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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

旅のおもいで・場所 その1

摩周湖

 現在、我が家には子どもがふたり。2歳半の娘と、間もなく1歳になる息子だ。こんな小さいやつらがふたりもいると、なかなか、外出するのも大変だ。私の実家に遊びに行くだけでも、オムツやら着替えやらでおおきなバックがいっぱいになってしまう。勿論、遠出はできない。もう、子どもが小さい内はしょうがない、と諦めるしかない(お金もないし)。

 だが、私は元来、遠出が大好きなのだ。本当は、今も旅行に行きたくて行きたくて仕方がないのである。どこでもいい、「ここではないどこか」に行きたい。以前はよかった。私はトラックに乗る仕事をしていたことがある。普段は市内を走っているのだが、ひと月に3、4回遠出があり、それも、そのときによって行き先が違う、という、素晴らしい仕事だった。それに、私にはオートバイがあった。あの機動性の高い乗り物で、あちらこちらに出掛けることができた。

 そして私自身、独り身で身軽だった。好きなときに、好きなところへ、心の赴くままに出掛けることができた。ああ、本当に、あの頃はよかった・・・などと言っていると、妻に後ろから蹴られるといけないので、ここら辺でやめておこう。諦めて、思い出に浸って心を慰めることにしよう。

 ということで、私の過去の旅の思い出話などを、書いてみることにした。ただ、旅行記、のようなものは書けない。そうしたものを書けるほどの詳しい記録を、残していないからだ。なので、印象に残っている場所だとか、出会いだとか、そうしたものをひとつのテーマとして選び、それにまつわることを、書いてみようと思う。

 今回はその第一回目として、摩周湖を選んだ。私が過去に旅した土地の中で、間違いなく最も思い出深い土地であるのが北海道だ。その北海道には、多くの美しい湖があるのだが、やはり、北海道を代表する湖といえば、この摩周湖だろう、と私は勝手に思っているのだ。あんなにも多くの観光客が訪れる場所でありながら、その近づき難い神秘性を失わずにいるあの湖を、私は一体何度、訪れたのだろうか。

 私は三度、オートバイで北海道を長期ツーリングしている。そのたび毎に行っているし、しかも、一回のツーリング中に何度も行っている。ちょっと、過去の日記などを引っ張りだして、調べてみよう。

 霧が発生しやすくて、展望台から湖面をみることができない日が多いこの摩周湖で、晴天の日に湖面をみると「婚期が遅れる」となぜか昔からいわれているが、私が初めてこの湖を訪れた1993年8月17日は、見事に晴れ渡っていた。

 実はこの年に、晴れた摩周湖を見られた、ということは、本当に珍しいことだったのだ。なぜなら、この1993年の夏は記録的な冷夏で、それは東北地方ではついに「梅雨明け宣言」がなされないままに秋になってしまったほどの酷いものであり、農作物に深刻な影響が出て「平成の米騒動」などど騒がれるほどの米不足となって、やれ米屋に米がないだの、やれタイのインディカ米を輸入するだのと大騒ぎになったのだった。

 おかげでこの年の北海道は異常なほどに悪天候が続き、雨降りばかりで晴れた日などほとんどなく、おまけに我慢できずに厚手の服を買わずにはいられないほどに寒かったのだ。だから、ただでさえ霧が多いことで有名な摩周湖など、まず見られないだろうとほとんど諦めていたのだが、あの日は本当に見事な晴天だった。

 そればかりではない。その三日後にも再び摩周湖に行ったのだが、そのときも晴れていた。その日の日記をみれば、「ソフトクリームを食べた」とあるから、かなりいい天気だったのだろう。しかしその日一日の天候は、「曇りのち雨のち曇り」と記録されている。どうやら、摩周湖だけ晴れていたらしい。ここまでくると、なんだか偶然を超えた「意思」のようなものが感じられてくる気がする。

 次に私が摩周湖に行ったのは、それから四年後の、1997年の7月23日だ。この日も晴れ。その翌日には、私は初めて「裏摩周展望台」から摩周湖を眺めた。これは、観光客が多い「第一展望台」の対岸にある、今はどうかわからないが、当時はまだ「隠れスポット」的な展望台だったのだが、それはさておき、天候はやはり晴れ、だった。その日の日記には、こう書かれている。

「僕が摩周湖に行くと晴れる、というジンクスは、まだまだやぶられない。多和平(その前日にキャンプした、私のお気に入りの場所)はかならず曇る、というジンクス通り、昨夜は曇り、朝になっても晴れなかったのだが、その曇り空のした、裏摩周へむかうと、湖の手前ほんの一、二kmのところで雲の切れ目がみえ、晴れてしまった。」

 多和平という場所は、摩周湖から直線で20キロと離れていないところにある。そこが曇っているのに、摩周湖では晴れてしまうのだ。そしてさらに26日。私はまたしても「裏摩周」に行っている。これで、5回目だ。詳しくは書いていないが、天候は晴れ、とある。ここまでくると大したものである。しかし・・・!

 2005年夏。三度目の北海道ツーリング。8月1日、ついにその時はきた。当日の日記。

「まず、裏摩周へ。初めて、霧の摩周湖だ。」

 ついに、霧が出た。霧の発生を喜ぶ旅行者も珍しいが、6回目にして初めて、なのだからしかたがない。しかしそれに続く文章が悲しい。

 「だが婚期が早まる訳でもあるまい。」

 当時すでに33歳。確かに、今更霧が出たって仕方がない、という年齢だ。8月7日にももう一度、私は摩周湖へ行った。「湖面が美しく見えた」と書いている。7回摩周湖を訪れ、霧が出たのはたった一回。「婚期が遅れる」なんてことは、初めて行ったときには気にもしなかったのだが、実際に私が結婚できたのは、なんと35歳になってからだった。見事、婚期は遅れたのであった。あの湖、やはり、神様がいるらしい。あの深い「摩周ブルー」の底から、きっと我々をみているのだ。

 そして、私の摩周湖訪問には、実は8回目があった。2008年4月、ようやく雪解けを迎えたばかりの北海道を、私は妻と共にレンタカーで旅行した。ささやかながら新婚旅行を、という訳だ。まだ摩周湖をみたことがない、という妻に、ぜひ、あの深い青をたたえた美しい湖をみせたいと、私は迷わず予定に摩周湖行きを組み込んだ。

 しかし、私は妻に、摩周湖の青い湖面をみせてあげることができなかった。なぜか。霧が出た、のではなかった。天気は非常によかった。快晴といってよかった。なのにみられなかったのである。その理由は・・・




摩周湖

 なんと、全面結氷、である。私は心の底から感動した。8回目にして、私はこの湖の最も美しい姿をみた思いがした。摩周湖の全面結氷は、特に暖冬化傾向にある近年では珍しいこと、らしい(詳しくはわかりませんが)。やはり、この湖には神様がいるのだ。そして、晴れた日にばかり来て、すっかり婚期を遅らせてしまった男を哀れんで、こんな姿をみせてくれたのだろう。

 ところで、私の摩周湖行きに9回目はあるのだろうか。あるとしたらいつになるのか。それはわからない。もう一度、妻と行きたいとも思う。あの深い青い湖面は、やはりみせてあげたい。家族で行きたいとも思う。子どもたちにも、摩周湖や、その周辺の景色の美しさを、なぜ私がこれほどに愛したのか、知ってもらいたいからだ。そして、ひとりで行きたい、とも思う。死ぬまでにもう一度、オートバイであの湖に、と思うのだが、それはゼイタクかな?

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