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『ヘルダー旅日記』

ヘルダー旅日記ヘルダー旅日記
(2002/01)
J.G. ヘルダー

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3770メートルの男

 我が書棚を埋める、積ん読本の山の一角にあった本。定価5800円、というとんでもなく高価な本だ。古本屋のひゃくえんの文庫本を買うにも右往左往だの一喜一憂だのをしなければならない今現在の私からみたならば、こんな本を、すぐに読むつもりもないのにバンバン買っていた独身時代の自分が、懐かしくもあり、羨ましくもあり、恨めしくもあり。

 この、ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーという人物を私が知ったのは、ゲーテを通じてのことだ。ゲーテを抜きにしては、彼のイメージは少しもわいてこない。そして、私と同じように彼のことを思っているひとは、決して少なくないのではないか、と勝手に想像しているのだが、実際はどうなのだろうか。(中央公論社の『世界の名著』シリーズでも、ヘルダーはゲーテとセットになっているし。)

 若きゲーテと出会い、そして導き、その才能の開花を呼び、それが当時のムーヴメントであったシュトルム・ウント・ドラングを世界文学史上の一大事件へと高めた、と、私のヘルダーのイメージといえばそんなところだ。要するに、ゲーテの兄貴分、みたいなものだ。

 しかし、ただゲーテを通してしか彼を評価しないとしたら、それは勿論彼を不当に扱っているというべきだろう。若きゲーテが、そもそもどうしてヘルダーを訪ねたのか、といえば、ヘルダーがそのときすで著名な著作家だったからであり、その一事だけをみても、ヘルダー自身にも注目すべきものがあるはずなのだ。

 ところで、なんだか似たようなことを最近書いた気がする。そう、このふたりの関係、ゴーティエとボードレールの関係に、ちょっと似ていないか。天才詩人(タイプはかなり違うが)と、その先輩であり導き手でありながら、なんだか「添え物」扱いされてしまう人物。ちょっと面白そうだ。 

 ということで、この本を読むことにした。彼の本を読むのはこれが初めてだ。そして、ひゃくえんの文庫本を買うことにさえ四苦八苦の私が、定価5800円の新品の本を読むことができるということ、これは考えてみれば実にゼイタクなことではないか。積ん読も、悪いことばかりではなさそうだ。

 1769年6月5日、リガ(現在のラトビアの首都)での生活に行き詰まりを感じていたヘルダーは、当地での職を辞し、船に乗り込む。バルト海、北海を経てドーバー海峡を抜け、そして最終的にはフランスのナントに至るのだが、その船旅の途上にあれこれと書きためたものを、フランス滞在中にまとめたものが(未完成に終わったが)、この『旅日記』だ、と巻末の解題にはある。

 リガでは、とにかくヘルダーにとっては面白くない日々が続いていたらしい。そこから半ばヤケクソ気味に出奔し、船上の人となった彼が、将来への期待に胸をふくらませ、とめどなく自身の夢や希望を語る。この『旅日記』は、そんな作品だ。

 そう、この書物には、人間性というものへの、そしてその未来への、限りない信頼に充ち満ちている。それは、未来は今日よりも必ず善いものであるべきであり、しかもその善き未来とは他ならぬ自分たち自身が造り上げていくのだ、という、そんな若々しい気概だ。

 その旺盛な知的好奇心や、教育者としての高い理想が醸し出すそうした雰囲気は、まさにシュトルム・ウント・ドラングの牽引者の著作たるに相応しいものだといえよう。華々しい予感に充ちた、上昇志向の、「向日的」とでもいいたくなるような時代精神の担い手としての、清々しく輝かしいヘルダーの姿を、私は「南へ向う」船の甲板上にまざまざとみる思いがした。

 しかしシュトルム・ウント・ドラングというと、イメージされるのは、やはりゲーテの『ウェルテル』であり、『ゲッツ』であり、そうでなければシラーの『群盗』あたりだ、というのが一般的なところではないだろうか。これらのビッグネームを差し置いて、彼こそが時代の代表者だとしてヘルダーの名を挙げることには、どうも違和感を覚え・・・ませんか?

 やはり、時代の頂点を極め、のみならず、自ら一時代を、しかも世界文学史上でも稀にみる豊かさをもった時代を築きあげてしまった巨人ゲーテと、どうしても比較されてしまう、というのが彼の不幸だろう。だが彼は充分注目に値する思想家であり、それはこの『旅日記』を一読しただけでも明らかだ。もしゲーテがいなかったならば、少なくとも思想史上では、彼がゲーテの位置を占めていたんじゃないかと、そんなことをすら思わされるものだ。

 その博物学的指向とでもいうべき、世界というもの、この世にあり眼に見え手に触れられ肌で感じられるものを、真摯に学んでいこうとする、経験主義的な知性には、ドイツ語圏の大きな潮流である観念論的な、つまりカント的な指向とはまた違った流れを、確かに感じられるし、それが、まさしくゲーテという名の時代の頂点を形作るべき大きな役割を果たしたことは、容易に想像できる。

 ゲーテは、もしシラーとの親交がなかったならば『ファウスト』は完成できなかっただろう、といったらしい。だがもし、ヘルダーがいなかったならば、『ファウスト』どころか『ウェルテル』でさえ、書かれることはなかっただろう、とはいえないだろうか。そう考えれば、例えゲーテを通して、であったとしても、ヘルダーの歴史的影響力というものは決して小さくはなかったとみるべきだろう。

 新約聖書に、バプテスマのヨハネ、という人物が登場する。例えばゲーテがイエスだとしたならば、ヘルダーがこのヨハネ、ということになるだろうか。まあこの例えが適切かどうかは措いて、我々の眼には突発的、突然変異的にみえる天才的人物の登場も、やはりそれを準備する歴史的背景、というものはしっかりとあり、その「準備的時代」を担う人物たち、というものもやはりしっかりと存在するのだ、ということなのだろう。

 
 これ預言者イザヤによりて、斯く云はれし人なり。曰く
   『荒野に呼はる者の聲す
   「主の道を備え、
    その路すぢを直くせよ」』

 (『日本聖書協会 文語訳新約聖書』 マタイ・第三章三節)


 こんなものを読んでしまうと、ますます、ヨハネにヘルダーのイメージが重なってしまうのは、私だけだろうか。
 
 しかし、ゲーテになり損ねた男、だとは彼を呼びたくない。それならばゲーテの先駆者だと呼びたく思う。時代はひとつの頂点へ向けて、一気に高まりつつあった。シュトルム・ウント・ドラングがその顕著なあらわれだったというべきだろう。そして最終的には、時代はゲーテという、標高3776メートルの剣が峰に到達した。しかしその少し前、3770メートル辺りに、たしかにヘルダーという名の道程があったのだ。彼を経ることなしに、時代は頂点を極めることはなかった。

 無論、こうした見方さえも、偏見である可能性は充分ある。ヘルダーが3770メートルの男だったとしても、それはゲーテとは別の、3770メートルの山の頂点に立っているのだとみるひとは当然いるだろうからだ。

 何にせよ、船上から水辺線の彼方に、この新時代の到来を求め、また予感し、それへ希望にみちた眼差しを投げながら綴られたこの『旅日記』には、その思想や歴史的意義云々を超えた、月並みな言葉だが「明日への希望」というものを感じられた。それだけでも、今の私には悦ばしいことだった。

 というのは勿論、私の実生活が、現在、どうにも先の見通しの立たない状態にあるからだ。ヘルダーの本を読んで、その「先の見通し」なるものが立つのかといえばそんなことはないのだが、しかし、こんなときこそ、前を向いて、将来に希望があるのだと信じて進む他はない、というのもまた事実であり、このヘルダーの若々しい力強い姿は、私が本来どういう姿勢を取るべきか、教えてくれている気がした。

 私には彼のようには、自分に自信や希望をもつ根拠を、自分の内に見出せはしないのだが、この作品のもつ明るさが、少しばかり、私の行く末を照らしてくれる思いがしたのだ。私にたどり着けるのは、歴史に名を残す彼らのような高山の山頂ではないけれども、まあしかし、眼の前の坂道を少しずつでも登っていくしかあるまい。いずれどこかに行き着くことを信じて。

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