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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

カブのこと 7



 旧東海道、静岡市内 その2・府中宿、安倍川


 草薙から西へ、しばらく行くと、旧東海道は4車線の幹線路を横切って北に寄っていき……




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 ここに出る。道は線路沿いに続いているが、東海道は、本当は線路の方向へ繋がっているはずだった。事の詳細について、写真中央の石碑に記されていた。




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 これ。いろいろと書いてあるが、要するに、鉄道を通したら旧街道がつぶれてなくなってしまいました、という内容。姿を消す東海道を惜しんだのか、それとも歴史ある街道をつぶしてしまう事に後ろめたさを感じたか、こんな記念碑だけが残された、という訳。仕方がないので、石碑に向って右側の、線路の下をくぐるトンネルに入る。




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 これがトンネル入り口。狭い。だが実は、これは私の高校時代の通学路である。ここを自転車で毎日通った。懐かしい。


 

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 トンネル内部。線路といっても、上を通るのはJR東海道新幹線、JR東海道線、静岡鉄道の三路線であり、さらにはJRの貨物駅まであるので、けっこうな長さがある。あのころは大雨の日は30cmぐらい冠水したものだったが、今はどうなのだろう。




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 旧東海道は、線路の北側でさらに北よりに伸びていき、国道一号線にぶつかる。だがそのまま合流はせず、旧街道は国一の北側を並走して西へ続く。そして静岡県護国神社あたりで再び国一と交差し、今度は国一の南側を走る。だがこの辺りは特に見所もないので、そのまま通過。(あ、護国神社については、過去に遊びにいって記事にした事がありますので、そちらをどうぞ。日々の出来事4 どんぐり青田刈り





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 ここで再び国一のほうへ向きを変える旧街道。なんと、このガード下の高さ制限付き一方通行道路が、旧東海道だ。こちらからでは進入できないので、仕方なく迂回。ここまでくると、次の府中宿はもうすぐである。

 府中宿は、現在、JR静岡駅前の繁華街の中心たる、呉服町という商店街がある辺りにあったという。ただこの商店街、またしても一方通行で、東から西に旧東海道を辿ろうとすると進行方向が逆になってしまう。で、また迂回。その呉服町商店街の一本西よりの、両替町通りを走る。こちらは呉服町通りとは反対向きの一方通行なのだ。




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ただ、この両替町通りはどちらかというと「夜の繁華街」なので、昼間は御覧の通り人通りは少なめだ。




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 迂回ついでに。料亭「浮月楼」。ここは、もともとは徳川慶喜の旧住居である。すなわち、徳川の末代将軍が大政を奉還後、余生を送った場所、ということになる。こうなると、初代将軍の居城にも行きたくなる、というもの。駿府城跡をめざす。




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 その途中。静岡県庁本館。1937年完成の登録有形文化財。そこから振り返ると、




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 静岡市役所本館。1934年建築で、こちらも登録有形文化財。これは本当に美しい建物である。




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 駿府城跡。坤櫓(ひつじさるやぐら)。これはつい最近(2014年)に復元されたばかり。




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 お堀の様子。これは内堀である。このまま、内堀を一周する。




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 巽櫓(たつみやぐら)。こちらの復元は、1989年。家康が晩年を過ごした駿府城は、現在、主に駿府公園として整備されている。天守閣が失われてしまったのは何とも惜しい話である。史上最大の城郭、であったらしいが。




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 先を急ごう。駿府城からは、「本通り」(県道208号)という4車線道路が真っすぐ西へ伸びており、私はてっきりこれが旧東海道だと思っていたのだが、実は、その一本南側の道が、東海道であった。御覧の通りの、一方通行の「裏道」である。




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 こんな神社があった。何と、ガレージの上にある。当然、ガレージよりも先に神社があったはずなのだが、どうして神社のある場所にガレージなんか造ろうと思ったのだろうか、しかも神社を残す形で。こんな神社、日本中探しても他にはないんじゃないか、なんて思いながら100メートルほど走ると、




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 またあった(笑)。なんでガレージなんだろう。




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 道はやがて、前述の本通りに合流する。その辺りにあるのが、名物安倍川餅の老舗、せきべやさん。「創業文化元年」ののぼりが誇らしげである。そして旧東海道はついに安倍川に辿り着く。




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 安倍川橋。今日はここまで。江戸時代には無論、この橋はなかった。街道を行く旅人は、輿に乗ってこの川を渡ったのである。そして安倍川を渡れば、次の宿場、丸子宿まではあと一息である。そしてさらに宇津ノ谷峠、そして岡部宿、と続くのだが、こちらに関しては、過去に記事にしたことがあるので、よろしければどうぞ。

日々の出来事7 峠越え、あれこれ
日々の出来事13 ハレとケ
日々の出来事14 春来たる


 と、いうことで、上記の過去記事まであわせると、私はこのブログで、蒲原宿から由比宿、興津宿、江尻宿、府中宿、丸子宿、岡部宿までを訪れた、ということになった。東海道五十三次の内の、たったの七つである。そしてこの七つ、自分の家から最も近い七つなので、この次となると、東は富士市の吉原宿、西は藤枝市の藤枝宿、ということで、どんどん自宅から遠ざかることになる。ま、近いうちに、時間をみつけていってみよう。足が110ccとはいえスーパーカブなので、どんどん辛いツーリングになりそうでオソロシイけれど。


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