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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

訃報に接して —リルケ

 本当は、語るべきではないのかもしれない。「死」というものの否応のない厳粛さの前に、我々はただ黙だし、頭を垂れるのみであるべきなのかもしれない。殊に日々の内にあって生きることにばかり専心して、「死」のことなど思いもせずにいる我々現代人は。

 だが、無心になる、ということもまたできないのが我々だ。殊に、「死」のごとき非日常の事象に直面したときなどには。「物思う」ことを宿命づけられていること、それが我々現代人だと、私は常々考え、ここでも書いてきた。それを、しよう。例え、それが「罪」であったとしても、我々はその「罪」を背負う現代人である他はないのだ、身の程知らずにも、「神の死」を宣言してしまった我々は。

 友人の親父さんが亡くなった。単に、友達のお父さん、というだけのひとではなかった。とくに就職の世話をしてもらったとか、そういうことがあった訳ではなく、ただ、一緒にお酒をのんでバカ話をしたりとか、そんなことをしてもらっただけなのだけれど、それでもやはり、恩人であった。いや、それだからこそ、何のわだかまりもなく親しみを覚えることのできる、恩人であった。

 しかし、その親父さんのことを、具体的にここに書こうとは思わない。ここですることは、やはり抽象的な、「死」について考えること、である。身近に不幸があったとき、いつも私が思い出すのは、リルケの「マルテの手記」の、ある一節である。



 …入念な死に方など、もう今日の時勢では一文の価値もなくなってしまっている。誰一人そんなことを考えるものもないのだ。…(中略)…自分だけの特別な死に方をしようというような望みは、いつとなしに薄れてしまった。やがて、自分だけの死に方も、自分だけの生き方と同じように、この世の中から跡を絶つだろう。何もかもがレディー・メイドになってゆく。…

 (中略)

 …僕は昔はそうでなかったと思うのだ。昔は誰でも、果実の中に核があるように、人間はみな死が自分の体の中に宿っているのを知っていた。…(中略)…とにかく「死」をみんなが持っていたのだ。それが彼らに不思議な威厳と静かな誇りを与えていた。
 (第一部 大山定一訳)


 そう、我々は「死」について考えようともしない。まるでそれがずっと変わりなく続いていくのだといわんばかりに、ただ日々を生きることばかりを思い、明日について思い煩い、10年後を展望し、老後に備え、子供に期待をかける。いつかは死ぬ。だがそれは「知識」にすぎない。それは表層についての軽々しい知識だ。ただ、生が終わる、ということをしか知らない。死について本当は何も知らないのだ。
 
 だが、このことがより深刻なのは、実際に死にゆく人よりも、むしろその死を間近にみる生者にとってではないだろうか。死者は、否応なくその死に際に死を知る。しかし生者は、「ずっと続くこと」を前提として成り立っている生の日常のなかに、突然に姿をあらわした「この世のもう一方の半身」たる死を、否応なく迎え入れ、受け入れなければならないのだから。

 それは「欠落」ではない。我々の生活のなかの、ある慕わしい生者がいた場所、生命が肉に宿り生を営んでいたその場所を、突然、死が占めるのである。「死が自分の体の中に宿っている」ことを忘れてしまった我々、死を「他人事」としか思えない我々は、その否応のない現実に戸惑う。どうしたらよいのかわからない。そこで「レディー・メイド」の登場である。

 医学は、死という、本来個別的なものであったはずの事象を抽象化し、一般化した。それが「科学」というものの在り方だからだ。「特別な死」はそこにはない。だが我々は、生と死の境界をわかつものを、その医学にゆだねてしまった。全面的に、何の疑いもなく。いや、むしろ全面的で何の疑いもない「基準」を欲して、それを医学に求めたのだろう。あとは、最早形骸化した儀式が続く。事務的に段取りを踏んで、事は進められていく。お悔やみの言葉も、悲痛な表情も、その一部である。「レディー・メイド」が、全てを定め、導いてくれる。

 宗教の有無、信仰の有無も、確かに無関係ではないだろう。かつては生死についての教えはここに乞うていたのだから。だがそれでさえ多分表面的なことだというべきなのかもしれない。あるいは、一面的な見方だ、というべきか。どうあれ、リルケのいう、自身における「死の内在性」への、意識的であるよりは無意識的な自覚の有無こそが重要であり、それさえあったならば宗教や信仰の有無は第二義的なものでしかないだろう。

 だが、その「死の内在性」なるものを、我々の意識は再び取り戻せるのだろうか。あるいは、取り戻す必要があるのだろうか。その答えをさえ、我々は最早見失っている。きっと、我々に「共通の」答えなど、もうどこにもないのだろう。各個がそれぞれに、それぞれの答えを見出す他はないのだろう。

 無論、これまで通り、ただ世界の一面だけをみて生き、死に関しては「レディー・メイド」ですませてしまう、というのもひとつの選択ではある。それもまたひとつの生き方だ。だがたった数行の詩句で、その死にありふれた生以上の充実を与えることもまた可能なのだ。リルケの墓碑銘を、ここで読んでみることは意味のないことではないだろう。


 ばらよ、きよらかな矛盾、
 あまたの瞼の下で、だれの眠りでもないという
 よろこびよ。

 (岩波文庫『ドイツ名詩選』より)


 Rose, oh reiner Widerspruch, Lust,
 Niemandes Schlaf zu sein unter soviel
 Lidern.


 この意味深い詩句の謎を解くためには、最低でも、誕生から死までをひと通り経験する必要があるのではないか、とすら思われる。まして、この数語を自分の墓に刻むためとあっては、リルケはその一生の内に、どれほど生と死とについて、思いを深めたことだろうか。

 死に様、というものはある。リルケほどではないとしても、それなりの「死に方」をするためには、やはりそれなりの「生き方」をする必要はありそうである。友人によると、親父さんの死に様は、息子である友人を感嘆させるに充分なものであったようだ。それは単に「最期のひととき」の出来事ではない。親父さんの生涯の、気の遠くなるような積み重ねが、最後の一重ねによって完成された瞬間の出来事だったはずである。だからこそその様子は、見送る息子の心に響いたのである。

 故人のご冥福をお祈りいたします。


マルテの手記 (新潮文庫)マルテの手記 (新潮文庫)
(1953/06/12)
リルケ

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