」というものは、貴重で希有な自然物に寄せるもの、というよりは、「信仰の対象と芸術の源泉」という言葉がやはりしっくりくると思うからだ。換言するならば、それは富士山の美しさを尊び、それを愛するということである。それは例えば、日本人が知床半島の自然に寄せる思いとは全く違うものではないだろうか。まあいずれにせよ、文化遺産でなければ、この三保の松原は全然関係のない話になってしまうので、そうした意味でもよかった、とはいえるだろう。

 ではもう少し、三保半島の他の場所をまわってみよう。




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 清水灯台。別称、三保灯台。明治四十五年(1912年)完成の、日本初の鉄筋コンクリート造りの灯台である。




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 その頭頂部の風見鶏は、羽衣伝説にちなんで「天女」である。




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 灯台のそばにある、「甲飛予科練之像」。第二次世界大戦末期、三保に清水海軍航空隊があり、甲種飛行予科練習生が、立派な航空兵たるべく訓練に勤めていたが、戦況の悪化に伴い航空隊は解隊、練習生は全員特攻隊に編入された。三保には、特攻兵器の格納庫とされる倉庫が幾つか今も残っているそうである。




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 灯台から、海沿いの道を半島突端の方向へ少し走ると、小型の飛行機が駐機されていた。




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 小さな滑走路がある。大正時代に造られた「三保飛行場」。『静岡県の歴史散歩』によると、現在は赤十字飛行隊の練習基地であるが、かつては、清水・羽田(東京)間を結ぶ水上機の旅客航路があったそうで、昭和六年(1931年)の日本初の客室乗務員の搭乗は、なんとこの航路だったそうである。

 さて、ここまでは、全て三保半島の駿河湾側、即ち地元での呼称でいうところの「外海」側にあるものだった。次は、半島の折戸湾側、即ち「内海」側にいってみよう、というところで、またしても長くなってしまった。次回に続く。


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