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私とオートバイ・その13 Z750four


 変化 #2 (1994-1995年)




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 富士市の海岸にて。本ブログに初登場の私の姿(二十年前ですが)。安物コンパクトカメラのセルフタイマーで撮影。一発勝負、現像するまで出来がわからないフイルムカメラにしては、奇跡的に上手く撮れたんじゃないですかね(笑)




 良いバイク、であった。これは間違いなく名車だと思った。無論、新型バイクのような軽快さはなく、重くどっしりとしたハンドリングではあるが、素直で安定感のあるそのコーナーリングの感覚は、何というか、癖になるような魅力があった。大きく持ち上がったアップハンドルと、厚みのある車体、そしてダウンステップが生み出す所謂「殿様スタイル」のライディングポジションで、鉄の塊然とした重量感たっぷりの大柄な車体を操るその前時代的な乗り味に、オートバイに乗ることの楽しみというものの、原点をみたような気さえした。

 その形式名称(Z2)から、一般的に「ゼッツー」などと呼ばれる、カワサキ750RSが発売されたのは1973年。それから年ごとにマイナーチェンジを繰り返し、六代目のモデルが、この78年型Z750four、形式名称Z750D1である。その外見はほとんどZ2そのままだが、形式上は別モデルであり、どちらかというと翌年79年発売のZ750FX(D2)に近い、ということになる、らしい。このあたりややこしいのだが、初代の「ゼッツー」から、そのFXまでに共通しているのが、エンジンである。




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 名機、Z2E型エンジン。DOHC8バルブ。私が乗った当時すでに開発から21年、製造から16年が過ぎたエンジンだったが、マルチエンジンらしくスムーズに回る素直な特性で、実に扱いやすかった。Z750FXの1980年モデル(D3型)からは、このZ2Eは使われなくなり、カワサキの750ccモデルは、Z650のエンジンをベースに排気量アップした、よりコンパクトなエンジンを搭載するようになった。

 よって、私が乗ったZ750は、エンジン的にはモデル最後期に属することになり、名機の熟成が最も高まった時期にあたるモデルだ、ということができるだろう。現在、70年代の所謂「空冷Z」の中古車市場においては、古いモデルほど高値がつく状態にあるので何だか錯覚しがちだが、車体の完成度は高年式のモデルの方が高いのはいうまでもない。(いや、マケオシミではないですよ(笑))。だがその「名車」を、私がたっぷりと堪能したのか、というと、残念ながら否、といわざるを得ない。

 「カタナに飽きた」と思い、Z750に乗り換えた私だったが、最初の目新しさからくる一種の興奮状態が過ぎると、何だか、次第にバイクへの情熱が冷めていくのを自分でもはっきりと感じた。そしてこのころ、初めて車を買った、ということ、これは大きな出来事だった。




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 88年式のミニ1000。またヒトクセもフタクセもある車だが、私はこちらに夢中になった。バイクへの興味の減衰が私に車を購入させたのか、それとも、車の購入がバイクへの興味を決定的に失わせたのか、それをはっきりさせることは困難だし、きっとその両方の相乗効果、とするのが一番正しいのだろうけれど、いずれにせよ、アパートの駐車場には車をおかなければならなかったので、バイクは、実家の納屋に保管されることとなり、結果、乗る機会が激減したのは大きかった。

 さらには、古いバイクは手が掛かる、という当り前といえば当り前の事情もあった。古い機械なのであるから、すこしずつ、トラブルが発生するのである。私のZ750においては、特にキャブレターまわりにトラブルが起こった。

 機械というものは消耗品の塊である。殊にバイクにおいては、エンジンがむき出しで雨ざらし陽ざらしなのであるから、痛みも進みやすいというものである。ゴムパッキンだの、ガスケットだの、ブッシュ類だのといった細かい部品の老朽化が、ときに大きなトラブルを呼び込む。古い機械を扱うということは、それらとの戦いであるいってしまってもよいだろう。

 インテークマニホールド辺りからの二次空気、ガソリンコックからの燃料漏れ等々、エンジンの不調に直結するようなトラブルに、立て続けに悩まされた。バイクに乗りたい、と思ったときにトラブルによって乗れないということが何度もあった。やはり、こういう「旧車」は、本当に好きで、トラブルも楽しめるような人でなければ乗れないのだろう。限定解除をして、大型バイクで北海道へ、という目標の全てを成し遂げてしまった後に、そんな手のかかるバイクに楽しんで乗り続けられるほど、当時の私のバイクに対する情熱は強くはなかった。Z750は、納屋に放っておかれる日々が続いた。

 こうなると、もう全ては悪循環に陥る。まずバッテリーがあがる。古いバイクはキックスターターがついているので何とかなるが、しかしいくら四気筒エンジンの軽いキックだとはいえ、50回もキックするのは楽な作業ではない。それが嫌で、ますます乗らなくなる。すると早晩、ガソリンが腐りだす。固化して、キャブレターが詰まる。こうなったら、もう一日や二日では直せない。

 何もかも、交換できる部品は全て交換してしまったならば、あるいはそうしたトラブルからしばらくは逃れられたのかもしれない。しかしそれにはお金が掛かるものだ。アパート暮らしを始めていた私には厳しい話だった。それに、生活費を切り詰めてまで、そんな「レストア」に近いような大修理をしようという気にはなれなかった。

 Z750を購入してから一年が過ぎた頃には、すっかり、実家の納屋の邪魔者でしかなくなってしまった。そしてその頃に、職場のある先輩から声がかかった。知り合いが欲しいといっているんだが譲ってくれないか、とのこと。現状を説明し、動かない状態だがよいかと聞けば、それでいいという。実家から、乗らないなら邪魔だから処分しろといわれていたこともあり、私はその申し出に応じることにした。

 こうして私は、二束三文でZ750を手放した。バイクのない日々が、始まった。

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