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スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

『さすらいの野宿ライダーになる本』

さすらいの野宿ライダーになる本 (CAR BOOKS)さすらいの野宿ライダーになる本 (CAR BOOKS)
(1983/01)
寺崎 勉

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さすらいの野宿ライダーに憧れた本

 オートバイに乗りたい、と思いはじめたのは、高校生の頃だった。しかし乗りたいからといってすぐに乗れるものではない。私の通っていた高校は、二輪免許の取得もアルバイトも禁止されていた。無論、校則違反を覚悟すれば、そのどちらも「やっちゃう」ことは可能だが、免許を取り、バイクを買い、走り始めるまでにかかるお金を、すべて自分で稼ぎ出すことなどは、当時の私には現実的に不可能であった。

 そこで、雑誌だとか、本だとかを読んで、自分の欲求をごまかすことになる。当時はやった『バリバリ伝説』なんてマンガを読むこともそのひとつだったし、あるいは、「最新バイクカタログ」みたいなものを買ってきて、あれがいい、これがいいと妄想にふけったりもした。ヘタクソなプラモを作ったりもした。

 その頃の私は、当時流行していた「レーサーレプリカ」と呼ばれる、まるでサーキットのレーシングマシンをそのまま公道用に市販してしまったかのようなスポーツバイクに惹かれていた。だから、雑誌もレース関係の情報がたくさん載っているものを選んだし、ライディングのHOW TO本を買うにしても、「速く走るにはどうしたらよいか」というようなことが書かれたものを読んだ。

 しかし、そんなスポーツライディング系の本ばかりが並んだ当時の私の本だなに、一冊だけ、毛色の違う本があった。それが、この『さすらいの野宿ライダーになる本』だった。

 旅への憧れ、というものは私にはごく幼い頃からあり、父の運転する車に家族で乗り込んで出掛ける時も、このままずっと車で遠くまで旅ができたら、なんていつも思っていたし、私の暮らす街の北を限る山々の連なりを眺めては、その山の向こうの、まだ知らない土地を旅する自分を空想したりしていた。

 私にとってのオートバイとは、前述のように、当初は「速くてカッコイイ」乗り物として憧れの対象となった訳だが、そのオートバイが、「遠くまで旅するための乗り物」として、私の幼い頃からの「旅への憧れ」と出会い、融合したのが、つまりこの本だった。

 そして数年後、私は実際に、自分のオートバイに大荷物を積み上げ、旅に出ることになった訳だが、勿論私には私の「旅のスタイル」というものができあがり、それはこの本の筆者のものとは違ったものとなった。

 この本は、HOW TO本的にバイクツーリングの方法について解説している、というよりは、著者の寺崎氏の旅、というものがどういうものなのかを紹介する、というものだ。だからそれが、私のものと違ったものであるのは当り前のことなのだが、今読み返し、このふたつの「旅のスタイル」を比較してみるのはとても面白い作業だった。

 私のオートバイでの旅は、ほぼ、北海道に限られている、という特殊なものだ。北海道以外での野宿、というと、九十九里浜で一泊したことがあるくらいである。このときは、朝散歩に来た犬が私のバイクに放尿してしまい、洗う水もなかったのでそのまま走ってしまったら、自慢のGPZ900R(映画『TOP GUN』でトム・クルーズが乗っていたあのバイク)から何とも言い表し難い悪臭が立ちのぼってきた、という甘酸っぱい思い出があるが、まあそれはよしとして、この北海道限定ということが、ほぼ、私の旅のスタイルを決定しているといっていいだろう。そしてこの本の著者とのスタイルの違いも、どうやらこの点から多く生まれているようだ。

 例えば私のツーリングは、キャンプ場を渡り歩く、というのがその基本にある。これは、格安のキャンプ場があちらこちらに点在する北海道だからこそ可能な方法だ。本当に、一泊500円とか、300円とか、タダとか、そんなキャンプ場が山ほどあるのだ。しかもそれらは、ほとんどどこへ行っても、トイレや水道といった設備もちゃんとしている。「貧乏旅行」を原則とする野宿旅をする旅人には、これほどありがたいものはない。

 しかし北海道以外では、こうはいかない。キャンプ場は限られているし、しかも値段が高い。数千円なんてところだって珍しくもない。これは、地価も高く、市街地からはなれた場所でなければキャンプ場など造れない本州などでは、仕方のないことだろう。だがこれでは貧乏野宿旅は難しくなる。よって、日本全国どこへでもツーリングに出掛ける寺崎氏は、キャンプ場を使わない。山奥の空き地だとか、川原だとか、海岸だとかにテントを張ってしまう。

 確かに本州などでは、この方法のでないと、行く先だとか日程だとかを縛られる要素が高まり、旅の自由度がグンと低くなってしまうだろう。このあたり、北海道ではあまり考えなくてもよいことが、いろいろと影響してくるということだ。北海道がツーリングライダーにとっての「憧れの地」であり続けていることには、こんな理由もあるのである。

 ただ北海道では、逆にあんまりいい加減にキャンプ地を選ぶと、本州などでは考えられないような「危険」が待ち構えている、ということもある。その「危険」とは、勿論、ヒグマだ。私は実は、初めて北海道に行ったとき、上陸して二晩目に、この『野宿ライダー』の真似をして、テキトーな林道に入り込んで、そこで野宿をしてしまったことがある。今思えばこんなことは自殺行為以外の何ものでもない。初北海道ツーリングで浮かれていたとはいえ、馬鹿なことをしたものだ。今思い出しても冷や汗ものである。
 
 食事についても、私と寺崎氏とは違いがあるようだ。簡単にいってしまうと、寺崎氏は自炊するが、私はほとんど買ってすませてしまう、ということだ。私も一応、お湯を沸かせるぐらいの道具は持っていくので、「サトウのごはん」やボンカレーみたいに温めるだけのものや、カップラーメンや粉末のカップスープなどは食べる。しかし寺崎氏のように、米を炊いたりカレーをつくったりなんてことはしない。

 これは、本州も北海道も関係のないことのようでいて、実は意外に、またしても土地柄が関係している部分もある。というのは、北海道では、キャンプ場が比較的街に近い場所にあるので、一から作るよりも買ってきちゃったほうが手っ取り早いのだ。本州のように、市街地から遠路はるばる山奥のキャンプ場に行く、という感覚は、北海道にはない。本当に街のすぐそばに、自然たっぷりのキャンプ場があるのだ。そしてその街には、どんなに小さな街でも、必ず何かしら食料を調達できるお店がある。なぜならば、「隣町」があまりに遠くて、地元の方々のためにもそういうお店は絶対に街に一軒は必要だからだ。

 こうして、食料の入手が簡単なことを知ってしまうと、どうも私の場合、自炊する気など全く失せてしまった。いや、自炊したほうが美味い食事になることは確実なのだが、私はとにかく、キャンプ場でボーッとしていることが大好きなので、食事にあまり時間をかけたくない、ということもあるのだ。飯などは買ってきたものでさっさとすませ、あとは寝るまでの時間をのんびり過ごす、これが私のスタイルなのである。

 しかし何だか、高校生時代に憧れた「野宿ライダー」の姿からは、かなり離れてしまったなあ、とは我が事ながら私も思う。ただ、これにはこれで、よい点がいろいろあるのだ。

 宿泊地に関していうならば、何よりも、キャンプ場には他の「旅するライダー」たちがたくさんいる、ということがある。広い北海道には、情報誌には載っていないような穴場が山ほどあるので、キャンプ場で他のライダーから得られる情報に耳を傾けることで、旅をより楽しいものにすることができる。

 いや、ただ隣近所のテントの住人と、あつまって下らない話をしているだけでもいいのだ。暗くなり、相手の顔もはっきりとわからないのに、全く初対面のひとといつまでも談笑する、なんてことは、もう旅先でしかあり得ないことである。私は普段はほとんどお酒を飲まないのであるが、そういういつ始まるかわからない「座談会」のために、ツーリング中だけは、いつでも少しばかりのアルコールを持ち歩いている。こういうところで飲むお酒は、おいしいし、楽しい。

 そしてこうした「座談会」で、もうひとつ、知ることができるのは、旅のスタイルには本当に「個性」というものがある、ということだ。皆それぞれ、自分のやり方をもっている。そしてベテランの「旅人」になればなるほど、その独自性は強まり、そしてベテランになればなるほど、他人のやり方を尊重するようになる。自分の方法を押し付けたりしない。

 それはよくない、こうした方がいい、とか何とか言い出すのは、決まって初心者に毛がはえた程度の人だ。だんだん旅というものの「やり方」がわかってきて、それを自慢したくなるのだろう。だが旅慣れたひとは、それに反論することすらしない。そんなことで互いを否定しあうことの下らなさを知っているのだ。のみならず、他の人のやり方が気に入れば、すぐに自分も取り入れてみる。それが初心者の意見であってもだ。そうした柔軟性のほうが、よほど旅を快適にしてくれることをもまた、知っているのである。

 そして旅の「個性」は、さらにその独自性を強めながら、完成していく。・・・普段の生活でも、こういう姿勢が取れたならいいのだけれど。

 実はこの本、もう二十年近く、友人Yに貸したままだったのを、今回、返してもらったのだった。突然読みたくなって、彼に連絡したらば、貸した時のままの綺麗な状態で返ってきた。ありがたいことだ。高校生の頃に、あれほど夢中になって読んだバイク関係の本が、どれも今や所在不明になっていることを考えると、Yに「保管」してもらっておいて、本当によかったと思っている。そのバイク関係の本のなかで、今なお読んで楽しめる唯一の本が、こうして無事に手元にあるのだから。


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