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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

花倉城 その2


 花倉城 その2


 「その1」で書いた通り、道を間違えて歩かなくてよいはずの炎天下の山道を歩いてやっとたどり着いた花倉城だったが、そこで撮った写真が根こそぎ失われるという、信じがたいような悲劇が起きた。長年使ってきたMacBookAirがこわれ、中のデータもろとも再起不能となったのだ。こうなるともう、もう一回花倉城へ行き、写真を撮り直してくる以外にない。と、いうことで、早朝5時、夜明け前に自宅を出発、もう一度花倉城を目指した私とスーパーカブ110であった。

 しかし、9月のシルバーウィーク、残暑どころか真夏かと思われるような炎天の下で汗だくになった前回とは一転、11月上旬ともなればもう、朝は寒くてなかわない。たっぷり着込んで脇目もふらずに目的地にむけてひた走る。道は、少なくとも途中まではわかっている。県道381号から、藤枝市内の「大手」の交差点を山の方に曲がって、そのまま進むのがわかりやすい。あとは、国1バイパスの高架道路の下をくぐって、葉梨小学校をこえたところを左折すればよいのだ。そこからはまた、カブで城跡まで行ける道を探さなければならないが、とりあえず、その小学校の曲がり角まで行ってみた。すると、




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 なんと、工事通行止め(笑)。もう、どうあっても素直にお城まで行かせてくれないようである。仕方ないので迂回する。ここよりもうひとつ北側の道を左折し、しばらく走ると、




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 ここに出た。私は写真左方向から走ってきた形。本来ならば、写真奥のほうから、まっすぐ川に沿ってここへ来るつもりだったのだ。ま、これで一応、本来走りたかった道に出られた……はず。




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 しばらく北に進むと、新東名高速の高い高架道路の手前に、この交差点。今川氏ゆかりの寺、「長慶寺」への案内看板とともに、




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 こんな道しるべ。やはりこの道で正解であった。「長慶寺」へは帰りに寄ることにして、まずは花倉城址をめざそう。




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 のどかな風景。しかし、市街地よりもまた一段と空気が冷たい。




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 途中、ところどころに道しるべ。見逃さないよう、ゆっくり走る。




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 だんだん道は狭くなり、




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 貯水池の辺りに、別れ道。ここを左折、急な坂を登る山道になる。




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 こんな感じ。狭いながらも舗装はしてあるが、コンクリートの舗装ででこぼこしているので、走行には注意が必要。




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 なんだか見覚えのある場所。前回私は、この脇道から、いま走ってきた道に出てきたのだった。つまりここから先は、前回歩いた道、ということになる。よってその過程は省略するが、カブで走ってもなかなかの坂道で、こんなところをよくも歩いたなあと我ながら感心(笑)




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 はい、到着しました。前回の苦労が嘘のよう。ガソリンエンジン万歳!




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 この日の日の出時刻は6時11分。城跡到着は6時20分頃だった。

  建武四年(1337年)の青野原の戦いにおける勲功により、足利尊氏は今川範国に葉梨荘を与えた。これがすなわち「駿河今川氏」の初めであり、よって範国がその初代、とされる。

 通説では、今川氏は第三代泰範の時代に至るまで、葉梨荘すなわちこの花倉の地を本拠としていた、とされているが、小和田哲男氏は著書『駿河今川氏十代』のなかで、初代範国のときにはすでに府中すなわち後年の駿府、現在でいうところの静岡市にその本拠地を移していた可能性があるとしている。いずれにせよ、名門駿河今川氏が、花倉からその歩みを始めた、ということはいえそうである。

 花倉城の築城時期ははっきりしないようだが、この駿河今川氏の最初の三代のいずれかの時代であろうとされているようである。標高296mの山上に築かれた山城で、その主要部の規模は、東西140m、南北360mに及ぶという。




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 例によってひどく見にくいけれど、一応、現地に掲示してあった見取り図を。図の最下部が、現在地ということになる。




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 では、城跡を歩いてみましょうか、というところで、長くなってしまったので次回に。ああ、また城跡内にまで辿り着けなかった(笑)



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