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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

カブのこと 17


 旧東海道 箱根
 その1・中山城跡、箱根峠




 静岡県と神奈川県との県境を越える道といえば、東名高速道路、国道246号線、そして国道1号線、である。他に無い訳ではないが、我々大型トラックの運転手が選択できる道となると、実質この3本に限られる。

 経費の節減のために高速道路を使わず、一般道を走って関東方面に行くとき、私はまず国一は走らない。246号を走る。積んでいる荷物が重い場合には尚更である。理由は様々ある。246のほうが目的地への連絡がよい場合が多いことが大体主な理由なのだが、もうひとつ、国一には箱根越えがあるからである。最大積載量13600kgの私のトラックに、リミットいっぱいの重さの荷物を積んで箱根を走ったりなどすれば、エンジンがオーバーヒートする危険がある。トラックドライバーにとっては、箱根はいまだ難所であり続けており、実際、トラックの交通量は246号のほうが断然多い。

 歴史的にも、もともとは東海道を行く旅人たちも主に足柄峠を越えていたらしい。だから徳川家康もまずは足柄峠に関所を設けた。箱根越えが一般的になったのは、元和四年(1618年)に箱根宿ができてからだという。厳しい取り調べで有名な箱根の関所ができたのは、よって箱根宿開設の翌年即ち元和五年のことである(渡辺和敏著、『東海道の宿場と交通』参照)。

 その後人々は主に箱根を越えるようになったのであるが、また時代がかわって、現代の「馬の口とらへて老をむかふる物」として、「日々旅にして旅を栖とす」るトラックドライバーたちが、足柄越えをより容易にするためにつくられた246号のほうを主に利用するようになった、というのは、こうしてみると面白い話である。産業の中心地の盛衰や移動といった大きな範囲での環境の変化、また、道を行くものの交通手段や通行目的の変化に伴って、道というものも歴史的に変化していく、これまたその顕著なる一例といえるのだろう。そしてさらにまた、その道の変化というものが、逆に環境や通行者の変化を促していくのだ。

 で、わが早朝お散歩史跡めぐりカブツーリングも、東は三島宿まで走ったので、次はいよいよ箱根越え、ということになる。私もそれなりに気合いを入れて準備を整え、夜明けの一時間半前に静岡市の自宅を出発し、次第に白んでいく空を前方に眺めながら国道1号線を走り、おお今日は天気が良さそうだぞと期待に胸膨らませ、いよいよ冷たさを増す朝風にすら心地よさを覚えつつ、前回のゴール地点である三嶋大社に到着、早速、さあここがスタートだ、という写真を撮ろうとバックからカメラをさっと取り出し、大社の鳥居とわが愛車スーパーカブ110をファインダーに捉え、いざとばかりにシャッターを押し込んで愕然とした。

 オートフォーカスがぴくりとも動かない。故障か、と電源スイッチを入れ直したところで思い出した、昨晩の就寝前にバッテリーを充電器につないだことを。そう、カメラのバッテリーを忘れてきたのである。これにはさすがにがっくり来た。がっくりきつつも仕方なくiPhoneで撮影したのがこれである。




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 わがiPhone5君、最近あちこちガタがきて、なんだかカメラの調子も悪く、画像がぼんやりと霧がかったみたいなんだよね……。しかしここまで来て、バッテリーの為に一度帰宅する訳にもいかず、このiPhoneで今回はなんとか乗り切る覚悟を決め、気を落としつつ、そしてまた無用の長物、いや重量物となった一眼レフと交換レンズ一本の重みを悲しくこらえつつ、箱根峠を目指すことにした。




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 道はすぐに国道1号に合流。その先の松並木のなかにあるのが、「錦田一里塚」。日本橋から数えて、二十八里目の一里塚。これは下り線側のものだが、上り線側にもある。道の両側にある一里塚、というものが珍しいらしく、そのため、大正十一年に国の史跡に指定された、とのこと。

 一里塚には決まって榎が植えられている。大久保彦左衛門が、徳川家康に、街道沿いには松を植えたが、一里塚には何を植えるべきか尋ねた際、家康は「余の木(松以外の木、の意)」と答えたのだが、年老いて耳が遠くなっていた彦左衛門がそれを「えのき」と聞き間違えたために、榎が植えられた、という逸話があるらしいが、真偽のほどは定かではない(上記『東海道の宿場と交通』より)。




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 松並木の先で、また旧東海道は現国道1号から左に逸れる。そして旧街道と国道1号は、絡み合うように、それぞれが峠に向けて伸びていく。




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 遠く、富士の麗しき姿。ああ、一眼レフならもっとキレイに撮れるのだろうに。




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 「こわめし坂」の入り口。あまりに坂がきつくて、背負った生米が汗や体温などで蒸されて「強飯(こわめし)」になってしまうほどだ、ということでこの名がついた坂。

 この辺りの旧街道は、石畳を復元する形でハイキングコースとして整備されている。ただ、特に「車両進入禁止」の標識も看板もないので、もしかしたらカブでなら走れるかな、と、試しに進入してみる。




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 しかし、こんな感じでなかなか凹凸が大きく、とてもじゃないが走れそうになかった。仕方なく、旧街道を辿ることは諦め、現国道1号を走る。オフロードバイクならば、あるいは走行可能なのかもしれないが、やはり、走るべきではなさそうな雰囲気だった。あくまでも遊歩道、ハイキングコースとみるべきである。石畳が傷むことも考えられるし、ね。ちなみに、金谷坂の石畳よりは、平らで歩きやすそうだった。金谷の石はいくらなんでも丸すぎる。




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 中山城跡。北条氏の本拠地小田原を守る為の、極めて重要な山城であったが、天正十八年(1590年)、豊臣秀吉の小田原攻めの際に落城。よく整備された史跡で、お散歩コースとしてもなかなか良いと思われる。

 また金谷との比較になるが、諏訪原城趾よりも、芝生を敷かれたりなどしてキレイにされている。さすが箱根は有名観光地、というところだろうが、「兵どもが夢のあと」らしき雰囲気は、諏訪原城趾のほうがあるような気もする。広さは、中山城のほうが広いだろうか。 




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 天守櫓跡。




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 諏訪・駒形神社。




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 あちこち歩き回り、ここから出てきた。駐車場から、国一を百メートルほど登ったところである。仕方なく、国道を歩いて駐車場へ戻る。ここから峠までは、一気に国道1号で走ってしまう。




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 柴切地蔵尊。山中城跡のちかくに。




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 箱根峠。標高846m。静岡県はここまで。この先は神奈川県である。ついに箱根。ついに、という達成感よりは、いまだひきずっているがっくり感に沈みつつ、ここから、箱根駅伝の折り返し地点である芦ノ湖へ向けて下っていく。と、いったところで、続きは次回に。


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