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乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

秋を愛するひとは —太宰治

 
 季節の先取り、という訳でもないが、どうも近年、いつまでも終わらない夏といきなりやって来る冬とに挟まれて、秋という季節がはっきりしなくなったというか、来たかと思うとすぐにいなくなってしまい、遅筆の私が秋という季節について何か書いてみようという気になる頃には、とっくにどこかへいってしまって、夕方のニュースなどでアナウンサーが「すっかり寒くなりました」なんて始めてしまうものだから、今年こそはと、ちょっとフライング気味に、秋について書いてしまおうということにした。

 とはいえ、未だ季節は文句無しの夏である。暦の上でなんであろうと、これは夏以外の何かとはいい難い。こんな夏真っ盛りにあって、秋についてさっと何かを書けるほど、どうやら私の想像力は豊かではないようである。うむ、とひと思案。そういえば、秋について何か書く、というテーマの、太宰治の面白い小品があったのを思い出した。

 『ア、秋』と題された、文庫本で3ページほどのその短文、

 
 本職の詩人ともなれば、いつどんな注文があるか、わからないから、常に詩材の準備をして置くのである。


 という書き出しで始まり、例えば「秋について」という注文がきたら、『ア』の引き出しから「『秋』のノオト」を選び出して、それを調べるのだ、という体裁で、秋についていろいろと書き連ねていく。

 その「ノオト」にまず書いてあることとして、「トンボ。スキトオル。」という一文が挙げられる。最初に挙げただけあって、太宰も自信があったのだろう、秋をあらわす言葉としては秀逸だと私も思う。この他にも、「秋ハ夏ノ焼ケ残リサ。」だの、「コスモス、無残」だのと、いかにも太宰らしい、厭世的というか退廃的というか、黄昏の季節に相応しく物悲しい事どもを、アイロニカルに言いあらわす言葉をあれこれ連ねているが、私に最も強い印象を残したのは、次の一文であった。では、今回の「人生を凌ぐ一行」。


 秋ハ夏ト同時ニヤッテ来ル。と書いてある。
 夏の中に、秋がこっそり隠れて、もはや来ているのであるが、人は、炎熱にだまされて、それを見破ることが出来ぬ。



 気をつけて観察してみると、虫は夏のうちに鳴き始め、桔梗は咲き、柿ももう実を結んでいるのだ、という。そして太宰は続ける。


 秋は、ずるい悪魔だ。夏のうちに全部、身支度をととのえて、せせら笑ってしゃがんでいる。(中略)秋は、根強い曲者である。


 なにかこう、否定的に物事を言い表すとき、太宰は、その物事に強く共感していることが多い。彼は、秋という季節のうちに、自身の姿をみているようである。そのことは、数行後ろの一文においてはっきりと了解される。


 窓外、庭ノ黒土ヲバサバサ這イズリマワッテイル醜キ秋ノ蝶ヲミル。並ハズレテ、タクマシキガ故ニ、死ナズ在リヌル。決シテ、ハカナキ態ニハ非ズ。


 本来そこで「死ぬべき」だったはずの彼の若き苦悩の日々を、「生き残って」しまった、「生きながらえて」しまった、という意識は、生涯太宰の心から消えることはなかった。美しく死ぬことさえできず、芸術家という醜い生き物として生きていく他はないのだという彼の諦念が、痛ましくあらわされた名文、である。秋という季節そのもの、そしてそれを形作る様々な事物事象、それらに、太宰は限りない同情を覚え、そして、それらを悲しく愛おしむのである。

 ところで、無論太宰ほどの鋭い感性など持ち合わせてはいない私であるが、若い頃、バイクにばかり乗っていた頃には、季節の移り変わりというものに、今よりは格段に敏感であった。毎日毎日、大気に身をさらして走っていると、確かに、大気に含まれるもののなかに、変化を感じとることができた。

 夏の最中に秋を見出す、ばかりではない。春の麗らかさのなかに夏の灼熱のゆらぎを、秋の爽やかさのうちには冬風の鋭さを肌に感じとり、そして二月にはもう来るべき春の香を嗅ぎ分けていた。

 最近、スーパーカブなどをまた乗り回し始めた私であるから、あの頃の感性をわずかなりとも取り戻せたらなあ、などと思う毎日である、が、あいかわらず夏はただ暑いばかりだ。太宰のような「本職の詩人」には、なれそうにないようである。

 今回の「人生を凌ぐ一行」が読める本。


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新潮文庫 『津軽通信』 太宰治著  ISBN4-10-100615-6


 表題作『津軽通信』を中心にした短編集。太宰の天才はその文体にある、と以前書いたことがあるが、その文体の妙、とでもいったものを、存分に味わえるのはやはり短編である。


(なお、私が書籍紹介の記事を書かずにいた間に、FC2のブログサービスで、Amazonのリンクを簡単に貼れるツールが使えなくなっちゃったみたいなので、これからは本のイメージだけを貼ることにしました。リンクは埋まっていません。)

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うつろいと美 —ゲーテ



 河津桜、という品種の桜がある。静岡県の伊豆半島にある河津町というところが原産(といっても園芸品種だが)ということで、この桜を植えているところは静岡には少なくない。

 この桜の特徴としては、何より早咲きであることがあげられる。二月の初めにはもう咲くので、梅よりもよほど早い。また、その濃いピンク色の花は、とても長く咲き続ける。本場河津町で毎年行われる、「河津桜まつり」のホームページによれば、「2月上旬から咲き始め3月上旬までの約1ヶ月に渡り咲く早咲きの桜です」とある。

 これはこれで美しい花であり、まだまだ寒風厳しいなか、冬枯れの風景のなかに色鮮やかに咲き乱れる様は無論一興ではあるのだが、やはり私は、ソメイヨシノが好きである。

 鼻先に春の香を覚えるとともに咲き綻び、一気に満開、そして、まるで開花を促した春風に吹かれて散るような、一打ちの休符もはさまぬ儚さをもって、春の盛りも待たずに去っていく、あの二度寝の朝の夢のような美しさ。

 比べるべきではないのだろう。同じ桜といっても、我々日本人がこよなく愛でるところの「桜」とはやはりソメイヨシノなのであり、その美意識に適うところの「桜」と、河津桜とは違うもので、河津桜は河津桜として楽しむべきものなのだろう。梅や桃が違うものであるように。

 日本人の美意識というもをよくあらわすとされる、桜。確かにその通りだと私も思う。で、その桜の美なるものを思うとき、浮かぶのはこの詩句である。今回の「人生を凌ぐ一行」。

    
 「いかなればわれは滅びゆくぞ、おおツォイス?」と美はたづねぬ。
 神は答へぬ。—「われはただ滅びゆくもののみを美となしぬ。」

 (竹山道雄訳 岩波文庫版『ゲーテ詩集』第二巻)


 ちょっと古風なので、もう少し現代的な言葉使いの別訳も。

 
 「何ゆえ、私は移ろいやすいのです?
 おお、ジュピタアよ」と、美がたずねた。
 「移ろいやすいものだけを
 美しくしたのだ」と、神は答えた。

 (高橋健二訳 新潮文庫版『ゲーテ詩集』)


 詩集『四季』のなかの一節(ただし、岩波文庫版では訳者の意向で『ヴェネチア短唱』のなかに収録)。ヨーロッパの美術は、美しさを「留めおこう」とする傾向が強いと、私は思う。油彩画にしろ、銅像や大理石像にしろ、石材による建築にしろ、ある「美しさ」を確固とした形に定着させようという意図が感じられないだろうか。あくまでもこれは日本の美術と比べた時の、相対的なものの印象ではあるのだが。

 そうしたヨーロッパ的文化のなかにあってのこのゲーテの言葉であるからこそ、私は大きな意味があるように思う。しかもゲーテはヨーロッパ文化の中心のひとつであるドイツ語圏の、重鎮ともいえる存在であり、本道から外れた異端的な種類に属する芸術家ではない。

 そのゲーテ、ヨーロッパ的美意識の中心にあり、その形成に大いに貢献したゲーテが、「移ろいゆくものの美」を感じ取っていたということ。あるいは逆に、そういう感性をもったゲーテを自らの中心に据えることができるということに、ドイツ文学の懐の深さをみることができる、ともいえるのではないだろうか。

 
  己を快楽で賺すことが君に出来たら、
  それが己の最終の日だ。
  賭をしよう。

  (『ファウスト』第一部「書斎の場」 森鴎外訳)


 ファウストはこう言って、悪魔と契約を交わす。


  己がある「刹那」に「まあ、待て、
  お前は実に美しいから」と云ったら、
  君は己を縛り上げてくれても好い。

  (同上)

 この、いかにも「ヨーロッパ的」な、「美しい刹那」に向けての、「とどまれ」という欲求。他ならぬ上述のような美意識をもったゲーテの、畢生の仕事の主人公のセリフだからこそ、深い意味をもってくる一言だといえよう。さらには結果的にファウストが、いかなるものに向けてこの契約の言葉を発したのか、それを思うとより考えさせられる言葉である。

 ただ、儚いものを愛でる日本人の美意識は、やはりゲーテのそれとは似ているようで少々違うように思う。ゲーテは、「移ろいやすいものだけが美しい」という。しかし日本人が例えば桜に見出している美とは、「移ろう」ことそれ自体の美しさ、なのではないだろうか。

 ソメイヨシノの開花時期は短い。しかも咲いたそばから散っていくように、ひとときも留まることをせず、満開を迎えると同時にその終焉の様を見せ始める。枝を若葉にゆずり、花はひとひらずつ舞い落ちて下草の新緑の影に朽ちていく。我々は桜花のビジュアル的な美しさもさることながら、こうした移ろう様にこそ心惹かれている。

 だがきっと桜は、顕著で象徴的ではあっても、そうした「移ろいの美」の一例でしかないのだろう、とも思う。美術作品の表現方法をみても、伝統的に、対象となる事物の、姿形を正確に捉え、あらわそうというよりは、時間的な動きのなかに、そのものの姿を捉えよう、という意図を感じる。極端に云ってしまうならば、デッサンの狂いをも厭わずに、動いているものを動いているままに描こう、という具合だ。それはもう、桜に限らず日本の文化そのものの中核に根ざす、ある本質的な傾向なのだろう。

 ここらあたりのことを詳しく述べようとすれば、もう一大美術論を書くことになってっしまいそうなので、ここではこれ以上深く立ち入らないけれど、美を永遠のものとしては求めず、かえって、移ろい、過ぎゆき、消え去るさだめにあることこそを美の絶対条件とみなす、そんな日本人的感性の象徴として、あの桜という花はあるのだ。

 今回の、「人生を凌ぐ一行」が読める本。



ゲーテ詩集 (一) (岩波文庫 赤 406-4)ゲーテ詩集 (一) (岩波文庫 赤 406-4)
(1952/09/25)
ゲーテ

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ゲーテ詩集 (1951年) (新潮文庫〈第180〉)ゲーテ詩集 (1951年) (新潮文庫〈第180〉)
(1951)
高橋 健二

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 ついでに、こちらも。



森鴎外全集 <11>ファウスト (ちくま文庫)森鴎外全集 <11>ファウスト (ちくま文庫)
(1996/02/22)
森 鴎外

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 なんだかんだいっても、やはりゲーテはゲーテである。詩の一節でもいい、ときどき、読みたくなる。『ファウスト』なども、ゆっくり読み返す時間があったらなあ、と思う。何度かは読んでいるが、未だ、理解しきれていない部分が多くある。読み返したなら、きっとまた新しい何かを教えてくれるはずなのだろうけれど……。


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再度、メメント・モリ —ヘルダーリン


 不幸というものは、どういう訳か、続くものだとよくいわれる。先日、友人のお父さんが亡くなって、そのことについて少し書かせていただいたが、最近になって、今度は私の伯母が亡くなった。

 私は今、四十二歳であり、子育て世代のど真ん中である。それはつまり、社会的には、新しい世代を産み育てる役割を担うと同時に、そろそろ、自分たちの上の世代を送り出すという役割をも担う、ということなのだなと、そんなことを思った。

 言い換えるならばそれは、生まれてくる者たちと、死に逝く者たちとの間にあって、その「交代劇」の仲立ちをする、ということである。平均寿命は八十歳、すなわち生と死とのちょうど中間にある我々世代に、その両方に否応なく関わらなければならない、そんな順番がまわってきたのだ。

 そう、死を想うということは、結果的に生について考えることをも意味する。有名な「memento mori(メメント・モリ、死を忘れるな、の意)」も、だから歴史的には、死そのものよりも、その死に終わることを前提とした生というものをいかに生きるのか、という視点で考えられてきたようである。こうした観点から読んでみると、なかなか興味深いのは次の一文であろう。今回の、「人生を凌ぐ一行」。



 童子には平和がある。童子には未だ迷ふということがない。富は童子にある。童子はその心の不足、生活の缺乏を知らない。童子は不死である。死については何も知らないから。
(第一章 渡辺格司訳)



 ヘルダーリン唯一の散文小説、『ヒュペーリオン』。「ドイツ語で書かれた最も美しい散文」などとも称されるこの作品であるが、その特徴として、登場人物の「抽象性」があげられるだろう。つまり、ゲーテの描くような「なまなましい」人物たちではなく、いかにも思弁的な作家の頭から生み出されたような、そんな「理念的」な人物たちばかりが登場するのである。

 だから、ここで謂われる「童子」すなわち子供というものも、我々が現実世界で知る子供ではなく、ある種の「理想化」された、いってみれば新約聖書で謂われる「幼な子」の如きものとでも捉えるべきだろう。そしてその上で、上記の一文の所謂「童子の不死性」についても、考えてみるべきだろう。

 すなわちそれは、「子供」である、というよりは、「大人に非ざる者」ということではないか。「理想化」、あるいは「神格化」された存在である。

 ただ、逆にいうならばそれは「非現実的」というネガティブな意味を含むだろう。あくまでも「童子」と呼ばれることにはそれなりの意味がある。その「理想像」がもつのは、無知故の平和、無知故の充足、そして無知故の不死性、である。未熟、という言葉がきっと一番ぴったりくるだろう。

 つまり、「無知」の内に安住する者への憧れが、上記の一文なのである。こう考えると、これはひとつの皮肉と読むこともできるだろう。誰にあてた皮肉かといえば、無論、子供たち、ではない。成人してもなお「死については何も知らない」我々現代人に、である。

 そう、私には、上記の一文は、「死」については何も想いもせず、ただ生きることにばかり夢中になる我々現代人は、知るのはただ「生き方」ばかりで、本当は「生」についてもまた何も知らないのだと、そういっているようにも想われる。

 最も若い世代を導き育てつつ、最も古い世代を見送る役割を担う、人生の折り返し地点辺りにいる我々中間世代。学ぶべきものはまだまだたくさんあり、そして、学び得るものも周囲にはたくさんあるようである。

 今回の「人生を凌ぐ一行」が読める本。



ヒュペーリオン―希臘の世捨人 (岩波文庫)ヒュペーリオン―希臘の世捨人 (岩波文庫)
(1997/03)
ヘルデルリーン

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 ただ、この版は残念ながら絶版なので、現在手に入れやすいのはこちら。



ヒュペーリオン ギリシアの隠者 (ちくま文庫)ヒュペーリオン ギリシアの隠者 (ちくま文庫)
(2010/07/07)
ヘルダーリン

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 こちらのほうが文体も新しく、読みやすいだろう。私は、以前にも書いた通り、上の岩波文庫版を愛読しているので、そちらの方がよいのだけれど。

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『ヒュペーリオン ギリシアの隠者』 棺桶に入れてほしい本

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聖なる恋歌 —旧約聖書

 
 『雅歌』は、初めて旧約聖書という書物に触れようというものを、間違いなく驚かせるであろう内容をもつ。

 これは聖典である。神と、世界と、人間とについて、説明し、規定する、絶対の存在としての書物であり、信徒は、これに異議を唱えることは許されない。そんな書物であるはずの旧約聖書に、あろうことか恋愛詩が挟まっているのである。それも、あからさまな表現をもった、官能的とさえいえるような相聞歌、つまり恋人たちの甘い語らいをそのまま歌にしてしまったような代物なのである。

 無論私も、初めて読んだときには驚いたのだったが、それよりも、ある一行から得た印象が、深く心に残った。



  我はカロンの薔薇、谷間の百合。
  (2−1)


 誰も知ることのない、ただ風が草木を揺らすばかりの、とこしえの静寂に包まれた谷に一輪、奇跡のように咲く白百合。私はそんな景色を思い浮かべたのだったが、ふと、ある想いに、詩句を読みすすめようとする視線を留めた。

 もし、本当に誰の眼にもとまることのないままに、咲き、散っていくのならば、その百合の美しさとは、一体なんだろうか。その花が美しくあることに、なにか意味があるのだろうか。いや、もっといってしまうならば、その花の美しさなるものが、この世にたしかに「在った」のだと、果たしていえるのだろうか。……

 何らかの深い考えののもとにそんなことを思った訳でもなく、また、そこから直ちに深い考えに移った訳でもなかった。ただ、ふっとよぎった想いにすぎなかった。しかし当時十代の後半にあった私が、やがて主観主義的な世界観に傾倒していく、これはそのきっかけとなる出来事だったのかもしれない。

 今回の「人生を凌ぐ一行」が読める本。



聖書 - 新共同訳聖書 - 新共同訳
(1996/10)
共同訳聖書実行委員会

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 いろんなところから、いろんな版が出ているなかの、ほんの一例(私は口語訳、文語訳と二冊持っていますが、そのどちらもこれとは違います)。あるいは今回の「一行」からは、こんなものを思い浮かべるひとも少なくはあるまい。



谷間のゆり (岩波文庫)谷間のゆり (岩波文庫)
(1994/12/16)
バルザック

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 バルザックの長編。年上の女性が好きなひとにはおすすめ。かくいう私もかつては「年上好き」であり、年下の女性はちょっと、なんていっていたのだったが、結局、結婚したのは十歳も年下の今の嫁さんであった。わからんものだね(笑)。
 
 

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晩年の青春 —A・フランス

 夕方、職場からそろそろ帰ろうかという私の元に、妻からメールが届いた。保育園からの帰り道、我が家のふたりの子供が、こんなものをみつけた、とのこと。



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 みるからに、羽化寸前である。しかしまだ日没前であるから、少々、土から出てくるのが早かったようだ。そのせいで、鳥だとか猫だとかいう連中とならんで、蝉の天敵たる「子供」にみつかってしまったという訳だ。そのまま連行され、我が家のカーテンにて、生き物観察の格好の標本にされた。

 で、帰宅した私が、どれどれ見せてと娘に頼み、その標本のもとに連れてってもらったならば、すでに、羽化は始まっていた。




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 雄のクマゼミであった。私も蝉の羽化をみたのは久しぶり、ふたりの子供たちは無論初めてであった。その美しい姿に一家そろって興奮したのであるが、土中に数年、その後、樹上に鳴き暮らすこと数日の、この蝉という種族の一生を思うにつき、私はこの一文を思い出す。で、ちょっと長いが今回の「人生を凌ぐ一行」。



 …わたくしが創造主であったら、いま優位を占めているタイプ、すなわち高等哺乳類のタイプとは非常に異なったタイプに基づいて、人間の男女を造っていたであろう。現にあるような、大きな猿に似たものにではなく、昆虫に似たものに男や女を造っていたであろう。毛虫として生きた後に、姿を変えて蝶となり、その生涯の果てには、愛することと美しくあることのほかには心を配らない昆虫に似たものに。わたくしだったら人間の生涯の最期に青春を持って来ていたであろう。
 (大塚幸男 訳)



 アナトール・フランス、『エピクロスの園』の、『人生』の章の一文。生涯の最期に、最も活力にあふれ、輝かしい時期を迎える、というのは、なるほど、魅力的だといえよう。懐疑的で、冷笑的なフランスらしい一文だが、また彼らしく、どこかロマンティックで耽美的な一文、だともいえる。そしてこの章を締めくくる言葉には、また彼のイロニックな一面がみられる。



 …天地創造を引き受けたデーミウルゴスはわたしの意見を容れなかった。ここだけの話であるが、デーミウルゴスは哲学者たちや才気ある精神の持主たちに相談したのであろうかどうであろうか、怪しいものだとわたくしは思う。



 自然は、我々の思い通りには、残念ながらできていない。ただ、自然は多くの場合、我々が頭をひねって作り上げたものよりも、上手くできているのがくやしいところである。青春期が人生の最後にあったならば、確かにそれはそれで素晴らしいだろう、とは思われるが、それはあくまで、とうの昔に青春期を終えて、その後の実人生なるものを経験したからこその感想なのであろう。

 無知で経験不足な若者だからこそ、青春期なるものを必死に生きることができるのである。すなわち、「若気の至り」こそが青春なのだ。人生を生きた後の経験豊富な者は、若者がするであろうようなことなど、恐ろしくて気恥ずかしくて、できたものではないはずだ。我々は、デーミウルゴスの深遠なるご配慮に感謝しつつ、今与えられてあるところの人生を全うするのがよい、ということなのであろう。

 今回の「人生を凌ぐ一行」を読める本。



エピクロスの園 (岩波文庫)エピクロスの園 (岩波文庫)
(1974/09/17)
アナトール フランス

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 表紙に、「芥川はこの書の影響を受けて『侏儒の言葉』を書いた』とある。読めば、エスプリのきいた言葉が数々並び、なるほど芥川の芸術至上主義にかなう逸書だ、と納得させられる。いや、アナトール・フランスの影響が、芥川の芸術至上主義を形成した、とするのが正しいのか。どうあれ、久しぶりにこの本を取り出し、拾い読みなどしてみると、ついつい夢中になって読み進めてしまう。実に、魅力的な本である。

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