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スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

『平清盛の闘い 幻の中世国家』


 詩と真実


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 角川ソフィア文庫 『平清盛の闘い 幻の中世国家』 元木泰雄著
 ISBN978-4-04-409202-3



 「平家物語史観」、などという言葉があるようである。文字通り、平安時代末期の、大体、保元及び平治の乱あたりから、治承・寿永の乱あたりまでの、つまりは平家の繁栄の始めから滅亡までの時代を、『平家物語』的な価値観から眺める史観のことをいうのだが、こうしてひとつの「用語」として眼の前におかれてみると、なるほど、自分もやはりその「平家物語史観」によって、かの時代を観ていたのだなと、あらためて認識させられる。

 ただ私、昨年のスーパーカブの購入をきっかけに、静岡県内の史跡めぐりなんかを始めて、いっちょまえに歴史関連の記事なんか連発してはいるものの、元はと言えば文学好き、というところから始まっているのであり、実証主義的に「史実」を追い求めるよりは、鎮西八郎の強弓の話だとか、義経の鵯越の逆落としだとかいう、ドラマチックに粉飾された「歴史物語」を好む傾向にあることは、確信犯的に自覚してはいるのである。

 よってこれまで、基本的にはある対象が「史実」であろうとなかろうと、ひとつのエピソードしてあまり深く考えずに楽しんでしまう、という姿勢できたし、これからもそのつもりではいる。だがしかし、これによって、不都合というか、なかなかそうもいっていられないような状況、というものも度々生じてきてしまっている、というのも一方において事実なのである。

 例えば梶原景時の慰霊碑を観に行ったときなどがそうである。これについてはいずれまた詳しく書きたいと思っているのであるが、頼朝死去の後、どうして彼が、ほとんど間を置かずに失脚し、幕府の重鎮でありながら、駿河のど田舎で自害しなければならなかったのか、これはどうやら、従来通りの「物語の悪役」としてばかり景時を見ていては、理解が難しそうだと気付かされた。義経が正義、景時が悪、という物語的単純さでは、やはりいろいろと辻褄が合わなくなってしまうのである。

 そしてこれは、『平家物語』全体を形作る図式についてもまた、同じようにいえるのではないかと、ニワカ歴史ファンは考えた。つまり前述の「平家物語史観」でばかりあの時代を見ていると、なんだか大切なものを見損なってしまうのではないかと、そう思った訳だ。そこで、こんな本を手に取ってみた、という次第である。

 この本は、簡単にいうとその「平家物語史観」から脱却して、平清盛とその成した事を評価しなおそうという意図のもとに書かれている。だからして、まずはその「平家物語史観」というものがいかなるものなのか、再確認する必要はあるだろう。


 祇園精舎の鐘のこゑ、諸行無常のひびきあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらわす。おごれる者もひさしからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者もつひにはほろびぬ、ひとへに風のまへのちりに同じ。
 (新潮日本古典集成 『平家物語 上巻』 巻第一第一句、「殿上の闇討」)


 有名な『平家物語』冒頭である。私も中学生の頃に暗唱させられて、未だに憶えている。だが重要なのはむしろこの後、ではなかろうか。さらに読み進めるならば、「とほく異朝をとぶらへば」と続き、秦の趙高、漢の王莽などが例として挙げられ、


 これらはみな旧主先王のまつりごとにもしたがはず、たのしみをきはめ、いさめをも思ひいれず、天下の乱れんことをもさとらずして、民間のうれふるところを知らざりしかば、ひさしからずしてほろびし者どもなり。
(同上)


 といわれる。そして「本朝をうかがふに」として、将門、純友等の「逆賊」の名を連ねた後に、


 まぢかくは六波羅の入道まえの太政大臣平の朝臣清盛公と申せし人のありさま、つたへ聞くこそ心もことばもおよばれね。
(同上)

 
 という具合に、「おごれる者」達の代表格として、平清盛の名が最後に挙げられ、そして物語が始められる、という訳である。この冒頭部が、日本文学史上に残る「名文」とされる理由は、単に読んで心地よい美文である、というばかりではなく、この数行によって、長大な物語を貫く思想、あるいは価値基準、またあるいは主題ともいうべきものを、余すところなく語り尽くしているからである、と思う。

 そしてここで留意すべきことは、上記の「おごれる者」達とは、単に驕りたかぶった者達、というばかりではなく、皆、「正統な王者」ではないにも関わらず好き勝手やった者達、であるという点であろう。これはすなわち、平家、あるいは清盛の台頭とその権勢を、『平家物語』がいかなるものとして捉えているのかを理解する、重要な手がかりとなりそうである。

 つまり、武力によって成り上がり、敬うべきを敬わず、従来の都の秩序を無視して傍若無人に振る舞い、驕りたかぶった結果、その天罰を受けるかのように悲惨な最期を迎える、という図式である。私には、よくいわれるような仏教的な「諸行無常」よりも、この「分をわきまえぬ成り上がり者」がそれに相応しい結末を得る様、というものを、この物語は強く意識して描かれているように思われる。そして、単純ではあるがこの点をきちんと把握してこそ、所謂「平家物語史観」というものも理解されるのだろう。

 つまり「悪役」平家は、如何なる者として「悪役」なりとされているのか、ということである。もう少し具体的にいうならば、天皇家を中心とした、伝統的な、そして天皇家の神格化によって神聖視された支配体制の秩序というもの、それをひとつの「正義」とし、清盛を筆頭とする平家はその秩序を犯すものだと見ることによってこれを「悪」とする。所謂「平家物語史観」というものは、こういう図式で理解できると思う。

 で、その「平家物語史観」を脱しようというのだが、方法は幾つかあるだろう。「善悪の彼岸」から事実だけを客観視し、ひたすら「史実」がいかなるものであったのかを追っていく、という方法もあるし、それは歴史というものの基礎的な研究の為には多分絶対に欠かせない姿勢だろう。ただ、「事実」のみに価値があるというならば、平安末期の社会というものにもまたある価値観があり、そこから善悪の判断がなされていた、ということもまた厳然たる「事実」である。

 だから必要なのは、平清盛が為したことを評価するに、「平家物語史観」にあまりも偏ったものに代表される「現代的」価値観から脱する、ということであって、あらゆる判断を(筋金入りの懐疑論者よろしく)廃してしまうことではない。清盛が、「当時」いかなる評価をされていたのか、それを多角的に検証し、そのうえで、それが歴史の大局のなかでいかなる位置にあるのか、最終的に見極めることこそが重要というべきであろう。

 こうした観点において、本書は実に有意義な内容をもっている、などとニワカ歴史ファンの私がエラそうにいえるものでもないのだが、実際、読み進める過程ではっと気付かされることは少なくなかった。平家といえば、前述の通り武力を背景にのし上がり、権勢をほしいままにした、というイメージで語られるが、出来事を丁寧に追っていくと、清盛が武力を伴った強引な手段に出たのは、その生涯のごく晩年期に限られており、少なくとも、彼は至極まっとうな手段で権勢を強めていったことがわかる。

 無論それは現代的倫理観からはあまり褒められたものではなかったかもしれないが、当時としては、政略結婚も賄賂じみた寄進も、別段責められるべきものでもないだろう。少なくともそれは、かつては藤原摂関家だとて通ってきた道なのである。さらにいうならば、徹頭徹尾武力によって事を進めたのは源氏の方だというべきで、そうした観点からは、不当に成り上がって権力を手に入れた、という評価は源頼朝にこそ相応しいというべきではなかろうか。

 そして、筆者の所謂「幻の中世国家」というもの。清盛が夢見、その実現にまで手が届こうかというところまで至るも死によって叶わなかった、旧来の天皇中心の支配体制をも取り込んだ、武家、公家の別を超えた新たな政治秩序というものを考えるとき、清盛のしようとしていたことの歴史的意義への、再評価の必要性は否定すべくもないと思われる。それはあるいは、鎌倉という遠隔地に打ち立てられた、鎌倉幕府という武家による武家の為の政権よりも、より高度に安定した政体たり得た可能性はあるだろう。

 その詳細は、もう本書を読んで頂くのが一番である。決して大著とはいえない、文庫本にちょうどよい規模の本著であるが、その内容はじつに充実して読み応えがある。そしてこうして新しい視点を手に入れることは、他でもない、この先に 『平家物語』を読み直そうというときにも、新しい楽しみを得られることを意味するのである。こちらのほうがあるいは、私には重要なことなのかもしれない。


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