FC2ブログ

乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

文庫本を収める


 文庫本を収める


 いつだったか、自宅の廊下の作り付けの本棚などを恥知らずにも公開したが、そのとき、文庫本を収納する場所がない、なんてことを書いた。しかし、新居に引っ越してからやがて四ヶ月になんなんとするに及び、いよいよ、未だ段ボール箱に収まって積み上げられたまま、文字通りの「積ん読本」になっている文庫本のありさまに、妻の忍耐も限界に至ろうというご様子。

 そこでぐうたら亭主、ようやく重い腰をあげた。さて、どうしようかとひと思案。とはいえ元来が回転の悪い頭をしか持ち合わせず、妙案など思いつくはずもなく、結局、旧居でつかっていた本棚に収めることにした。

 寝室に本棚を置くのはちょっと怖い。地震やなにかで倒れても、寝ている場所に届かないような所を選んで、木ネジで壁に固定した上で、半日かけて本を収めた。数度に渡る引越しの間に、国もジャンルもすっかりバラバラになっていた本を、半日掛かりで並べ直した結果が、これ。




bunnko1_convert_20180925002020.jpg

 この圧迫感(笑) いったい何冊あるのか。本棚はもうひとつあるのだが、もうおく場所がない。しかし所有の文庫本の数は、まともな方法ではどうあっても本棚ひとつには収まらない、ということで、




bunnko2_convert_20180925002036.jpg

 こんな感じに二列にした。背表紙がみえなくなると、探すときにやっかいなので、後列を高くしてある。




bunnko3_convert_20180925002051_2018092500224487d.jpeg

 百円均一で、板と、小さい発泡スチロールのブロックを買ってきたのだ。これで、即席の「二倍収まる本棚」にした訳だ。しかし、一番上の写真の通り、これでもまだ収まりきれないことがわかった。さて、どうしようか。……といことで、文庫本用のコンパクトな本棚を自作することを考え中である。それについては、また、追々ということで。


PageTop

沼津御用邸記念公園見学 後編


 沼津御用邸記念公園見学 後編

 
 前回、「西附属邸」の全体を観てきたが、いよいよ、その中枢部ともいうべき場所をみてみましょう。



IMG_2488_convert_20180630080101.jpg

 まずは。「御座所」。リビングルームである。




IMG_2492_convert_20180630080129.jpg

 別角度から。




IMG_2465_convert_20180630075511.jpg

 こちらは「御食堂」。




IMG_2474_convert_20180630075622.jpg

 背もたれの菊の御紋がはっきりと、ここに座るべきお方がいかなるお方であるのか、そして他者は決して座ることを許されないのだ、ということを物語っている。




IMG_2466_convert_20180630075534.jpg

 そして、「謁見所」。この部屋の厳かさは圧巻である。ここは皇室のご静養のための施設であり、よってこの部屋も正式な御公務の場ではないのだけれど、それでも立ち入り難い雰囲気に満ちている。




IMG_2467_convert_20180630075557.jpg

 その雰囲気を醸成するのは、何よりも、この玉座であろう。別の場所にあったこの椅子についての解説文によると、


 馬蹄形の背もたれで、肘かけと挽物を使った直脚がついている完全な洋風のクラシック(ヴィクトリアン)様式であるのに対して、造りは全くの和風の伝統技法を用いている。


 のだそうで、木部はケヤキ材に梨子地漆仕上げをし、「金の高蒔絵で菊紋80個あまりを散らし、背枠の上中央と両端には御紋章を埋め込んでいる」という。座面や背もたれに張られているのは「濃紫色の西陣織」。制作されたのは明治十一年ごろで、今なお、「歌会始などの主な行事のときには、天皇皇后両陛下がお使いになっています」とのこと。すなわち、現役の玉座なのである。

 以前、『椅子のフォークロア』という本について記事にした(こちら。「椅子のフォークロア」」。その本に、椅子というものは、「座る」という生活上の利便ではなく、そこに座る者の地位や役割などを示す象徴的なものとしてまず生まれたのだ、とあった。そうした意味では、この椅子は椅子というものの最も原初的な姿というか、本来あるべき機能を最も端的にあらわしている、といえよう。

 明治二十六年七月の、当時の皇太子殿下(後の大正天皇)の最初の行啓を端緒に、沼津御用邸には多くの皇室の方々が滞在した。ことに昭和天皇は幼少の砌より長期滞在が多く、歴代の陛下のなかではもっともそのご利用日数が多い。地元の同年輩の子供と相撲を取ったりなどということもあったようだ。

 しかし第二次世界大戦下の昭和二十年七月、沼津大空襲によって本邸は消失する。戦後になっても本邸が再建されることはなく、西附属邸が本邸の役割を引き継いだ。そして昭和四十四年十二月六日に沼津御用邸は廃止、翌年に「沼津御用邸記念公園」となり、現在に至る。

 さて、沼津御用邸公園の見学は、このあたりでおしまいとしましょう。ではまた。

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 バイクブログ カブ系へ
にほんブログ村

PageTop

沼津御用邸記念公園見学 前編


 沼津御用邸記念公園見学 前編


 マイホーム新築に伴う諸手続きだの引越しのごたごたによる多忙だの何だので、相変わらずのネタ切れ状態に加え、新居のインターネット接続の工事までが諸事情によって大幅に遅れ、休日はガラクタの片付けだの買い物だのに追われてちっともブログの更新ができない状況のなか、何とか記事をでっちあげるために、なんと、ゴールデンウィークの出来事などという古いネタを、恥知らずにも引っ張りだしてみることにしました。もうね、お金はどんどん失われていくし、ナリフリなんてかまっていられません(笑)

 今年のゴールデンウィークは、ちょいと家族で一泊旅行などに出掛けた。静岡市の自宅から、まずは箱根峠の西側にある、歩いて渡る吊り橋としては日本一長い(400m)という「三島スカイウォーク」に行き、箱根峠経由で熱海へ降りて海辺で遊んでまた南下し、網代の民宿に宿泊、翌朝に伊豆半島の付け根を横断する形で「伊豆三津シーパラダイス」に行ってイルカのショーなんかを観て帰ってきた。旅行というのも気が引けるような、所謂「安近短」のドライブである。

 天気もよく、混雑も思ったより大したことがなかった。




IMG_2262_convert_20180630074730.jpg

 「三島スカイウォーク」と、




IMG_2260_convert_20180630074705.jpg

 そこからの富士山の眺め。霞みやすい春に、これほどキレイに富士山が見えることは珍しい。前日までの嵐のような悪天候が幸いしたか。




IMG_2275_convert_20180630074754.jpg

 こちらは熱海の海岸。




IMG_2361_convert_20180630074816.jpg

 シーパラダイスのイルカの曲芸。

 最後、ちょっと時間に余裕があったので、どこかもうひとつ寄ろうか、ということで、帰路の国道414 号線沿いにある、「沼津御用邸記念公園」を観てきた、という次第である。




goyokai1_convert_20180630094206.png

 場所はこのあたり。




IMG_2417_convert_20180630081248.jpg

 公園入り口。




IMG_2544_convert_20180630081336.jpg

 その脇の案内看板。かなりの広さがある。正確にはわからないが、横幅で800mぐらいはありそうである。図の左から、「東附属邸」、「本邸跡』」、「西附属邸」のみっつのエリアに分けられる。「東附属邸」は、現在も文化施設として使用されているそうで、この日は何かに使っているとうことで見学はできなかった。「本邸」は、残念ながら戦災によって失われている。よって今回は、「西付属邸」のみを観てきた。「本邸跡」には歴史資料館などもあったのであるが、子供等が飽きてしまったので、寄って来れなかった。残念。




IMG_2540_convert_20180630084129.jpg

 「西附属邸」玄関。ここから入る訳だが、その前に、以下沼津市の公式webサイト等を参考に、歴史的背景などを。

 「沼津御用邸」は、当時は皇太子であった大正天皇の御静養地として造営された。「本邸」造営開始は明治二十五年(1893年)末、竣工は翌二十六年の七月である。それ以前からこの辺りは明治政府高官等の別荘地であったことと、明治二十二年の東海道線開通によって東京の皇居からの連絡が良くなったことが、この地が選定された理由のようである。この「本邸」はその後増築を繰り返され、最終的には、附属建築物を含む建築面積が約5000平米の壮麗な御殿として、明治三十三年ごろほぼ完成されたという。

 「東附属邸」は明治三十六年、赤坂離宮東宮大夫官舎を移築する形で、皇孫殿下(すなわち後の昭和天皇)の御学問所として造営された。さらに明治三十八年には、本邸西側にあった川村純義伯爵の別荘が買い上げられ、こちらもまた皇孫殿下の御用邸とされた。この建物の建築時期は自体は明治二十三年ごろとされる。これに増築を施して大正十一年に完成、今現在に観られる形となったのが、「西御用邸」である。

 それでは、建物を見学していきましょう。




IMG_2429_convert_20180630074902.jpg

IMG_2433_convert_20180630075012.jpg

IMG_2443_convert_20180630075209.jpg

IMG_2456_convert_20180630075318.jpg

IMG_2460_convert_20180630075346.jpg

IMG_2463_convert_20180630075436.jpg
 
IMG_2483_convert_20180630075854.jpg

IMG_2484_convert_20180630075938.jpg

IMG_2504_convert_20180630080222.jpg

IMG_2529_convert_20180630080621.jpg

IMG_2538_convert_20180630080650.jpg

 まずは、外観。増築が繰り返されたためか、かなり複雑な形。




IMG_2431_convert_20180630074926.jpg

IMG_2435_convert_20180630075038.jpg

IMG_2461_convert_20180630075412.jpg

IMG_2481_convert_20180630075741.jpg

IMG_2482_convert_20180630075826.jpg

IMG_2524_convert_20180630080455.jpg

 内部の様子、様々。全体に、それほど「豪華絢爛」な印象は受けない。しかし、実に上品である。




IMG_2494_convert_20180630091221.jpg

 ここなどは天皇陛下の御寝室なのであるが、襖に柄ひとつある訳でもない。ただ、静謐だけが部屋を満たし、そしてそれだけが至上の装飾となっているようだ。
 



IMG_2428_convert_20180630074838.jpg

IMG_2432_convert_20180630074950.jpg

IMG_2446_convert_20180630075234.jpg

IMG_2436_convert_20180630075103.jpg

IMG_2437_convert_20180630075125.jpg

IMG_2449_convert_20180630075253.jpg

IMG_2476_convert_20180630075649.jpg

IMG_2485_convert_20180630080005.jpg

IMG_2507_convert_20180630080327.jpg

IMG_2517_convert_20180630080353.jpg

IMG_2523_convert_20180630080430.jpg

 細部。これも、華美な装飾とは無縁である。ただ無論、これらは当時の最新設備、であろう。少なくとも、一般家庭に見られるようなものではなかったはずだ。




IMG_2480_convert_20180630075716.jpg

 これは空調のスイッチだろうか。「MADE IN U.S.A」の文字。こうしたものは、当時は全て外国製だったのだろう。則ち、超高級品だったということだ。

 


IMG_2438_convert_20180630075145.jpg

 扇風機に、ストーブ。「電気ストーブ」などというものは、きっと庶民には何のことやらわからなかっただろう。

 というところで、後半に続く。


にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 バイクブログ カブ系へ
にほんブログ村

PageTop

アンティークチェアを買う


 アンティークチェアを買う

 
 私、実は現在、家を建てているのである。あ、勿論、実際に建てているのは大工さんですが(笑)。完成予定は、多分、5月頃じゃないかと思う。なので、そのための準備を、いろいろと進めつつある。おかげで何かと忙しくて、せっかくあったかくなってきたのにカブで史跡めぐりに出掛けられないのが辛いところであるが、まあ、これは仕方のないところである。

 で、そのやがて迎える新生活において、新たに必要となるものが幾つかあるのだが、その内のひとつが、ダイニングセットであった。現在の住居であるアパートでは、居間でちゃぶ台を囲んで食事をしているのであるが、新居にはちゃんとダイニングルームがある。まさか、フローリングのダイニングに、今のちゃぶ台を持っていって床に座る訳にもいかない。やはり、テーブルと椅子は新調せばならぬ。

 しかし、ただでさえ貧乏な我が家である。これからあれこれと唸る程に金がかかるこのときに、高い買い物はできないなあ、などと預金残高を眺める私。ニトリかIKEAでなら、5まんえんくらいで何とかなるかなあ、などと考えていたら、妻がひと声。

 「でも、毎日使うものだし、いいものを買った方がよくない?」

 キッチンとダイニングについては、やはり、妻の意見というものは重視せねばならぬ。とりあえずお店を回ろう、ということで、妻があれこれ調べたお店にいわれるままに車を走らせれば、辿り着いたのは英国アンティーク家具の専門店。で、結論をいうならば、妻の強い希望で、1930年代のダイニングテーブルを購入してしまったのである。その値段、なんと配達料込みで約18まんえん也。

 これは、本当に、とんでもない値段である。もう、頭が痛くなるような値段である。まだ品物はお店で預かってもらっているので、その御姿は後日、ということにするが、テーブルだけでじゅうはちまんえんって……ホントか、おい。

 そう、テーブルだけ、なのである。椅子はまた別に買わねばならぬ。だがダイニングセットというものは、実は椅子が高いのである。今度こそIKEAで買って、アンティーク調に塗装しちゃえば、などと考えていたら、

 「でも、あのテーブルに今風の椅子じゃ、似合わないよね。」

 しかし妻よ、似合わない、というなら、あの骨董テーブルが我々には似合わないのである。IKEAだって、安くてカッコいいのがあったのに……。だが椅子を買わない訳にはいかないので、その翌週の日曜、今度は椅子を見に出掛けた。妻がいきたがるお店は……あの、またアンティークショップなんですけど……。

 その買い物の様子については、またしても割愛。早い話が、またしても古くていわくありげな椅子を買わされ……いや、買ってきたのであるが、アンティークチェアとしては、安く買えた。四人家族で四脚、これはそのまま持ち帰ってきたので、ここに並べてみることにする。


 

isu2_convert_20180314180119.jpg

isu7_convert_20180314180239.jpg

 まず、妻の椅子。ベントウッドチェアというらしい。「ベントウッド」とは「曲げ木」という意味で、つまりが木材を曲げてつくった椅子、である。セールをやっていて、¥26000也。軽くて形が可愛らしい椅子。




isu3_convert_20180314180135.jpg

isu4_convert_20180314180154.jpg

 これは息子に。チャーチチェアといって、文字通り教会の椅子。形のユニークさはこれが一番かな。1930年代の物で、¥27500。




isu5_convert_20180314180211.jpg

isu6_convert_20180314180226.jpg
 
 これは娘のウィンザーチェア。この形がいい、という娘からのリクエストがあったのだが、この椅子、お店のアウトレットコーナーにあった、白木のままの、塗装をしていないものなので、お値段はちょっと安くて¥13000。ただ、これは自分で塗装しなくてはならない。安価だが、一番手間がかかる代物。




isu1_convert_20180314180058.jpg

isu8_convert_20180314180256.jpg

 で、これが私の椅子。これもウィンザーチェアと呼ばれるものの一種で、ベルトのバックルを模した背もたれの形から「バックルスプラット」とか、先端部の丸い形から「スクロールバック」などと分類される。1890年台から、1900年ぐらいの物だというから、もう100年以上昔のものだということか。この椅子は、上掲のチャーチチェアのように、古いものを再塗装して綺麗に仕上げたものではなく、古く痛んだ塗装をそのままに、使用可能な状態に仕上げたもの。なので、




isu9_convert_20180314180311.jpeg

isu10_convert_20180314180326.jpeg

 ご覧の通り、はげた塗装がいい味を出している。セール品で¥20000。

 ということで、我が家のダイニングセット、合計で約¥270000ほどになりました。ああ、もう、考えるだけで、冷や汗だが脂汗だかわからない分泌物が出てきます(笑) まだカーテンだって、四人分のベッドだって買わなきゃならないし、夏には車検だし、来年からは固定資産税も納めねばならないし……ああ、胃が痛くなってきた。これは、一生モノ、どころか、子々孫々に至るまでの家宝にしなければならないな。また、お家ができたら、ダイニングに一通り並べた様子なんかを記事にしようと思う。何せ、高かったのだ、ブログにでも何にでも利用しますよ。そしてまた、娘の椅子の塗装の様子なども、記事にしようと思っていますので、乞うご期待。


にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 バイクブログ カブ系へ
にほんブログ村

PageTop

日々の出来事 40


 ささやかながら、秋の余興



 短き人の生命(いのち)や! 墓ぞ待つ、墓は飽くなし!
 ああ! 汝が膝に額(ぬか)うずめつつ、われをして、
 真白くも燃ゆるが如かりしかの夏の日を惜しみ、
 やさしくも黄ばみたる、晩秋の光を、讃えしめてよ!

      シャルル・ボードレール  堀口大学訳(新潮文庫『悪の華』)


 相変わらず絶賛ネタ切れ中の当過疎ブログ。週一の更新すら滞る事態となっておりますが、仕事中にちょっと面白いものをみつけてきたので、それで遊んでみることにした。私が小学一年生のときに、母親に教えてもらったものである。




karasu4_convert_20171201155651.jpg

 これである。からすうり。秋らしい鮮やかな色が綺麗だ。




karasu5_convert_20171201155707.jpg

 中は、こんな感じ。ちょっと気持ち悪いね。外の色は綺麗だが、食べられるような代物ではない。感触もまた、ぐにぐにしていて気持ち悪いのだが、我慢して種をひとつひとつほぐし、そのぐにぐにから取り出す。洗面器か何かに水をためて、そのなかでやるとよいかも。




karasu6_convert_20171201155719.jpg

 すると、こんな真っ黒な種が、たくさん。これでからすうりひとつ分である。




karasu1_convert_20171201155607.jpg

 この形が、大黒様に似ているとか、打出の小槌に似ているとかで、財布にいれておくと金運アップのお守りになるらしい。だが、これにさらにひと手間加えると、ちょっと面白いことになるのだ。




karasu2_convert_20171201155624.jpg
 
 こんな感じ。タッパーの中にティッシュペーパーを敷いて、その上にばらばらと。まあ、箱は何でもよいし、敷くものも、水を吸ってくれるものなら何でもよい。ただ、ティッシュは水分が乾くとちょっとくっついてしまったので、キッチンペーパーなどのほうがよかったのかも。確か母親は、菓子の空き箱に脱脂綿か何かを敷いていたな。




karasu3_convert_20171201155638.jpg

 その上にもティッシュを敷いて、日陰の風通しのよいところに、一週間ほど。すると……




karasu7_convert_20171201155735.jpg

 なんと、色が変わるのだ。




karasu8_convert_20171201155749.jpg

 なにやら金属質のきらきらしたものが、種の表面いっぱいに。なんでこんなことになるのかは、知りません。ただ、こうなると何だか金運がさらにアップするような気が、するような、しないような。

 以上、です。約四十年ぶりのお遊び、しょうもない記事で申し訳ありません。記事にするのが遅く、もうからすうりのシーズンは終わってしまっているかもしれない。もし、ちょっとやってみようか、という方がいらっしゃったなら、来年の秋にでも、お子さんなどとご一緒に、どうぞ。


 秋は去ぬ 風に木の葉は 散りはてて
 山寂しかる 冬は来にけり

     源実朝 (新潮日本古典集成『金槐和歌集』)


 

PageTop