乱読乱文多謝 静岡史跡探訪ver.

スーパーカブと、史跡と、ときどき読書感想文

日々の出来事 36


 麻機遊水池

 いよいよ季節は秋に向かいつつある。陽が照れば暑さを覚えるも、陽光にも最早夏の灼熱は失せ、角のない暑さとでもいおうか、無帽で日向を歩くのも苦ではなくなった。風など吹けばその心地よさに、なんだかあてもなくふらふら歩いてみたくもなる。そこである日曜日の午後、相も変わらず予定もなければ金もない我が家族、近所の遊水池にお散歩に出掛けた。そして何やらあれこれヘタクソな写真を撮ってきたので、恥ずかしげもなくここに晒してしまうことにしよう。

 静岡市街地の北部に、麻機遊水池というところがあり、そこに遊歩道が整備されているのだ。その遊水池の南端に、




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 こんな建物があり、そこに展望台があるので登ってみると、




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 こんな景色。正面にみえる建物は「静岡こども病院」。その背後に低い山が連なっているが、この山の尾根をずっと左の方へいけば、先日行った「賤機山城」があり、さらに進めば静岡浅間神社に辿り着く(こちらをどうぞ。「賤機山城」)。




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 案内看板。こんな感じで、遊歩道が通っています。ここを歩いた訳だが、そのお散歩を時系列に沿って追ってみても大して面白くはないので、撮ってきた写真を片っ端からいきます。まずは、生き物。




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 水辺ということで、トンボはたくさんいた。蝶や、鳥も。




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 花々も、様々。彼岸花は、ちょっと時期が遅かったようだ。もう少し早ければ、綺麗だっただろうに。




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 木の実も。こちらは、ちょっと時期が早すぎたものも。




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 水辺というものは、やはり面白い。これを精緻なる生態系の秩序とみるのか、それとも、生命の盲目的また衝動的な繁茂、氾濫とみるのか。そのどちらもが可能であり、そしてどちらの見方に寄っても、その姿は我々には美しくみえる。違う季節に来たならば、また、違う姿をみせてくれるのだろう。


 ああ、水!
 水よ、そなたには、味も、色も、風味もない、そなたを定義することはできない、人はただ、そなたを知らずに、そなたを味わう。そなたは生命に必要なのではない、そなたが生命なのだ。

 (サン=テグジュペリ、『人間の土地』・堀口大学訳)



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賤機山城 その2


 賤機山城 その2




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 尾根伝いに山道は続く。




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 急に登り坂になったと思ったら、




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 一気に下り、なにやら狭く小さな谷間に。おや? これは……




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 道の左右の様子。これは、「堀切」じゃないか?




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 だとすると、もう城跡に着いたことになるが。ちょっと先に進んでみる。




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 これは、土塁のように見える。




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 では、その背後のこの平坦地は、曲輪ということになる。




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 ここで道が二つに分かれていた。とりあえず、左へ。




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 こんな感じ。右手の盛り上がりは、土塁のようだ。左手は斜面。ということは、この盛土の向こうには曲輪があるのか? というか、ホントにここはもう城跡内なのかな?




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 お、何かあった。




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 目的地、賤機山城跡に到着です。やはり、見てきた地形は城の遺構だったようだ。ここは城の中核、「本曲輪」であろう。「麓山神社」から、だいたい30分ぐらいでした。




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 ちょっと長いが、解説文を転載。


   賤機山城

 賤機山城は、南北朝の動乱期(十四世紀)に、北朝方の今川氏が、安倍川西岸の安倍城に本拠を構える南朝方の狩野氏の備えて築き、南北朝期以降は今川館の詰城としての役割を果たしていたと考えられている。
 永禄十一年(一五六八)には武田信玄の駿府侵攻によってその支配に降り、さらに天正十年(一五八二)の徳川家康の駿府入りにより廃城となった。城は南北に続く賤機山の主尾根上及びそこから派生する支尾根上に築かれており、その範囲は東西約四〇〇M、南北約六〇〇M以上にわたる。要所には尾根を横切るかたちで大小の堀切が設けられ、敵の容易な侵入を防いでいる。
 城の中心部は今川氏の菩提寺である臨済寺をほぼ真下に見下ろす尾根上にあり、三つの主要曲輪から構成されている。この曲輪部分は城のなかで最も標高が高い尾根上にあり(最高約一七三M)、静岡平野を一望に見渡せる好所にある。




 長きに渡って駿河国守護として君臨した今川氏。その居館であるところの今川館は、後に駿府城が築かれた場所にあった、とされているから、この城がその「詰め城」だった、と考えるのは自然である。またその立地から、安倍川対岸の南朝方の安倍城に対抗するために築かれた、とすることにも無理はなさそうである。

 ただその築城時期が、上記の理由等をもって解説文の通り南北朝の争乱期だとすると、それは駿河今川氏の初代である範国の時代、ということになるが、これでは、今川氏は三代目ぐらいまではその本拠を花倉(現在の藤枝市)に置いていた、とされている通説と整合が取れない。

 小和田哲男氏は著書の中で、範国の時代にはすでに今川氏は駿府に移っていた可能性を示唆しているが、このあたりとも考え合わせると面白い気がする。ただ、築城は第四代の範政の時代だ、とする説も有力視されているようで、それならば、南北朝時代にはまだこの城はなかった、で話はすんでしまうことにはなる。またさらに、七代目の氏親の築城だ、という説もあるようだ。つまり、よくわかっていない、ということか。

 ちょっと休憩した後、とりあえず、「本曲輪」の南側、すなわち先程の別れ道を右へ行った方に、行ってみる。




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 こんな感じ。「本曲輪」から、南の方を見ている。明らかに「曲輪」である。高さ的には、「本曲輪」よりも一段低い感じ。写真右側の薮が茂っている辺りは、高さのある土塁だろう。さっきは、この土塁の向こう側を歩いてきた、というわけだ。




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 また「本曲輪」に戻って、あらためて見渡す。曲輪の南から西側にかけて、高い土塁がみられる。




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 では今度は、北の方にいってみよう。




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 早速ちいさな曲輪。




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 そこから、北側、つまりこれから向かう方向を眺める。深い薮のためにわかりにくいが、階段状の曲輪が、幾つか連なっているようだ。その連なりの西側に道があるので、進んでみる。




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 道の左、つまり西側は斜面。曲輪のつらなりは右側にある。このあたりでは、土塁らしきものはみつけられなかった。




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 下り坂が急になる。やはり階段状の曲輪らしきものがみられる。




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 その坂を下りきった辺り。「堀切」、のようだ。




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 左右の様子。やはりこれは「堀切」だろう。城の北端、かな。




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 「堀切」の先。ハイキングコースは続いているが、城跡らしさはなくなったようだ。薮が一段と深くなっているので、ぱっと見では地形がわからないけれど。

 全体の形としては、一番高いところの「本曲輪」を中心として、南北に伸びる尾根上に、それぞれ階段状の曲輪を並べた「連郭式」で、南北両端にそれぞれ「深い堀切」を設けてあると、そんなところだろうか。上記解説文によれば、東西にも400mの幅がある、というから、両側の斜面上にも多分曲輪等が幾つか設けられているのだろう。ちょっと確認できなかったが。

 元々は今川氏の城であるが、現在みられる遺構には、今川の城よりも進んだ技術がみられる、ということで、武田氏によって手が加えられている、とみられているそうだ。確かに、南北の堀切などはいかにも「武田っぽい」感じだった。また、高い土塁が「西側」にばかりみられた、というのも、何だか気になった。今川ならば、きっと武田の侵攻にそなえて東側を強化するだろう。西に備えるのは、徳川を警戒する武田、ということになるんじゃないかな、と素人なりに考えてみた訳です。

 いずれにせよ、この武田による改修が、築城時期をわからなくしてしまった、という部分は小さくないだろう。つまり、遺構の特徴から、築城時期を推測することができなくなってしまっている訳だ。今川の城は、ほとんど、武田か、そうでなければ徳川によって「改造」されている。まあ、それだけ時代遅れだったのだろう。

 今回は真っ昼間に行った山城見学だったが、幸い、この日は八月にしては涼しく、山歩きもしやすかった。まあ、汗だくにはなりましたが。というところで、今回はおしまい。それでは、また。


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賤機山城 その1


 賤機山城 その1

 8月も最後の週末、妻は子供等を連れてママ友たちとお昼を食べにいくとかで、午前10時半ごろから、家にひとり残された私。このチャンスを生かそうと、城跡に出掛けることにした。しかし、もう時間が時間なので、そんなに遠くへは行かれない。そこで、静岡市内の城跡である賤機山城址を選んだ。ただ、ついでにちょっと買い物もしたかったので、カブ君は今回はお休み。車で出発、である。




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 で、やってきたのはここ、「静岡浅間神社」。この神社の境内が、登り口になるのである。地図で確認。




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 北の山地から、真南に真っ直ぐ伸びた山の連なりの先端、すなわち、駿府城跡である、駿府公園の北西に位置する。静岡市内で神社といえば、まずはここ、というくらいに、有名で、大きな神社である。私たち家族の話になるが、結婚式も、子供の初参りや七五三参りもここだったし、毎年の初詣もここである。実になじみの深い神社なのだ。そして賤機山城は、ここから山を尾根沿いに北上した所にある。




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 「静岡浅間神社」とは、神部神社、浅間神社、大歳御祖神社の三社の総称であり、さらに少彦名神社、麓山神社、八千戈神社、玉鉾神社が境内社としてあるので、境内では見事な社殿が幾つもみられる。創建はというと、神社の公式ホームページによれば、神部神社は約2100年前の第十代崇神天皇の御代、浅間神社は延喜元年(901年)、大歳緒祖神社は応神天皇四年(273年)、だそうだ。……うむ、つまりがもう日本の神話時代からある神社だということであろう。




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 なにはともあれ、まず観るべきはこの大拝殿、である。この大きさは神社の拝殿としてはなかなか観られるものではないだろう。




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 こちらは八千戈神社。にも観るべき建物、お参りすべき拝殿はたくさんあるが、今回は「せんげんさん」にお参りに来たのではなく、あくまでも城跡を観に来たのだ。よって、




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 まずはこの石段を登ることになる。




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 こんな感じ。ゆっくり歩いて登れば、それほどきつい階段ではない。まあ、真夏ならば汗だくにはなりますが(笑)。




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 さらに石段。




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 こちらが、山上にある「麓山神社」の拝殿と、




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 本殿。その脇に道が続いている。それが、賤機山城址へと続くハイキングコースになっている、という訳だ。事前に仕入れた情報では、この神社から大体40分ぐらいの道のり、だそう。では、しゅっぱーつ。




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 しばらくはこんな感じ。登り坂だが、尾根道なので全体に坂はそれほど急ではない。




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 ところどころから、尾根の東側の静岡市の町並みを見渡すことができる。うん、なんてことない地方都市、だね(笑)。




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 なにか見えてきた。




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 「四代目一本松」。古墳、のようだが、今回は煩雑を避けるため、スルーしておきましょう。




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 さらに進み、




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 別れ道。他にも幾つか別れ道があったが、どれも結局は同じ所に出るようだ。尾根道なので、まあ、迷うこともない。




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 ところどころに休憩所や、トイレも。地元ではメジャーなハイキングコースなので、設備もそれなりに。この日も幾人かのハイカーの方たちがいたし、なんと、ランニングのコースにしているひともいた。




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 また、景色が開けた所に。先程より、ちょっと標高が上がったか。




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 また何かみえてきた。




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 「静岡市戦渦犠牲者慰霊塔」。第二次大戦当時には、静岡からも無論、たくさんの人たちが出征していき、そしてそのなかのたくさんの人たちが、二度と戻らなかった。私の祖父もその内のひとりである。そしてさらに、静岡もまた、米軍の本土爆撃の標的となり、多くの人々が命を落とした。




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 しかし、亡くなったのはなにも日本人ばかりではない。多くのアメリカの若者たちもまた、戦闘に参加し、そして命を落としたのである。




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 そしてそのひとりひとりには、それぞれ名前があり、それぞれの人生があった。

 先制攻撃をした日本の戦争責任だとか、非戦闘員への無差別爆撃をした米軍の作戦の是非だとかも、無論、将来のためによく考えるべきこと ではあるけれども、こうした慰霊の場には、持ち込むべき事柄とはいえないだろう。だから、こうして二つの慰霊碑が並んで建っていることは、よいことだと私は思う。




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 この先は、ご覧のとおりの山道になる。




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 また、景色を。かなり遠くまで見渡せるようになってきた。




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 麓に、寺院が。これは「臨済寺」である。

 元々ここには、駿河今川氏第七代氏親の母である北川殿(北条早雲の妹、もしくは姉といわれる人)の屋敷があり、後に、氏親の四男栴岳承芳(すなわち後の今川義元)が善得院というお寺を建てた。そして八代目の今川氏輝がここに葬られたのを機に、臨済寺、と改称された。

 義元は、自身の師であり軍師ともいえる太原雪斎をこの寺に招いているが、この雪斎というひとは、人質時代の幼少の徳川家康の教育係でもあった、ということで、家康ともゆかりの深いお寺である。今川滅亡後の戦火で、一度は消失してしまった臨済寺であったが、家康は駿河平定後にこの寺を再建している。一度、観に行きたいお寺である。




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 こちらは、西側の景色。大きな川は安倍川である。そのむこうの山の連なりのどこかに、ちょっと前に行った安倍城跡がある、はず。




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 と、いうことで、続きは次回。



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姫街道 その10・本坂峠


 姫街道 その10・本坂峠





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今回のコース。いよいよ本坂峠を目差す。天竜川河畔をスタートしてから実に10回に渡って続けてきたこの「姫街道巡り」も、今回で最終回ですよ。




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 姫街道に戻ってきた。ここから、西へ。




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 秋葉灯籠。なかに、石の灯籠が収まっている。外側が明治14年、中が大正5年のもの。中身の方が新しいのか。




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 道はくねくねと続き、




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 ここで、国道362号線に出る。




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 国道を西へ。前方の山が、本坂峠かな?




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 「華蔵寺」の山門と、姫街道の道しるべ。




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 その先に、「板築駅跡」。ここに駅があったのは、平安時代、天長十年(833年)から承和十年(843年)までの、たった十年だった、というが、少なくともこの本坂道(姫街道)が、きわめて古くから、しかも正規の街道としてあった、ということは理解される。




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 さらに500mぐらい先、国道から逸れ、右側の小さな坂を登る。




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 登りきったところに、「本坂一里塚」。江戸日本橋より 72番目の一里塚。




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 ちゃんと、道の両側の塚が残っている。




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 右側の塚の隣には、「馬頭観音」も。




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 一里塚の先、この細道で下っていき、また国道に戻ってしまう。




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 しかしまたすぐに、左の脇道に逸れる。




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 「本坂関所跡」。解説文を転載。

 
 戦国時代よりこの地に関所が置かれ地頭後藤氏が管掌していた。1600年(慶長5年)幕府は新居関所とともに施設を整備した。後、1619年(元和5年)後藤氏が紀州に移ってからは気賀近藤氏の管掌となり、さらに1624年(寛永元年)気賀関所の設置に伴って廃止された。


 ここでもまた、この本坂道が古くから東西の交通において、東海道と比しても軽視すべからざるものであったことを知ることができるといえよう。




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 さらに先へ。道は国道362号と平行して伸びていく。




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 「高札場跡」と「秋葉灯籠」。




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 この石垣の上に、高札が掲げられていた、ということか。




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 「秋葉灯籠をのぞいてみる。ちょっとわかりにくいが、石灯籠が収まっています。




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 みかん畑の中を進み、




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 ここから斜め右へ上がっていく。




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 またしても、国道362号に戻る。




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 だが、すぐその先で、この廃道のような道に逸れる。




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 ほんの数十mだが、こちらが旧姫街道。




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 「弘法堂」。明治ぐらいのものと推定される、そうだ。




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 その先で、また国道に戻ってしまう、が、ご覧の通り、車は通れないようになっている。それをよいことに、私はカブをここに停めた。なぜならば、




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 そのすぐ先で、姫街道はこんな山道になってしまうからだ。ここからは、徒歩で本坂峠を目差すのである。




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 登り口に、案内看板。現在地である「姫街道登山口」から、「つばき原生林」まで20分、そこからさらに15分で、峠である。合計35分、往復で一時間の山歩き、か。時計をみれば、時間はちょうど3時であった。日の長い時期ではあるが、山に入るにはぎりぎりの時間だ。さあ、行こう。




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 人が通うための峠道であるから、山城に登っていく道のような急峻さはないけれども、かなり荒れていて、お世辞にも歩きやすい道とはいえなかった。




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 石畳の区間は、前日の雨でびっしょり濡れていて、とても滑った。そして湿度が高くて汗だくになって不快なうえに、なんだか異常なほどに蚊がたくさんいて、久々に現れたとおぼしき哺乳類(つまり私)に終始まとわりついて、耳元をプーンプーンとうるさくってかなわなかった。




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 「鏡石」。高さ4m、幅10mのこの苔むした岩。昔は光っていて、旅の途上の女性たちが鏡がわりにして身繕いをした、という。

 ……と、この写真を撮っている最中にも、蚊は私の周囲に群がっていたのであるが、その甲高い特徴的な羽音のなかに、ぶうんと、ひと際大きく重々しい羽音が混じっていた。黄金虫か何かかと思い、手で払いのけつつ周囲を探す私の視界を、黄色と黒の縞模様をした、一匹の大きな虫が横切った。これは……スズメバチだあっ!!

 慌てて坂道を駆け上がったせいで、ひどく息が切れてしまった。おまけにその際、私はカメラのレンズキャップを落としてしまった。あのスズメバチ、50mくらいは私を追いかけてきたのだ。まあ、帰り道に探しながら降りることにして、先へ進むことにした。すぐに引き返したりなんかしたら、まだスズメバチが待ち受けていそうだったし。


 

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 ハチにすっかりペースを乱され、息を切らしながら山道を行く。




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 「椿原生林」。峠越えの姫街道に沿って数百m、椿の原生林が続く。花の季節にきたならば、さぞ美しいことだろう、などと思いつつ、峠への最後の坂を登っていく。そして……




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 ついに、峠に到着。やっと、今回の目的地に着きました。




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 残念ながら峠の周囲は木が茂っていて、景色の良い場所ではなかったが、達成感はあった。登山口から、だいたい25分ぐらいで着きました。途中、スズメバチから逃げるために走ったおかげで、予定よりちょっと早く着いたみたいだ(笑)




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 この先姫街道は、御油宿に至るまで、まだまだ続いていく訳であるが、遠江はここまで、この先は三河、ということで、私の守備範囲である静岡県内の姫街道は、これで制覇、である。「安間一里塚」を出発したのは朝の5時半だったが、時計をみればもう3時半前だ。今回は城跡も三カ所立ち寄った上に、最後の最後にこの山登りで、いいかげん、私の体力も限界に近づいていた。しばし、休憩。

 やはり旧街道めぐりは面白い。そのことを再認識できた今回の「史跡めぐりツーリング」であった。浜名湖周辺は、変化に富んだ地形であるが故にか、何というか人の動きも複雑で、その影響下に歴史的な出来事も様々起こっているような、そんな印象を受けた。今回ざっと概観しただけでは、その辺りのことを掴みきれていないが、このあたりには城跡も多いので、それらを幾つかまわりつつ、そのあたりのことも今後考えてみたいと思っている。

 ではそろそろ、落としたレンズキャップを探しながら帰ろうかと、峠道を下り始めた私だったが、帰路、再び同じ場所でスズメバチに追いかけられ、キャップを探すどころか、今度は下り坂を悲鳴をあげながら駆け下りることになろうとは、この時点では思いもよらなかった。たぶん、近辺に巣があったのだろう。それでは、また。




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姫街道 その9・千頭峯城


 姫街道 その9・千頭峯城





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 見取り図。




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 駐車場から少し坂を下り、




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 ここから入っていく。上の見取り図でいうと、左下の辺りから入る感じ。




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 こんな所に。あれ、道はどっち?




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 すぐ左手にありました。




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 しばらく進むと、




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 お、こっちか。いってみよう。




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 山腹の小道を進む。




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 「井戸曲輪」。井戸がありますね。




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 「井戸曲輪」から、山頂へ向けて真っ直ぐ上る道。これで、城の中核部を目差す。けっこう急だね。




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 道の左側に、「東曲輪」。多分、見取り図でいうところの、「東一の曲輪」だろう。




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 その先、右側に「二曲輪」。見取り図の「二の曲輪(東部分)」とされている所。




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 上り坂にそろそろ息も切れてきた頃に、山頂に辿り着く。こちらが「本曲輪」。搦手から入ってきた形か。




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 その中心部。祠があるあたり、盛り上がっているけれど、土塁かな、などと思いつつ裏へまわってみると、




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 おお、石垣かっ……と思ったら、自然石でした。まあ、そうですよね……。




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 ついでに、この虎口から降りてみよう。




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 「二曲輪」。




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 そしてその先に「西曲輪」。この先にも曲輪が階段状に並んでいるはずだが、季節柄草の茂りが深いので、ここでまた本曲輪に引き返す。




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 今度は本曲輪から南側(見取り図の下方向)に降りていくと、すぐに曲輪があった。




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 その先にも、曲輪が連続して、階段状に幾つも並んでいた。やはり、大手側ということで、守りを固めてあるのだろう。




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 曲輪の連続を追いかけていたら、こんな道に。あれ、こちらにも出入り口があるのかな。




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 こんな所に出た。ここ、どこ?




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 地図をみたら、入った所からはかなり遠くに出てしまったようだ。ただ無論、城の「正面入り口」は本来こちらである。駐車場からちょっと距離があるが、こちらから入って見学した方がいいかな、と思います。

 また城を登るのも大変だし、仕方がないから、農道伝いにカブの所まで戻りました。この日、天気があまり良くなく、日射しがなかったのは助かったが、それでも夏の日射しというものは、腕を赤く日焼けさせる強さがあった。また湿度も高く、山など登れば汗だくになった。ああ、疲れたなあ。さあ、姫街道に戻ろう。




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 途中、こんなものをみつけた。「直虎ちゃん」が乗ってますね。ということで、次回に続く。


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