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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

カブのこと 14


 旧東海道 大井川から掛川宿
 その4・掛川宿、掛川城






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 文亀元年(1501年)、駿河の守護大名今川氏が、朝比奈泰煕に築かせたのが、掛川城の歴史の始まりである。ただ、これは「掛川古城」であり、現在ある場所に城が移されたのは、永正九から十年(1512から1513年)頃、だそうだ。

 永禄三年(1560年)、今川義元が桶狭間の戦いに敗れると、今川氏の勢力は衰え、永禄十一年(1568年)、ついに義元の子氏真は武田氏に駿河を追われ、掛川城に立て籠る。その翌年に掛川城を攻めたのが徳川家康で、長きに渡る攻防戦の末、最終的には和睦によって開城、 掛川城は家康の配下となり、家康の重臣石川家成が入城した。

 天正十八年(1590年)、天下を統一した豊臣秀吉配下の大名、山内一豊が入城すると、天守閣の建築等、城を今見られる形に整えた。江戸時代にはいってからは代々譜代大名の居城となったが、安政の大地震(1854年)で天守閣を含む大半が破損、「東海の名城」と謳われた掛川城はそのまま再建されることなく、明治二年(1869年)に廃城となった。

 天守閣が木造によって再建されたのは平成六年。実に140年ぶりに、掛川の地にその美しい姿がよみがえった。以上、掛川城公園管理事務所発行のパンフレットを参考に、その歴史を簡単にまとめてみたが、雨が降りそうだというのに9時の開場時間までにはまだ1時間もあることには何の変化もなかった。

 腹が減ってきたので、とりあえず、ローソンでサンドイッチとからあげクンを食べた。で、例の『静岡の歴史散歩』を開く。実は、掛川についてはあんまり下調べをしてこなかったのだ。掛川城そばに、「大日本報徳社」というのがあると書いてあったので、向ってみる。




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 ホントに近所にあった。しかしここも、早すぎてまだ開いていない。仕方がないので、門のそとから写真だけ撮らせて頂く。望遠レンズもってくりゃよかった。




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 「報徳」とは、二宮尊徳(金次郎)の教えであり、報徳社とはその教えを広め、実践していくことを目的とした団体である。ここはその報徳運動の、明治後期ごろの中心となった場所、とのこと。




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 ここもゆっくり見学してみたい。また、次の機会に。
 
 その後、城の近所の公園で疲れた足腰を休めていると、街の中心のほうから、何やら外国からの団体客がやってきた。家族連れのアメリカ人らしき団体、フィリピン人らしき陽気な女の子達数人、そして中国人の若い男の子四人組。時計をみれば、そろそろ9時になる。私も発券所にむかった。

 ただ、天守閣の中はあまり広くない。団体さんたちと一緒に入ると大変なことになりそうである。そこで、「掛川城御殿」の方を先に見学することにした。




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  「掛川城御殿」は二の丸にあり、天守閣の入場券410円を買えばこちらも入場できる。江戸時代後期の建物そのものであり、現存するたった4カ所の城郭御殿の内のひとつ、ということで、とても貴重な建物らしい。




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 細部いろいろ。




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 展示物も。




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 天守閣がみえた。では、そろそろ天守閣へむかおうか。




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 この狭い石段が唯一の通路。すなわち、攻め手はここを登る他はない訳である。ここを一列に並んで登って来る敵は、守り手にとっては、鉄砲で撃つにしろ矢で射るにしろ石をぶつけるにしろ、格好の的だったことだろう。姿が美しいばかりではない「名城」だった、ということか。私の足もつりそうである。




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 間近にみる天守閣。さあ、中へはいろう。




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 こんな階段をよじ登る。背も高く足も長いアメリカ人の方々は、この狭い階段に四苦八苦のご様子だった。昔の日本人サイズであるから、無理もない話である。




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 ようやく最上階へ。




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 天守より掛川市街を一望する。




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 屋敷もみえる。さっきとは逆の眺望、という訳だ。




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 登ってきた石段。いかに守りやすいかがわかる。まあしかし、この天守閣にまで敵が迫っているような状況になったとしたら、もう落城は時間の問題、ともいえる訳だが。手前にある格子状のものは「霧噴き井戸」。家康の攻城の折、この井戸から霧が噴き出て城を包み隠し、城を守った、との言い伝えがあるそうだ。




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 さて、掛川にはまだまだみどころが沢山あるが、さすがに天気が心配になってきた。ちゃんと下調べをしてから、また来ようと思う。さあ、雨が降らないうちに帰ろうと、国道1号線を東へ。




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 そして、藤枝辺りにて。はい、見事に降られました。今回の史跡めぐりお散歩ツーリングは、ここまで。では、また。


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