FC2ブログ

乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

日々の出来事 20

二年という月日

 先日、ある山に登った。静岡市内の霊山寺という、観音堂がある山である。山といっても、登り口から大人の足で、中腹の観音堂まで十五分程度のものだが。

 この山、二年前にも登った。その時のことは、記事にした (こちら。 日々の出来事 15 「観音さまと山桜」 )。親戚のオバサンのウチの近所でお祭りがあり、親戚連中が集まるので出掛け、そのついでに登った、なんてことを書いた。去年は忙しくて参加できなかったが、今年は行けた。消費税増税前の、駆け込み需要の嵐が去った後の、この静けさのおかげである。仕事が少ないのは困ったものだが、このヒマを利用しない手はない。この時期、観音堂は桜が見事なのである。




IMG_0687_convert_20140409175750.jpg

IMG_0697_convert_20140409175827.jpg

 山の様子は、二年前から変化はなかった。数百年の歴史を持つこの古刹に、たった二年で変化などありようがないのである。しかし、数十年の歴史をしか持ちようがない我々人間となると、話がかわってくる。特に、幼い子供にとっては、二年とは途方もなく長く、そして変化するに充分すぎる時間である。

 二年前、上の娘は三歳、下の息子は一歳であった。その彼らも、それぞれ五歳、三歳となった。毎日みていると、あまり実感できない彼らの成長だが、このささやかな山登りで、存分に思い知らされた。

  二年前には、息子が妻の背中にオンブヒモでくくりつけられてまるっきり眠っていたのは勿論、娘も早々にギブアップしてしまい、登りも下りも私が抱っこをする羽目になって、私の足腰を強烈に痛めつけてくれたのだった。それが、どうだろう。今回、彼らは自力で登り、下ってきたのである。



IMG_0682_convert_20140409175707.jpg

 スタート直後。さすがにこの勢いは保てなかったが、ふたりの足が止まることはなかった。

 片道十五分、とはいえ、なかなか道は急峻で、石段らしきものが設けられてはいるが、その一段一段は、大人でも、ヨッコラショと一歩毎に声が出る位に高く、三歳児にとっては、腰ぐらいも高さのある段差を乗り越えて行くような具合なのである。だから息子には、ほとんどロッククライミングのように感じられたに違いない。しかし彼は歩き抜いた、というよりよじ登りきった。私に似ず、なかなか根性があるようである。

 そして、五歳の娘。彼女は実は、幼い頃から成長に遅滞があり、歩き始めが極端に遅かった。やっとなんとか自力で立つことができるようになったのは、もう二歳の誕生日も過ぎてからであった。それまでは、なんだか身体が力なくフニャフニャしていて、ちっとも立てそうな雰囲気がなかった。保育園で、他のクラスメイト達が元気に走り回るなか、お尻をついて這いずるばかりの我が子を見て、正直なところ、我々夫婦は彼女が車椅子を使用するようになることも覚悟した時期もあった。だから二年前には、まだ彼女は歩き始めて一年も経っていなかったのである。

 その娘が、二年が過ぎて、ひとりで片道十五分の山道を歩けるようになった。それも、常に先頭に立ち、「危ないからもうちょっとゆっくり」と、思わずたしなめた程のペースで。桜の舞い散るなか、小躍りするように山道をゆく娘の後ろを、私は歩いた。

 数百年の歴史をもつお寺にとっては、確かに二年などという時間は一瞬に等しいだろう。数十年をしか生きられない我々の存在なども、その前には微々たるものなのかも知れない。しかしそんな我々だからこそ、短い間に大きな成長をすることができるのだ、ともいえるのだろう。そんなことを、彼女は教えてくれた気がする。

 桜花の咲きこぼれる梢をすり抜けてきたとおぼしき、馥郁とした風にも背をおされ、山の麓のオバサンの家に帰り着いたならば、甘いものなどが用意されてあった。程よい疲れを覚える身体にこれは有難いと手を伸ばそうとすれば、洗面所から出てきた娘に、「パパ、手、洗ったのっ?!」と叱られ、スミマセンと洗面台に向かう私の背を、今度は親戚衆の笑声が後押しする。そんなことにもまたささやかな喜びを覚える、親バカ全開の週末であった。


PageTop