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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

雪花きそい咲く —川端康成

 桜の時期もあっという間に過ぎ、花に包まれていた枝々も、若葉の緑にお色直しの観がある。だがしかし、確かに桜は春を象徴する花だけれども、実際には春の訪れを告げ知らせる花、なのであり、桜が散る頃からが、春は本格化するものである。

 そうだ、桜花散るとも薫風吹き止まず、桜木より眼を移せばあたり一面百花繚乱の趣き、遠景には新緑に包まれて正に笑うが如き山々、道行くは大きすぎるランドセルや様にならない学生服、見上げる空には霞か雲か杉花粉かはたまた大陸産のPM2.5か、まあとにかく、世はあげて春を寿ぐようで、その様は相変わらずつまらない日々を迎えては送る鬱屈した中年男の心持ちさえも、なんだか浮かれさせ、何かイイコトありそうな気がしてくるのだから大したものである。

 だが一方において春は、どこかセンチメントだのノスタルジーだのを刺激するような、憂いを隠しもつ季節であることも確かで、昔のことなどを思い出し、ちょっとため息のひとつもついてみたくなる気持ちにもさせられる。これは秋の憂愁とはまた少し違った性質のもので、胸を刺すような物悲しさではなく、やはりどこか暖かみをおびて胸元に解け入るような、そんな心地よさをもったさみしさであるところが、面白いところである。

 と、いったところで、今回はある思い出にまつわる「人生を凌ぐ一行」。


   国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。


 川端康成、『雪国』の一行目。なんでまたこんなバカバカしいほどに有名な一行をわざわざ引っ張り出してきたのかというと、まさにこんな一行のようなことを経験したことがあり、そしてそれがあまりに印象的であったからだ。

 もう、十年か十五年も前の話である。私は仕事で、真夜中の関越自動車道を東京から新潟へ向けて走っていた。時期としては、四月の二十日前後であった。その年は春の訪れが遅く、桜の開花も遅れたのではあったが、さすがにもう寒気は去り、春は盛りを迎えていた。私は静岡生まれの静岡育ちであるから、当然、雪道の運転など慣れているはずもないので、その仕事が二ヶ月前でなかったことに感謝しつつ、群馬県を抜け新潟県へと入る県境をなす関越トンネルに、車を走り込ませた。

 全長が11kmに及ぶ、この関越トンネル。このトンネルを抜けたところで、私は信じ難い光景に直面した。雪、であった。空からはもう完全に本降りといっていいほどの雪がひっきりなしに降りきたり、高速道路の路面を一面真っ白にしていた。こうなると当然交通規制がかかる。通行車両は全車、トンネルを出てすぐのパーキングエリアに誘導され、そこで雪用タイヤやタイヤチェーン等の冬装備のない車両は止められていた。確かに、道はトンネル出口からずっと下り坂が続くので、ノーマルタイヤで走るなんてことは自殺行為に等しかった。

 全くの不意打ちであった。新潟は雪国、とはいえ、四月も二十日あたりとなれば、さすがにもう春である。北海道ですら、雪解けを迎える時期である。こんな時期に、まさか雪にやられるとは、地元の人たちですら思っていなかったに違いない。

 私の乗っていた車は、たまたままだスタッドレスタイヤを履いていた。同僚と、もうタイヤ交換しなきゃね、なんていっていた矢先の出来事であったから、本当に冷や汗ものだった。私は恐る恐る、その坂道を新潟方面へと下っていった。「国境の長いトンネルを……」。思わずこの有名な一文が私の口をもれた。だがしかし動揺していたのであろう、その状況だけではなく、この出来事が起こった舞台まで、まるきりあの小説と同じであったことにまでは思い至らずにいた。

 そうなのだ。関越自動車道の関越トンネルといえば、群馬県のみなかみ町から、谷川岳の下をくぐって新潟県の湯沢町へと抜けるトンネルなのであるが、これはまさしく、『雪国』の主人公が列車に乗って辿ったあの清水トンネルと全く同じ場所にあるのである。このことにやっと気付かされたのは、その仕事の帰り道のことであった。

 新潟市での仕事を終え、私は同じ関越道を今度は東京方面に走り始めた。雪はもうやんでいたが、道がまた関越トンネルに近づき、山間に入るにつれ、周囲は雪景色になっていった。やっぱりすぐには融けないよなあ、なんて思いながら周囲を見渡していた私の眼に、飛び込んできたのは桜の木であった。

 それは、雪景色のなかに満開をむかえた桜の姿だった。遅れた開花と、時期外れの雪が偶然に生んだ絶景だった。美しい山間の、花と新緑に包まれた春の景色に、真っ白な新雪が装いを加えた、えもいわれぬ調和であった。

 車を運転している私は、当然ゆっくりそれを眺めることなどできず、実に悔しい思いをした。その悔しがる私の眼に次に飛び込んできたのが、「越後湯沢温泉」の看板であった。そこでようやく、「あ、そういえば!」という訳である。

 今回の、「人生を凌ぐ一行」が読める本。



雪国 (新潮文庫 (か-1-1))雪国 (新潮文庫 (か-1-1))
(2006/05)
川端 康成

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 私はまだこの「名作」を一回しか読んだことがない。正直いって、あんまり印象に残っていない。読んだのが若すぎたのか。ただ、川端康成の文体が、何となく、合わないと感じることも確かである。短編には、面白いなと思ったものもあるので、また読み返してみる、というか、もうすこし気を入れてこの作家のものを読んでみてもいいのかもしれない。なんといっても、川端康成、ですからね。



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