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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

カブのこと 9


 旧東海道 安倍川から大井川
 その2・島田宿、大井川



 藤枝宿から島田宿を目指す。道は国道1号線を行く。その途中には特に何もない——と思っていたら、神社を見掛けたので寄ってみる。あちこちにお寺もあるのだが、私はなんだか、神社のほうが好きで、見掛けるとついのぞいてみたくなる。




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 岩田神社。由緒書きを読めば、大化二年(646年)創建とある。これは古い。大化って、大化の改新の、大化だよ、ね……。東国からのお伊勢参りの途上、大井川の増水のために長く足止めされ、仕方なくこの岩田神社に代わりにお参りをして帰った、なんてこともあったそうだ。

 


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 松並木。東海道時代の松だろうか。




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 御仮屋の交差点から斜め左の県道34号線、「本通り」に逸れる。こちらが旧東海道になる。しばらくいくと、東海道23番目の宿場町、島田宿である。
 



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 松尾芭蕉句碑。


 駿河路や 花橘も 茶の匂ひ


 と書いてあるそうだが、読めない(笑)。この句碑のある交差点を左折すると、JR島田駅である。




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 駅前にある「宗長庵跡」。連歌師宗長は、前回紹介した、丸子宿近くの「吐月峰柴屋寺」を建てた人。その宗長を慕って、塚本如舟という人が建てた庵があった場所が、ここ。宗長がいた訳じゃない。なんだかヤヤコシイ。宗長の句碑がある。


 こゑやけふ はつ蔵山の ほととぎす


 芭蕉の句碑もあり。


 さみだれの 空吹きとおせ 大井川


 また旧東海道、県道34号に戻り、少し西へ。




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 大井神社。祭神は、天照大神、弥都波能売命、波邇夜須比売命の三女神。それぞれ、日、水、土の女神で、島田の氏神として古くから信仰されてきたようである。




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 このおかしな像は、三年に一度の大祭、「帯祭り」をあらわしたもの。こんな格好をして練り歩くのだそうで、「日本三大奇祭」のひとつとされる。これも、一度見てみたいものだ。

 ……などということを、例の『静岡県の歴史散歩』を参照しつつ書いていたら、島田には「帯通り」という通りがあることが書いてあった。そこに本陣跡があるらしい。行かなかった。やはり、下調べはちゃんとしなくてはならぬ。また、次の機会に。

 県道34号をさらに西へ数分。左への分かれ道へそれていくと、見えてくるのが「大井川川越遺跡」である。




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 1601年の徳川家康による東海道整備の際、安倍川および大井川は、架橋どころか渡し船すら許されず、渡河は徒歩のみと定められた。無論、それは駿府、そして江戸を西国から守護するためであるが、結果、大井川は街道一の難所となり、増水のために「川留」となると、旅人は水がひくまで何日も待たされることとなった。「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」とうたわれる所以である。

 『歴史散歩』によれば、川越えの業務が制度として確立されたのは、元禄9年(1696)のことだそうだ。「大井川を渡るには、川会所(川越の業務を取り扱うところ)で川札を買い、川越人夫に渡して肩や連台に乗って川を越した」そうで、渡し賃はその日の水深によって毎日変わり、脇通(わきとおし。人足の脇ぐらいの深さ。4尺5寸。)を超えると「川留」となり、水がひいて「川明」になるまで渡河は禁止された。その川越人夫たちの「番宿」、すなわち集合場所などを復元したのがこの「大井川川越遺跡」である。


 

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 これが「川会所」。




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 また、芭蕉の句碑。これは読めるね(笑)。

 周囲に高い建物もなく、往時の雰囲気を味わえるよい所である。ここを抜けたところに、「島田市博物館」がある。私のように馬鹿みたいに朝早く来たりしなければ、そこで様々な資料を見学できる、はずである。そしてその博物館の先は、




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 ついに、大井川である。当然、旧東海道はここで途切れてしまう。未だ、ここに橋を架けずにいることは、良いことだと私は思った。だが、全く橋を架けずにおくことなどは無論不可能である。明治以降には、大井川にも多くの橋が架けられた。治水も進み、かつての難所を、我々は楽々と越えていける。そのありがたさを噛みしめるために、という訳でもないが、その橋の内のひとつを見に行く。旧東海道から川下へ向けて川沿いを走ること数km。




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 蓬莱橋。全長897.422mの木造橋で、明治12年の完成である。




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 通行量は、大人100円、子供10円。自転車100円。ひとつ、渡ってみようかと思い、時間は大丈夫かと時計をみれば、もう8時をまわっていた。やばい、早く帰って子供の面倒をみないと、また嫁さんが不機嫌になって辛い日曜日を過ごすことになってしまう。ということで、今回はここまで。大井川を越えて、金谷宿ぐらいまで行きたかったのだが、やはり、「越すに越されぬ大井川」である。なんてね。オアトガヨロシイヨウデ。続きはまた。



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