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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

カブで史跡めぐり 3


 高天神城 その3


 高天神城の弱点である西側を攻め、攻略した武田氏は、 今度は自分たちがこの城を守る立場におかれるにあたり、その弱点を補強するために幾つかの堀を築いた。





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 それが、この「から堀跡」。諏訪原城や小山城でも見た、武田お得意の横堀、といったところか。




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 これもまた防御設備のひとつ、「堀切跡」。近くの説明書きによると、山城を攻めるときは、尾根伝いに攻め登ることが多いため、守る方は、その尾根をこうして遮断するのだそうだ。

 こうして、高天神城はさらにその守りを固められた。だがそれに対し家康は、周囲に横須賀城等を築いて着実に高天神城を囲い込んでいき、天正八年(1580年)、五千の軍勢をもって高天神城を包囲、前回とは攻守が逆転した形で「第二次高天神城の戦い」が始まる。ただこの戦い、家康が兵糧攻めという方法を取ったために、かなり凄惨なものとなった。

 城主は、元は今川氏の家臣であった岡部元信というひとであった。家康の包囲に対し、元信は籠城という対抗処置を取った訳であるが、しかし、攻城側が数的に優位な上に、補給路も確保しているこうした場合、籠城は、援軍が期待できるならばこそ意味のある戦法である。援軍到着までの時間稼ぎとしての籠城でないならば、兵糧というものには限りがある以上、それは緩慢な玉砕と同じことである。よって元信も、まずは勝頼に援軍を要請したが、勝頼は北条氏への対応等、諸事情により援軍をだせる状況にはなかったらしい。

 それを知ってか知らずか、信長は家康に、元信が降伏してきてもそれを受け入れるな、という内容の書状を送っている。つまり単に高天神城を取るというだけでなく、勝頼が高天神城を見殺しにした、という形にすることで、勝頼の名望を貶め、その後の武田氏攻略をやりやすくする狙いが、信長にはあったらしい。

 援軍も得られず、降伏もできない高天神城方は、兵の大半が餓死するに及び、元信以下の生き残りは、最終的には城を出て絶望的な攻撃を家康軍にしかけ、城主をはじめそのほとんどが討ち死にする形で、この攻城戦は終結した。信長の狙い通りか否かは別として、事実高天神城を見殺しにしてしまった勝頼の求心力は低下、それは武田氏の滅亡にも繋がる致命的なものだったともいわれる。そして高天神城はこの戦いを最後に廃城となり、その役目を終えることとなった。先日行った小山城の落城の、前年のことである。

 と、いったところで、私もそろそろ戻るとしよう。また井戸の所までもどり、今度は本丸跡等をショートカットできる道で、追手門へ向った。城跡を大体一周歩いてくるのに、私の運動不足の頼りない足腰で、約45分程かかった。まあ、私には程よいハイキングであった。

 本当ならば往路とは違う路で帰りたかったのだが、今回は朝寝坊して遅くなってしまったので、仕方なく同じ道で帰ることにした。しかしただ同じ道を辿るのではやっぱり悔しいので、旧掛川宿でちょっと寄り道をする。





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 「ゲイスベルト・ヘンミィの墓」。天然寺というお寺の前にある。寛政十年(1798年)、江戸城にて十一第将軍家斉に謁見し、長崎の出島に帰るその途上、この掛川宿で客死したオランダ商館長ゲイスベルト・ヘンミィのお墓、である。何やら変わった形のお墓ではある。




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 そして、以前にも来ました、「掛川城」天守閣。遅筆のために記事にするのが遅いので酷く時間差があるが、前回書いたように、実はこの日はまだ三月中旬、ようやくこの前日に福岡あたりで桜の開花宣言がなされたばかりであり、ここでソメイヨシノを楽しむにはちょっと早すぎたのだが……




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 城のそばを流れる逆川沿いの「掛川桜」の並木のほうは、少々来るのが遅すぎたようだった。しかし、散り落ちた花びらが地面を彩っていて、これはこれで綺麗なものであった。


 

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 そのなかでも、まだ多く花を残している木をみつけたので、その前で、今回は失礼することにしよう。旧東海道めぐりを再開するとすれば、西方面はここら辺りがスタート地点となるはず、である。そろそろ暖かくなってきたし、夜明けも早くなってきたので、近いうちにいってみようか、とは思っている。乞う、ご期待。まあ、いくら夜明けが早くなっても、今回みたいに寝坊したら何の意味もないのだけれど。


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