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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

日々の出来事 7

峠越え、あれこれ

 『伊勢物語』の東下りの段。ある男が、「身を要なきものに思ひなして」、京ではなく、「東のかたに住むべき国求めに」、はるばる駿河の国にまで旅をしてきた。そして「宇津の山」にやってきて、これから踏み入ろうという道の「いと暗う細きに、蔦楓は茂り、もの心ぼそく、すずろなるめを見ること」だと思っておりなどしているときに、かつて京で出会ったことのある修行者とたまたま出会う。その修行者に託した、京の「その人」への手紙に。

  駿河なる宇津の山辺のうつつにも
    夢にも人に逢はぬなりけり


 この「宇津の山」とは、わが静岡市とお隣の岡部町(先日コスモス畑のご紹介などさせて頂いたところ)との境をなす、宇津ノ谷峠のことであり、我が家からは車で15分ぐらいのところにある。何年か前からこの宇津ノ谷峠周辺は、遊歩道だとか、ハイキングコースだとか、道の駅だとかといった、観光客誘致の整備が整い、ちょっとした観光地となっている。

 で、せっかくの休日だというのに、またしても予定も金もない我が家。さらには、夜中に何度も二人の子どもに起こされたらしく、妻はすっかり朝寝をして十時過ぎの御起床。ということで、このご近所の観光地に行ってみることにしたのだった。少々天気が心配ではあったのだが。

 国道一号線を西へちょろっと走り、宇津ノ谷トンネル手前の、道の駅「宇津ノ谷峠」に車を停めた。その頃にはもう正午近かったので、そこで先にお昼をとってから、歩き始める。



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 道の駅「宇津ノ谷峠」周辺。写真奥が東、手前が西。この宇津ノ谷峠の面白いところは、この峠を越えるための道が、六つもあることだ。それは、交通量が多いから6ルートある、ということではなく、時代の移り変わりによって、それぞれの時代に見合った道がつくられたのだが、その古い時代のものから最新のものまで、通行可能な状態でみんな残されている、ということなのだ。

 具体的にいうと、まず、「蔦の細道」と呼ばれる、中世から近世にかけて使われていた、現存する最も古い道だ。伊勢物語の東下りの男が辿ったのは、この道、ということになろう。これは、上の写真でいうと左手の方に伸びてる。長らく廃道と化していたらしいが、現在、ちょっとしたハイキングコースとして整備されている。

 次には、江戸時代以降の東海道がある。写真右手に続く、「蔦の細道」とは違う峠を越えるルートだ。しかしこれもまるっきりの山道なので、時代が下るにつれ、交通量の増加に対応しきれなくなった、ということで、山の中腹にトンネルを掘ってしまった。それが第三のルートである、「明治のトンネル」だ。だがこれまた、大正に入って自動車なるものが普及し、その交通に対応できなくなり、昭和の初めに、現代的にいうならばたっぷり二車線の幅員をもつ第四のルート、「昭和のトンネル(昭和第一トンネル)」が新たに掘られた。

 その後、東海道が国道一号線となり、さらに交通量は増加した。そこで、峠越え、というよりは、山の麓あたりを一気に突き抜けるような具合に建設されたのが、「昭和第二トンネル」、即ち第五番目のルートで、昭和34年の開通という。

 だが、天下の国道一号線、交通量はさらに増え続け、この「宇津ノ谷トンネル付近」というのは、長らくラジオ等の道路交通情報では渋滞箇所の常連組のような具合だった。そこで建設されたのが、第六のルート、「平成宇津ノ谷トンネル」だ。開通は平成10年。そして現在、この「平成トンネル」が国道一号の下り車線、「昭和第二」が上り車線として併用されている、という次第だ。これら全てが、現存しているのである。

 ということで、観光を、ということになると、「蔦の細道」か、あるいは旧東海道ということになる。本当は最古の「蔦の細道」にいってみたかったのだが、なにぶん、二歳半と一歳の子ども連れである。ベビーカーが使えない道はしんどい、ということで、この日は「明治のトンネル」をめざすことにした。

 道の駅から歩道橋を渡る。「昭和第二トンネル」出口から伸びる脇道、それが旧東海道だ。



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 その入り口付近。5分か10分ほど、その道を辿ると、やがて道が分岐する。右手が、「昭和第一トンネル」に向う車道。さらに古い東海道は左手だ。



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 道は宇津ノ谷の集落に入っていく。『伊勢物語』の男とは、道も方向も違うが、東海道を西へ向う旅人もやはり、家康ゆかりの駿府城下のにぎわいを後にして、この山間の集落にさしかかれば、こころさびしくもなろうというものと、往時が偲ばれる思いがする。



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 こんな町並みが続く。祝日のことを、小さい頃は「旗日」と呼んでいたことを、思い出す。それぞれの家が、屋号を持っているのが面白い。



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 その内の一軒、「御羽織屋」さん。小田原に北条を攻めんと東へむかう豊臣秀吉がここで休息し、そのときにお気に召したとかで、小田原攻めの帰途にこの家に羽織をくれたそうで、その羽織がまだ所蔵されているそうである。なかなか由緒あるお家。



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 このお宅、軒先に骨董、古本などを置いている。それにひかれてながめていれば、



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 こんな張り紙。



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 さらにはこんなものも。明治天皇! 秀吉にとどまらず、明治天皇もお立ち寄りになられたとは、由緒あるお家、どころの話じゃあない。



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 軒下に。この集落に伝わる、おまじないの団子、だそうだ。これも面白いものだ。



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 道はやがて階段に。車道もあるが、勿論こちらを辿る。妻は一歳の息子を胸に抱き、私は二歳の娘の手を引きつつ、たたんだベビーカーも引っ張る。首には宝の持ち腐れの一眼レフ。なかなかの重労働である。



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 階段の途中の家。石垣が美しい。



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 階段最上部から、振り返る。なかなかの急勾配。じつは、娘が転んで、転げ落ちそうになった。なんとかキャッチしたが、ここを落ちれば「蒲田行進曲」どころの話ではない。いや、ホントにあぶなかった。



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 東海道としては最も古い、峠越えの道の入り口。子ども連れではとても行けそうにないので、今回はパス。石畳の道をいく。



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 やっとあらわれた、「明治のトンネル」。この手前には公衆トイレや、障害者用の駐車場もあり、なかなか綺麗に整備されている。そして、道路脇のパネルの説明文には、全長223メートル、とあった。歩いて向こうまでいってみることにする。現在、車両は通行止めとなっており、歩いてしか通れない。ちなみに、開通当時にはここは「有料道路」であった。以下は、その通行料。

 歩行者、六厘。荷馬、一銭二厘。かご、一銭五厘。一人乗り人力車、一銭五厘、大荷車、三銭二厘。

 高いのか安いのか、よくわからない。



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 トンネル内の照明。勿論近年になって設置されたものだろうが、なかなかのおもむき。



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 内壁。煉瓦造りである。こういう建造物には、素人眼にも、「建築の妙」のごときものが感じられていい。ただのコンクリの壁しかみえないのでは、そこにどんな高度な技術が駆使されていようとも、なにも感じられない。だがこうしてひとつひとつの煉瓦が実際に積み上げられている様を目の当たりにすれば、人の力、といものを直観的に感じることができるというものだ。



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 岡部町側の出口。この荒廃ぶりは・・・? 静岡側とくらべて、あまりにも放ったらかしに過ぎないか。しかしこのもの寂しい風景のほうが、あるいは、かつての明治時代の雰囲気をよく物語っているのかもしれない。もう少し進んでみたい気もするが、子どもが疲れてもいけないので(自分も)、ここで引き返す。



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 帰りに立ち寄った、宇津ノ谷の集落内の慶龍寺というお寺と、



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 その門前にみつけた、橋。幅は50cmぐらい。高所恐怖症の妻は、「渡ってみな」と私がいう前に走って逃げた。



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 最後に改めて、現在の国道一号線を一瞥。明治と平成。隔世、とはこのことかとも思う。

 道の駅にもどり、ちょっと休んでいると、雨が降ってきた。ぎりぎりセーフ。しかしこんなに面白い場所が、こんなに近所にあったとは。金も時間もなくても、楽しみは得られるものだと実感。いつか、「蔦の細道」にも挑戦したいものだ。子ども等よ、早く大きくなれ。父の足腰がぐだぐだになる前に、子ども等よ、早く大きくなってくれ。



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 おまけ。軒下のトカゲ。もうそろそろ冬眠しなきゃ、やばいだろう。えらくのんびりなトカゲだ。

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