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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

日々の出来事 12

春を待つ

 いよいよ、勤め先の会社がやばくなってきた。これはもう、会社の再起の方策を練ることよりも、再就職のことを早めに考えたほうが現実的だと、そういう次元の話になってきた。とにかく、充分な蓄えがある訳でもなく、実家が資産家だという訳でもない上に、間もなく三歳になる娘と二歳の息子を抱えているのだから、仕事がなくなっちゃいました、お金がなくなっちゃいましたでは済まされない。何とか、生活していくための道を見出さなくてはならない。

 とはいえ、私はもう四十歳だ。特にこれといって金になりそうな資格だの経験だのを持っている訳でもない。再就職はかなり困難だろうと覚悟しなければならない。最悪の場合、「主夫」になることも考える。実は、これはかなり現実的な話だ。私の妻は私よりも十歳も年下であり、学歴も私よりも圧倒的に高いので、その気になれば私よりも身入りの良い仕事に就ける可能性が充分あるのだ。いざというときには、真面目にその道も考えなくてはならない。

 しかし、それはあくまでも最終手段ということであり、できれば私も今から料理の勉強などしたくはないので、何とか道を切り開く努力はしなくてはならない。そこでまず、最悪といわれる現在の求人状況などを調べてみる。「傾向と対策」というやつだ。ハローワークに行く時間はなかなかとれないので、求人情報誌などを集めてくる。

 正社員の募集で、年齢制限にひっかからないもの、となると、営業職か、トラックの運転手、というのが眼につく。営業は、経験がないから何ともいえないが、どうも意欲がわかない。では、トラック運転手はどうだろうか。

 私は以前、トラックに乗っていたことがある。実は、嫌いな仕事ではない。どちらかというと、好きな方だ。とにかく、遠くへ行ける仕事だからだ。勿論、輸送の仕事と一言でいっても、宅配から長距離まで様々あり、一概にはいえないのだが、基本的には、遠くへ行く仕事ほど、給料がいい。うむ、と一思案。トラック運転手か、悪くない。

 無論、今からトラック運転手のみに狙いを絞ってしまう訳ではないが、しかし、経験もあるし、募集も比較的たくさんある、ということで、次なる職場の有力な候補、とすることにした。ただ、私は普通免許しか持っていない、という問題があった。

 私が普通免許を取得したのは、もう二十年以上前のことだから、現在の免許制度下でも4トン車までは乗ることができるし、実際、4トン車には乗っていた。しかし、トラック運転手の求人を狙うならば、ぜひとも大型免許は欲しいところだ。例え実際に10トントラックに乗らないのだとしても、やはり、大型免許を持っているのと持っていないのとでは、履歴書上で大きな差ができてしまう。そしてまた、免許があれば仕事の幅が広がることは、もうはっきりしていることだ。

 そこでわたくし、何と自動車学校へ通うことにした。善は急げ、などともいう。本当に善なのかどうなのかよくわからないが、さっさと入校手続きを済ませ、早速、最初の教習を受けに出掛けてきた。

 十九歳のときに、中型二輪免許(現在の普通二輪免許)を取りにいって以来の自動車学校は、午後19時過ぎからの夜間教習だというのに、驚くほど混み合っていた。考えてもみれば、それもそのはず、そろそろ卒業後の進路の決まった高校生たちが、普通免許取得のために通い始める時期だからだ。待合室には、車を運転するにはあまりに若すぎるんじゃないかと思われるような男女であふれている。なかには、高校の制服を着ているひとまでいる。

 こいつは、まいった。本当に、子どもの中におっさんが混じり込んでいる図に等しいものがある。その若者の集団にすっかり気後れしてしまった私だったが、しかし逃げる訳にもいかず、平静を装ってベンチに腰掛けた。こちらは人生経験において少々勝っている分、ポーカーフェイスは君等よりも上手なのだ。だが教習が始まり、大型トラックに乗りこんでコースに出たところで、もう一度私はたじろいだ。

 久しぶりのトラックであった。そして初めての大型車であった。しかし、私がかつて乗っていたのは、4トン車でも、ワイドのロング、というヤツで、大きさ的には大型の教習車とそれほど違いはなかったので、あまり違和感なく運転できた。問題なのは、周囲の車である。前述のように待合室がこんでいたということは、当然、コースも混雑していた。しかもそのどれもが、考えてみれば当り前ではあるのだが、まだ仮免許も取得していない超初心者の運転する車ばかりなのだ。

 公道でトラックを走らせる場合、正直なところ、周囲のドライバーさんたちの好意に甘えなければならないことが少なくない。4トン車ぐらいの大きさになると、どうしても車線にきっちり収まった状態で走ることができないからだ。対向車線まで大きくはみ出して左折したり、イエローラインをがっつり跨いで走ることなど、そう珍しいことではない。こういう場合、もう嫌でも何でも周りの車に進路を譲ってもらう他はないのだが、皆さん大概、こちらの車体の大きさをみて、道を譲ってくださる。しかし、これを自動車学校のコース内で期待することはできなかった。

 ムチウチになりそうなくらいにノッキングしたり、直線路でモロに脱輪したり、訳もなく対向車線に飛び出しそうになったり、そんな車があちこちを走っている。こういうレベルにある初心者さんたちに、それを期待する方が間違いなのだが、しかしこちらが、コース内を走るには少々でかすぎるトラックに乗っていることもまた、事実である。高校生たちの運転する車に取り囲まれている、と考えただけで、いつドカンとぶつかってしまうかと、私はもうビクビクしてしまった。

 勿論、誰でも最初はヘタクソなのであり、二十年以上も運転歴のある私の方が気を使ってやらなければならないのは当然なのだが、おかげで、たった一時間の教習ですっかりクタビレてしまった。帰宅し、その疲れを肩こりに感じながら、先が思いやられたのだったが、しかし、安くないお金をもう先払いしてしまったのだ。ここでやめる訳にもいかない。ここはひとつふんばって、免許取得を目指そうと心に誓った。

 で、話はかわる。私はときどき、グーグルで自分のブログタイトルを検索にかけてみることがある。なかなか面白いものが検索結果にひっかかることがあり、その一例を、以前記事にしたこともある(こちらです)。数日前、またそれをやってみたら、また、みなれないものがでてきた。それも、幾つも。

 基本的には、勿論、私のブログ記事がずらっと並び、あと、私のブログのリンクを張ってくださっているブログもちらほらみられると、そんな具合なのだが、そのなかに、何やら私の過去の記事のなかの一文を含むものが混じり込んでいるのだ。

 具体的にいうと、ドストエフスキーの『地下室の手記』(よかったら読んでみてきださい)についての記事の一部であり、
 
 『この物語の主人公の言葉、「あまりに意識しすぎるのは、病気である。正真正銘の完全な病気である。」。これが全てだ。この自意識の過剰によって、どうにも身動きが取れず、右往左往し、結果、地下室にこもる他はなくなってしまう。これがこの物語の全てあるし、そしてこれこそが、「現代的病理」の姿なのだ。

 ボードレールはその詩のなかで、酒にであろうと、詩にであろうと、徳にであろうと、何にであってもいいから、とにかく常に「酔って」いろ、といった。これもまた同じく、過剰な自意識からの逃避願望だと、私は解する。覚めた自意識は、我々をただ押しつぶすばかりで、生きる、ということをさせてくれなくなる。そう、我々の主人公のように、だ。』


 という箇所なのであるが、この文章が、幾つもの、ブログページとおぼしきものに載せられているのである。何事か、と、いろいろみていると、それらのページのURLには、皆「tumblr」という文字が含まれていた。

 例えば、ここなど。
 PETAPETA

 このTumblr(タンブラー)なるもの。調べてみると、要はブログサービスのひとつらしいのであるが、私は恥ずかしながら、この度はじめてこれを知ったのだった。その特徴のひとつとして、web上の画像や動画、文章等々のコンテンツを、簡単に拾い集めて並べることができる、らしい。よくわからないのだが、どうやら、そのタンブラーユーザーのなかのどなたかが、まず上記の私の文章を気に入ってくれて、その方のページに載せてくれ、それを元にして、他のタンブラーユーザーの方々へも広まっていった、と、そういうこと、らしい。

 ツイッターすらよくわかっていない私には、どうもムツカシイ話でまいるが、何やら私の知らない世界で、私の文章が一人歩きをしていた感じがして、ちょっと気味が悪い気もした。ただ、あちこちみて歩いたところ、タンブラーユーザーの方々はどうも至極お気楽に、そうしたコンテンツコレクションのごときものを楽しんでおられるようで、まあ、それほど気にすることでもないようだ。 



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 これも、私の文章が載っていたページにあったもの。こういう感じのものと一緒に、私の文章は並べられていた訳です(笑)。

 私ももう四十年も生きてきたはずなのだが、世の中、まだまだ私の知らないこと、学ぶべきことは山ほどあるようだ。そういえば先日、私の父親が、なんとAccessの講習会に行ってきたそうだ。私の父であるから、団塊世代のさらに上、戦中生まれである。ほとんど何だかわからなかったらしいが、その姿勢は見習わねばなるまい。

 そう、学ぶべきはまだ多くあり、学び得るものがあるのならば学んでおくべきなのだ。四十歳での失業は、たしかに厳しいのかもしれないが、しかし、そこから学び得ることもまたあるのだろう。そして私がまだ知らない何かが、もしかしたら私を助けるために、私に学ばれることを待っているのかもしれない。とりあえず、自動学校通いから、がんばってみよう。その先に、春の訪れのあることを信じて。



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 裏の神社の、吹きだまりのような片隅に。春は、確かに近づきつつある。


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