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『異端の歴史』



異端の歴史異端の歴史
(1997/10)
D. クリスティ‐マレイ

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少数意見


 ジャンヌ・ダルクは一般的に、「魔女裁判」によって裁かれ、火刑に処された、といわれることが多いが、これは全く間違っている、とはいえないにしても、あまり正確な言い方ではない、とも私は思う。無論それは、当時の「異端審問」というものをどう捉えるのか、ということにかかってくるのではあるが、ジャンヌは別に、魔術を使って敵を呪い殺そうとしたとか、そんな罪をきせられて有罪とされた訳ではない。

 本当はイギリス方としては、彼女が所謂「魔女」であってくれたほうが好都合であったし、手っ取り早かったことだろう。実際彼女は、下劣なことではあるが「処女であるか否か」を調べられている。魔女が悪魔と契約を交わす際には、魔女と悪魔とは性的な交わりをもつのだと信じられていたからだ。つまり、魔女は処女ではあり得ない、ということで、魔女裁判においては、被疑者が処女であるか否かは非常に大きな意味があり、それを調べる専門の尼僧すら当時はいたらしいが、その調査の結果、ジャンヌが処女であったことは公式に確認され、記録にも残っている。

 よって彼女を、単純に「悪魔に魂を売った魔女」として有罪とすることはできなかった。ジャンヌは、神やキリストに背き、敵対した訳ではない。ただ、「教会」に背いたという理由で断罪されたのである。1431年5月23日、「ルーアン城内のジャンヌの牢に近い一室において」、司教だの、神学博士だの、法学士だのからなる判事たちに取り囲まれた「乙女こと(ラ・ピュセル)ジャンヌ」に、「我等の母なる教会の矯正と決定に服するよう」読み上げられた「訓戒」には、彼女が犯したとされる罪がずらずらと並べられていたが、その全ては畢竟、この「訓戒」の最後の一文に集約されるように思う。曰く。


 余が汝に「われ唯一の聖なる公教会を信ず」という信仰箇条を数度にわたって説明し、すべてのキリスト教徒は、特に啓示やこれに類することに関しては、その言動を地上の教会に服せしめなければならぬと説いても、汝はこれに従わなかった。
 本条に関して学者達は、汝は分派的であり、教会の統一と権威に関して誤っており、背教者であり、今日まで信仰において危険な誤りに陥っていると述べている。

 (『ジャンヌ・ダルク処刑裁判』 高山一彦・編訳)


 これを読むと、ジャンヌは「魔女」、即ち明確な「反キリスト者」としてではなく、「異端思想を抱いたキリスト教徒」として裁かれたのだ、と考えられないだろうか。このふたつを分けて考えることには、きっと教会は難色を示すだろうけれど。

 前置きがやけに長くなったが、私はここに、キリスト教(特にローマカトリック教会)における「異端」とは何なのか、という、より普遍的な認識を得る手がかりを見出せると考える。無論この異端審問は、イギリス方の意向のもと、必ずジャンヌを有罪にすべく進められた、根本において「インチキ」な裁判である。よってこの裁判の記録から、「異端」というものをカトリック教会が歴史的にいかなるものとして捉えていたのか、そのヒントを得ようとするのならばそれなりに扱わなければならない、とはいえよう。しかし「インチキ」だからこそ、なり振り構わず神学的な理屈を堂々と持ち出している、ともいえないだろうか。相手の反論など気にせず、ただこちらの「正義」だけをそのまま振りかざせばいいのだからである。だとしたならば、むしろ教会の考え方が純粋にあらわれている、という見方も可能ではないだろうか。

 「異端」とは、「正統」の対義である。両者は表裏の関係にあり、「正統」を知るためには「異端」すなわち「非正統」とは何かを知らなければならないし、その逆もまた真である。だがそれは、「異端」の何たるかを知れば、「正統」の理解を深めることができる、とも言い換えることができるだろう。我々「異教徒」が、キリスト教を理解することはそう容易いことではないが、ここに、そのためのひとつの道を見出すことはできそうだ。そしてその方法を取ることについて、今回取りあげるこの『異端の歴史』という本を読めば、さらに自信を深めることができるだろう。

 この本で扱われるのはあくまでもキリスト教の枠内であり、「厳密にいうなら正統教義からの逸脱」であるのが「異端」である、という基本態度のもと、異端というものの歴史を追っていく。面白いのは、キリスト教という宗教の最初期、即ち教会というものの体裁が整わない頃からすでに、何が正統で何が異端なのか、意見の対立があったということである。いやむしろ、互いに対立する様々な見解から、多数の意に適うものを選択していくことによって、所謂「正統教義」というものが形作られていった、というのが正しい見方だというべきだろう。

 これは、元来がキリスト教というものが、いわば「ユダヤ教の異端思想」として始まった、ということに起因するのではなかろうか。即ち、それは正統的ユダヤ教の教義から逸脱した、教義の新しい「解釈」から生まれた、ということである。それは伝統的、太古的な意味での「信仰」ではなく、もっと理知的、理性的な出自をキリスト教がもっている、ということを意味する。こう考えると、最初から「意見の相違」がその内部にあったとしても不思議はないだろう。

 グノーシス主義が、このキリスト教黎明期に、異端思想としてたち現れたことには、こうした見方からすると非常に興味深いことだと思う。 

 グノーシス主義と呼ばれるものを定義することは非常に難しいし、その発端をどこに見出すべきか、それを決定することはさらに難しい。最初からそれはキリスト教内のある傾向として生まれたのだという意見はあるし、それはそれである程度の真理は含んでいると思う。が、私としては、ここで扱うべき所謂「キリスト教グノーシス主義」というものは、オリエントやその周辺にキリスト教以前からあったある思想的傾向が、キリスト教と合流して生まれたのだ、と考えるほうが自然だと考える。この『異端の歴史』の筆者も、「キリスト教以前のグノーシス主義」という言い方をしているので、私と同じ考え方であるようだ。

 ただ、ここで重要なのは「キリスト教グノーシス主義」というものなので、その発祥の時期のことに拘泥するべきではないだろう。注目すべきは、この本の筆者も書いている通り、この思想のうちに、ギリシアのオルペウス教的反宇宙論やプラトンのイデア論、あるいはユダヤ教の秘義であるカバラ等の色濃い影響を見ることは比較的容易だということである。つまりここから、その発祥の時期は措いておくとしても、元来からして「キリスト教グノーシス主義」というものは非常に「理知的」だということがいえると思う。

 「知識」を意味する「グノーシス」の名を持つのも故なしとしない、というところであろうか。私がいいたいのは、グノーシス主義とは、太古的な意味での「信仰」よりは、一個の思想、もっといってしまうならばある種の「形而上学」であり、神への畏敬あるいは畏怖の念ではなく、神と世界とについての「解釈」である、ということである。

 上で私は、キリスト教自体についても、やはり「理知的」であるとした。ここから、キリスト教とグノーシス主義的傾向とは、もともと強い親和性があったのだ、と私は考える。いや、「太古的」な宗教であるユダヤ教と比較するならば、人々がより「理性的」な存在となってから生まれた、新興宗教といってしまってもよいキリスト教にとっては、グノーシス主義こそが、本当に相応しい「神学」だったのではないか、とすら思う。

 例えば、神が創造したはずのこの「世界」に、「悪」が存在することの矛盾について、「至高神」と「創造神」とをわけて考えるグノーシス主義は、非常に「論理的」に、簡潔に説明し得ている。太古的な善悪の曖昧さ、模糊とした神の両義性から脱し、イエス・キリストという名の正義というもの、絶対の善性というものの上にたつキリスト教にとっては、実はとても「都合の良い」考え方だったといえるだろう、ということだ。

 キリスト教の黎明期に、グノーシス主義がその内に現れたということが、興味深い、と私が書いたのはこうした意味においてである。つまりグノーシス主義がそれだけキリスト教の本質に近い所にある、ということを意味するからなのだが、それは結果として「正統教義」たり得ず、「異端思想」として終わってしまった。

 その原因について、簡潔に述べるのは容易ではないけれど、私としては、やはりグノーシス主義者たちが、自らを「特別視」しすぎたことが第一だと思う。神と世界とについての、真の「知識(グノーシス)」を持つものだけが、この「悪しき世界」から救われるのだ、という基本態度は、多分古来の秘教の影響なのだろうが、それは必然的に「一握りの選良」だけが救われるのだ、という狭隘な選民思想に陥る。「信じる者は救われる」というのは宗教とというものの本質だともいえるのであるが、それが極端になってはいけない、ということだ。

 なぜなら、多数者を救えない思想は結果として少数の支持者をしか得られないからである。多くの人々に門戸を開く教えが、多数者の支持を得る。そして結局、「正統」であるか「異端」であるかを分けるのは、この本の著者のいう通り、大勢がどちらに傾くのか、であって、論の正誤や優劣ではない、ということなのだ。ただここで留意すべきことは、それはいいかたを変えるならば、少数の支持しか得られない「異端思想」だからといって、それが間違っているとか、邪悪であるとかを直ちに意味する訳ではない、ということである。

 ジャンヌ・ダルクは、沢山の「正統教義」支持のカトリック神学者たちに囲まれた異端審問の場で、ただひとり、少々狂信的だが、あくまでも素朴な田舎娘のぼんやりした頭から生まれた信仰に従い、異端者として裁かれた。だが彼女の信仰態度は、裁き手である厳格な律法主義者たちを、その純粋さから感動させることが少なからずあったといわれる。そして裁き手たちに、自分たちは「本物の聖女」を裁いているのではないか、という怖れさえ抱かせたという。

 元来、ユダヤ教のガチガチの律法主義への反発から、キリスト教が生まれた、という側面もあったはずだった。しかし自らがスコラ的律法主義に陥ってしまったカトリック教会に、もっと自由な信仰というものをみせたのが、ジャンヌだったのかもしれない。そしてそんなジャンヌのことを、後世において「宗教改革の先駆者」だというものさえいることもまた面白い話だ。そしてそれは、全面的に支持はできないにしても、ある真理をいい得ている見解だとは私も思う。少なくとも、「教会を必要としない」というジャンヌの信仰と同じものを、後の宗教改革者達もまた主張し、それはやがてある新しい勢力の「正統教義」となっていくのである。

 支持者の数が、優劣や正誤を必ずしも決定する訳ではない。この『異端の歴史』という本において、著者はこのことを強調する。我々がこのキリスト教の歴史の一側面から何かを学び得るとすれば、すなわちこれなのではなかろうか。

 今回の衆議院選挙にちなんで、という訳でもないが、議会制民主主義の場では、「少数意見の尊重」が大切であると、我々は中学校で勉強しているはずである。単に支持者が少ないからといって、ある意見を多数者の意思のもとに封殺してしまうことは、やはり危険なことである。

 なぜなら、それは「今はまだ」支持者が少ないだけで、将来的には大勢となるべき、公共の利益に適う「良き意見」である可能性があるからである。しかし我々は、やっぱりここでもこうした大切なことを忘れてしまっている。各政党の意見を云々する以前に、その前提となる民主主義の在り方について、我々が学ぶべきものは少なくないようである。現在のこの国の政治になにか不都合があるとしたら、それはあるいは政権与党のせいというより、この国の民主主義のありかたそのものの欠陥かも知れない。そしてその責任は我々自身にある。この国の主権者は、国民である。


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Knowyourthrush.com 2018-10-16 (Tue) 01:36