FC2ブログ

乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

日々の出来事 39


 秋葉山本宮 秋葉神社


 浜松市天竜区の、春野町という山間の街にある秋葉神社に行ったのは、十月の初めのことであった。妻が行ってみたいとうので家族で訪れたのだが、このことは、記事にするつもりはなかった。

 なぜかというに、私は今、相良から青崩峠を越えて信州へと至る、所謂「塩の道」を、何回かにわけてスーパーカブで走っている最中であり、その過程において、次に走るのがこの秋葉神社のある区間であるからだ。よってこの神社については、カブで来たときに記事にするつもりだった。

 しかし、この十月は本当に雨ばっかりで、どこへも行けずに慢性的なブログネタの枯渇状態が続いてしまっているので、書いてしまうことにした。今のところ、カブで「塩の道」の続きを走るのはいつになるのかわからないし、ま、そのときはそのときであらためて、ということで。




akiba1_convert_20171105160241.png

 場所はここ。山深い天竜川水系上流域、近くには犬居城址、あるいは家康の長子信康の切腹で有名な二俣城址などがある。(こちらをご参考に。「犬居城」。「二俣城とその周辺」。)




IMG_1857_convert_20171105153333.jpg

 秋葉神社には、上社、下社と、ふたつの社があるので、まずは山上の上社へ。この大鳥居の前が駐車場になっているので、車はそちらへ(混雑時には他にもあります)。麓からここまで、あんまり道幅のない林道をあがってこなければならない。すれ違いがきつい場所もあるので、注意。




IMG_1863_convert_20171105153358.jpg

IMG_1867_convert_20171105153425.jpg
 
 大鳥居を過ぎると、こんな石段が続いていく。




IMG_1871_convert_20171105153448.jpg

IMG_1872_convert_20171105153523.jpg

 周囲は「秋葉杉」と呼ばれる杉林。その植林が始まったのは文明年間(1469年から1487年)だという。




IMG_1878_convert_20171105153611.jpg

IMG_1881_convert_20171105153639.jpg

 やがて見えてくるのが「神門」。




IMG_1883_convert_20171105153703.jpg

IMG_1885_convert_20171105153725.jpg

IMG_1886_convert_20171105153747.jpg

IMG_1888_convert_20171105153811.jpg

IMG_1889_convert_20171105153836.jpg

IMG_1891_convert_20171105153940.jpg

 その細部。




IMG_1890_convert_20171105161541.jpg

 参道はさらに続く。




IMG_1894_convert_20171105154004.jpg

 途中、こんな小さな道しるべが。これは、この道が古来「塩の道」と呼ばれた古道であることを示している。他ならぬ、相良の海岸をスタート地点として、私がカブで信州をめざして辿っている道である。




IMG_1895_convert_20171105154027.jpg

 鳥居が見えてきた。




IMG_1901_convert_20171105154140.jpg

IMG_1905_convert_20171105154232.jpg

 何やらえらく派手な鳥居。




IMG_1908_convert_20171105154256.jpg

 鳥居をくぐって右手に、「神楽殿」。地元のサッカーチームであるジュビロ磐田が必勝祈願に来ているようだ。




IMG_1911_convert_20171105154320.jpg

 この「神恵岩」は、巨大な火打石である。付属の火打金を打ち付けて火花を飛ばすことで、防火、あるいは諸厄諸病の難を逃れることを祈願するとのこと。




IMG_1914_convert_20171105154343.jpg

IMG_1916_convert_20171105154414.jpg

IMG_1917_convert_20171105154441.jpg

 そして拝殿と、本殿。流石に立派な社殿だ。

 もらってきたパンフレットによると、「赤石山脈の遠州平野の突出した最南端で天竜川の上流に位置」する秋葉山そのものをご神体として、「和銅二年(西暦七〇九年)元明天皇の御製」によって創建された、とのことである。

 御祭神は火之迦具土大神(ひのかぐつちのおおかみ)、その名の通り火の神様である。古来、火はいうまでもなく人間の活動というものの根幹を為すもののひとつであり、同時に、火山や山火事等、畏怖すべき自然力というものの象徴とみることもできる訳だ。

 即ちそれは太古的な意味での「神的なもの」と典型的に呼ばれ得る。709年の創建、という公式アナウンスをどこまで信じるべきか、無論「科学的」には一思案すべきであるのかもしれないけれども、しかし、その信仰の発端はというと、それよりもはるかに以前から始まっているのだ、とみるべきではあろう。そしてある信仰、宗教の歴史的変換というものには、そうした太古的な、自然力に対する素朴な畏怖心から、倫理や社会秩序の維持、時代精神等と関連づけられた論理性への変化の過程、という側面がある。

 ここ秋葉山においても、それは上述の秋葉神社の創建という出来事によって、神道という、この国に特有の宗教的秩序へと組み込まれる、あるいはその秩序の発展の一端を担うこととなる象徴的な出来事を経てより後にも、やはり受動的にも能動的にも様々な変化をみせてきた。その様子は、社号の変化に端的に見ることができるだろう。パンフレットより引用。


 【御社号】
 御社号は、上古は「岐陛保神ノ社」(岐陛は秋葉の古語)と申し上げたが、中世両部神道の影響を受けて「秋葉大権現」と称し、明治初年教部省の達で権現の号を改め「秋葉神社」となったが、昭和二十七年全国の秋葉神社の総本山であるところから「秋葉山本宮秋葉神社」と改称した。



 「両部神道」は我が国における所謂シンクレティズムであり、古来の神道的世界観の仏教的解釈、である。こう書くと、仏教の主導によって神道がそれに取り込まれたように感じるし、実際この用語は、そうした観点からこの出来事をみて説明する概念をあらわすものとすべきなのだろうけれど、私としてはこの出来事は、太古的多神教特有の受容力がここでも発揮され、新来の仏教が神道に組み込まれたものだと思われる。

 江戸時代、戦乱の世が終わり、各地に都市が発達すると、木造家屋が密集する我が国の都市構造の特徴から必然的に火事が増加し、その為にか秋葉信仰が全国的な流行となった。その際、全国からこの秋葉山にやってきた巡礼者の祈願の対象はというと、上記火之迦具土大神ではなく「三尺坊大権現」であったようなので、その点では「仏教主導」とみるべきなのかもしれない。

 ただ、この頃の秋葉信仰の流行というものは、それ以前から各地にあった「火の神様」への土着信仰が、「秋葉信仰」の名の下に集合、同化されたものと観るべきで、そうした観点からはそれはやはり本質的には古来の自然崇拝の延長にあるものとすべきだろう。だいたい「お参りに」というのは実に「神道らしい」もので、ちっとも「仏教らしく」はない。私が日本の神仏混交を「神道主体」とみるのはそれ故にである。

 いずれにせよ明治になって、所謂「廃仏毀釈」の流れの中で再び神仏は分離され、当神社もいわば古来の在り方に戻った、といえるのだが、面白いのは、分離された方の「仏教的秋葉信仰」のほうも、「秋葉寺」というお寺としてこの山に残っている、ということである。このお寺は、この秋葉神社から1kmと離れていない場所にある。



 
IMG_1898_convert_20171105154050.jpg

IMG_1899_convert_20171105154111.jpg

 そして仏教的なものの名残は神社の中にも。「天狗さまみくじ」。天狗は、その装束からもわかる通り、山岳信仰と密教の修験道と、その双方との関連があるとみるべきものだろう。信仰等いうものは、そうそう号令通りにくっついたり離れたりはできないものである。(ちなみにおみくじは大吉でした。)




IMG_1922_convert_20171105154519.jpg

 拝殿近くからの景色。遠く浜松の中心市街地、さらにはその先の遠州灘まで望める。

 


IMG_1873_convert_20171105153546.jpg

 紅葉には少々時期が早かったようだが、




IMG_1926_convert_20171105154603.jpg

IMG_1927_convert_20171105154629.jpg

 さすがは山の上、種類によっては色づき始めている木もあった。




akiba2_convert_20171105160300.png

 次は、下社へ。場所はここ、麓にである。




IMG_1940_convert_20171105154712.jpg

 お参りの前に、子供がお腹がすいたと騒ぎ始めたので、気田川の河原でお弁当を食べた。天気もよく、気持ちがよかった。




IMG_1971_convert_20171105154736.jpg

 さて、秋葉神社下社へ。


 

IMG_1972_convert_20171105154801.jpg

IMG_1977_convert_20171105154830.jpg

 上社よりもこじんまりとしているが、こちらの方が雰囲気がある。




IMG_1978_convert_20171105154855.jpg

 巫女さんがどこかへ……




IMG_1979_convert_20171105154922.jpg

 拝殿。

 では、秋葉神社参りもこれで終わり、である。この下社から上社にへと続く本来の参道こそは、私が次に辿るべき「塩の道」の続きなのだが、歩いて二時間強の登山コースになる。近いうちに挑戦しようとは思っているんですけれど、ね。それでは、また。




IMG_1930_convert_20171105154652.jpg

 おまけ。上社境内に。「火伏の神」のお社で、山火事なんか起こしたらシャレになりません。ご注意を



にほんブログ村 バイクブログ カブ系へ
にほんブログ村

スポンサーサイト



PageTop