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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

カブのこと 18


 旧東海道 箱根
 その2・箱根宿、箱根関所、箱根神社



 一眼レフカメラのバッテリーを忘れるという、信じ難い失敗ツーリングとなった今回。手元にあるのは、最近すっかり調子の悪くなったiPhone5の、なんだか何をどう撮ってもモヤがかかったような写真しか撮れないカメラのみ。沈む気持ちに引き摺られるように、箱根峠の高みから、芦ノ湖畔へと坂道を下っていく私とスーパーカブ110であった。

   


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 芦ノ湖が見えてきた。




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 そして、旧東海道10番目の宿場町、箱根宿のあった辺り。現在の神奈川県足柄下郡箱根町、である。



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 箱根といえば、宿場町として、よりも、どちらかというと、関所として有名、なのではないだろうか。で、関所改め、といえば「入り鉄砲に出女」だが、「入り鉄砲」すなわち西国から、東国、江戸方面に持ち込まれる鉄砲については、新居宿の今切関で主に取り調べられ、箱根関では「出女」の方を主に調べていたという。現在、関所の建物等が見事に復元され、公開されている。




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 こんな感じ。残念ながら、またしても時間が早すぎて入れない。ただ、だれもおらず、特にフェンス等で入れなくしてある訳でもないので、ちょっとだけ入らせてもらい、写真を撮っちゃった。




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 朝日がまだ山の稜線の下におり、黒い建物がなおさら真っ黒に写ってしまい、なんだかわかりにくいですね……ああ、一眼レフだったなら(以下略)。本当に誰もおらず、その気になれば中に入ってそのまま通り抜けることもできそうだったが、「関所破り」は親殺し、主殺しに次ぐ大罪だったそうなので、やめておこう。

 さらに湖畔に沿って街道を進むと、大きな鳥居がみえてくる。そこで、街道は芦ノ湖畔を離れ、また山間に入っていくのだが、私とカブはそのまま鳥居をくぐって湖畔沿いの道を行く。




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 すると見えてくるのが、箱根神社である。

 公式のウェブサイトによると、「人皇第五代孝昭天皇の御代(2400有余年前)聖占上人が箱根山の駒ヶ岳より、同主峰の神山を神体山としてお祀りされて以来、関東における山岳信仰の一大霊場となりました。」とのこと。2400年前というと、弥生時代であろうか。……まあ、とても歴史のある神社だ、ということだ。

 祭神は、「瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)、木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)、彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)」とあり、「この三柱の神々を総称して「箱根大神(ハコネノオオカミ)」という、そうだが、この三柱の神々がどんな神様たちなのか、それを考えてみると、なんとなく、この神社の性質、というか、存在意義とでもいったものが、みえてくる気がする。

 そこで、久しぶりに『古事記』など引っ張り出してみる。上の三柱の内、まず最初に登場するのが「 瓊瓊杵尊」すなわち『古事記』での「日子番能邇邇芸の命(ひこほのににぎのみこと)」で、場面は、大国主神の国譲りのエピソードの直後である。


 かれ、建御雷の神、返り参上りて、葦原の中つ国を言向け和平したる状を復奏しき。
 しかして、天照大御神・高木の神の命もちて、太子正勝吾勝々速日天の忍穂耳の命に詔らししく、
 「今、葦原の中つ国を平らげつと白す。かれ、言依さしたまいしまにまに降りまして知らしめせ」
 しかして、その太子正勝吾勝々速日天の忍穂耳の命の答え白したまひしく、
 「あは、降らむ装束しつる間に、子生れ出でぬ。名は、天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸の命、この子降すべし。」

(新潮日本古典集成 『古事記』上つ巻)

 国譲りが無事に終わり、中つ国が平穏になったと、建御雷の神から知らされた天照大御神は、御子である忍穂耳の命に天降るよう命ずる。しかしその準備中に日子番能邇邇芸の命が生まれたので、父である忍穂耳の命代わりに、子である日子番能邇邇芸の命が天降ることになる。これは所謂「天孫降臨」のはじめの場面になる。で、次に登場するのが「木花咲耶姫命(『古事記』では「木花之佐久夜毘売」と表記)」である。


 ここに、天津日高日子番能邇邇芸の命、笠沙の御前に、麗しき美人(をとめ)に遇ひたまひき。しかして、
 「誰が女(むすめ)ぞ」
と問ひたまへば、答へ白ししく、
 「大山津見の神の女、名は神阿多都比売、亦の名は 木花之佐久夜毘売といふ」

(同上)

 
 日子番能邇邇芸の命は、木花之佐久夜毘売と結婚する。そして生まれた三柱の神々の内の末子が、 「彦火火出見尊」、『古事記』で「火遠理(ほをり)の命。亦の名は、天津日高日子穂々手見(あまつひこひこほほでみ)の命」といわれる神であり、有名な「海幸山幸」の物語の、山幸彦(山佐知毘古)である。

 で、この日子穂々手見の命の子が、天津日高日子波建鵜葺草葺不合(あまつひこひこなぎさたけうかやふきあへず)の命であり、その末子が、若御毛沼(わかみけぬ)の命、亦の名を神倭伊波礼毘古(かむやまといわれびこ)の命、すなわち後の神武天皇である。

 こうしてみると、この所謂「箱根大神」が、天つ神、特に天照大御神と、神武天皇との繋がりという意味において非常に重要な位置にある神々だ、ということが理解されるだろう。




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 参道入り口あたりにある、「来宮神社」(奥)と、「日吉神社」。




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 参道。杉の大木が立ち並ぶ様に圧倒される。




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 その内の一本、「矢立のスギ」。征夷大将軍坂上田村麻呂ゆかりの杉。




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 手水舎のところに。名句。




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 石段を登る。




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 拝殿。




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 拝殿脇に、九頭龍神社新宮。




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 さて、箱根神社参拝も終わったところで、一息つくために芦ノ湖畔へ。一眼レフのバッテリーを忘れたことがなんとも悔やまれる好天。悔し紛れに、逆光で撮影すると、




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 ちょっとステキな写真(笑)。夕暮れみたいだ。

 今回はここまで。次は、もう小田原宿である。いよいよ、東方面も遠くなってきた。次は、西を目指そうかな、などと思いつつ、帰路につく。




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 峠を越えて、三島へ下る途中、往路では見逃していた、芭蕉の句碑を発見。

 霧しぐれ富士を見ぬ日ぞ面白き

 せっかく晴れて、富士山もキレイに見えたのに、一眼レフで撮影できないもどかしさ。しかし芭蕉は、霧にかくれて見えない富士山をも、見事にうたってみせた。ま、失敗ツーリングもまたツーリングであると、私もそう思うことにしよう。それでは、また。




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